021 儀式召喚
正直、少女を抱える手も辛くなってきているのだが、こんな戦いの中地面に寝かせるわけにもいかずそのままの状態が続いている。
そんな状態の俺には咄嗟にハーゲンティの突進を避けられる余裕などあるわけがない。創作世界への転移も考えたが、少女とは契約もしていないので連れて行くことができないことに気がついた。許可を出すにも相手の承認が必要だ。
流石にこの状況で自分の命欲しさに少女を見捨てるなどありえない。そんな中途半端な気持ちなら最初から助けるなという話だ。
うまくいくかはわからないが、奥の手を使おう。
そう思って突進してくるハーゲンティへ意識を向けた瞬間、俺にあと2mで届くといったところでハーゲンティが盛大に横に吹き飛ばされる。壁にたたきつけられた瞬間、氷の結晶が幾重も重なり突き出てくる。
俺の方まで届きそうだったため、慌てて後ずさる。
「凄まじいな」
「大丈夫ですか!?」
「あぁ」
ハーゲンティが吹っ飛んだ理由はハクナが横から【蒼天剣】を放り投げたからだ。割り込みに間に合わないから無茶したのかと思えば、どうやら魔術としては投擲するのが通常らしい。
聞けば天剣シリーズと呼ばれるS級魔術は放つ前であれば、魔力は消費するが装備として扱うことができるとか。流石S級魔術、いろいろ特殊な性能があるみたいだな。
「それにしても、まさか変身するとはな」
「あれが彼の本来の姿なのだと思います」
「確かに元の姿は悪魔という感じではなかったが……しかし魔神の柱か」
「えっ!?」
「何故それを!?」
俺の言葉にハクナと商人が驚く。しかし、商人は知っていたのか。まぁ、召喚した本人なのだから当然か。
先の言葉からも特に操られているというわけでもないということだ。そんなことを疑っていたわけではないが、気兼ねする必要がないというのはいい。
ここで、実は操られてましたとなればこの少女も気持ちのぶつけ先がなくなってしまう。
何も復讐だけが救いではないが、そういうことで救われる者がいるのも確かだ。その思いを否定するつもりはない。報いは受けるべきだろう。
「鑑定しただけだ。やっぱりヤバイやつなのか?」
「鑑定なんてできたんですね」
「さっき創った」
「あぁ、そういうことですか。そうですね、悪魔の中でも危険な部類に入ります。序列があり、数字が若いほど強さが増していくんです。何より数が多いのが特徴です」
やはりそうなのか。今回のが序列48位だったので、ちょうど2/3だ。まだこいつより強いやつが弱いやつの倍はいることになる。気が遠くなるな。
「序列まで見えましたか?」
「あぁ、48位だな。名はハーゲンティ、魔術タイプっぽいからまだ生きてるだろうな」
「道理でしぶといと思いました。まだ私でもどうにかなるレベルですね」
「そろそろ疲れてきたから早く終わらせたいんだが」
「でしたら、召喚者を倒せば手っ取り早いですよ?」
そう言ってハクナは商人の方を見る。
「ひっ」
視線を向けられた本人は顔を真っ青にして腰を抜かしている。
「この世界では罪を犯した者はどうなるんだ?」
「犯罪の内容や反省具合によりますけど、処刑か罰金ですね」
「この少女のように牢獄に入れられるようなことはないのか」
「そうですね。仲間や目的を暴く為に尋問目的ですることもありますけど、その間は食事を与える必要があるので長くはされないです。後は他国への引渡しなどの時ですね」
「なるほど」
なら、最悪は逃がさなければいいだけか。言い逃れできないように証拠などがいるのかもしれないが、この村では無理だろう。目撃者もいない。そう言えば……
「他の村の住民はどうしたんだ?」
「はっ、あんなやつら当に儀式の生贄ですよ! 私の思想を理解できないやつらなど新たな世界には不要ですからね!」
「へぇ……それは一体どんな立派な思想をお持ちなんだか」
「私は力を手に入れるのです。こんな努力した者が報われないこのふざけた世界を壊して、私が新たな王になるのですよ!」
おいおいマジかよ、屑じゃないか。思考がぶっ飛んでるにも程がある。昔はどうだったのか知らないが、人ってここまで狂気に陥るものなのか。
「殺しますか?」
「えっ!?」
「ひぃい!」
俺がゴミを見るような眼で見ていたからか、ハクナが前にでて手元に氷の槍を生み出し冷やかに言い放つ。
普段の姿からはあまり想像できない進言に商人以上に俺が驚く。異世界とはいえ、流石に自分の判断で人を殺すのには躊躇いがある。
正当防衛を主張できるかも微妙なところだ。まぁ、この世界だとそんな法律もないのかもしれないが、こんなやつのせいで罪悪感を感じることになるのも嫌だしな。
そんな迷いを持ってしまったのがいけなかったのかもしれない。背後で氷が砕ける音がする。
「しまった!」
「ははっ、神は私に味方したようですね! 予定には少々生贄が足りませんが、致し方ありません。あなた方から奪った魔力もありますからね。さぁ、儀式を執行するのです!」
その言葉を受け、ハーゲンティが祭壇に顔を突っ込む。中から漆黒の宝玉を口にくわえて取り出すと、天に掲げるように持ち上げ叫ぶ。
『ブモォオオオオオオオオオオオオオ!』
とても言葉には聞こえないその声に従い牢屋の中にあった蝋燭が激しく燃え上がり、宝玉から光が溢れると洞窟の天井を貫通し砂埃が吹き荒れる。
商人の言葉からも恐らくスキル欄にあった【儀式召喚】を実行したのだろう。
すでに魔神の柱である悪魔が召喚を行うのだ。不吉な感じしかしない。
「まさか魔神でも召喚する気か!?」
「いえ、あれは……東の魔王を封印した宝玉です!」
「魔王!?」
「ここだと崩落に巻き込まれます! 一旦鉱山から脱出しましょう!」
「儀式は止めなくていいのか?」
「間に合わないです。それに……」
ハクナは俺が抱える少女の方を見て半ば諦めたかのような顔をする。
言葉の続きが気になり促そうとした瞬間、激しい揺れが俺たちを襲った。
「地震か!?」
「儀式が佳境に入っているんです。急ぎましょう!」
「そうは言っても、少女を抱えたまま全力疾走はきつい」
俺が少女の体勢を整えながら走る準備をしていると、ハクナがこちらに手をかざし魔術を放つ。
「【快癒泡】」
ハクナから魔力の光を受けると身体が軽くなったのがわかる。
「体力強化の魔術か?」
「いえ、治癒魔術です。体力はスキルの【継続回復】で回復するんですけど、疲労は別になるのでそれを癒しました。また辛くなったら言ってください」
「わかった」
キツイのは変わらないが、後のことを考えなくていいのはいい。魔力はどうにかなるので、今は全力で走って都度癒してもらえばいいわけだ。
「うぅ……!」
「大丈夫か?」
少女が意識を取り戻したようだ。ただ、先ほどの魔力吸収の影響か、また別の理由か苦しんでいるようで答えはない。立ち止まるわけにもいかず、そのまま走り続ける。
何度か魔物に遭遇するが、移動速度が遅い魔物が多い為基本無視している。敵意を向ける魔物もいたが、追ってはこれないようだ。
しばらくすると日の光が見えてきた。どうやら入り口まで戻ってきたらしい。そのまま外へと飛び出す。
「これは……!」
外に出ると朱色の柱がいくつか立ち上っているのがわかった。数えると全部で4本あるようだ。そして鉱山からも1本突き出ている光がある。これはハーゲンティが掲げていた宝玉から出ていた光だろう。
そしてその中心にはかなり大きい魔法陣が空中に3重くらい重なって展開されていた。
「あれはこの村の結界を構築していた柱ですね」
「そういえば、あの結界も悪魔が展開しているようなことを言っていたな」
つまりはこの村丸ごと儀式の場として構成されている可能性が高い。炎神なんてものは端からいなかったのだろう。
ただ悪魔の儀式の贄とする為だけに人が集められた村。しかも、もうこの少女以外には生贄が残っていない程に進行してしまっている。なんというタイミングの悪い時に来てしまったのか。
しかも、俺たちが来たことによって儀式が完成に近づくとは。やはり異世界へ転移した者はトラブルに巻き込まれる運命なのか。
「あぁあああ!」
そんなことを思っていると少女がさらに苦しみ出す。
「普通じゃないな。ハクナ、何が原因かわかるか? もしくは、さっきの治癒魔術でどうにかならないのか?」
「いえ、これは……彼女は憑代なのかもしれません。鑑定できますか?」
「あぁ。そういえばしていなかったな。【魔力解析】」
少女の状態をスキルが解析していく。
○名前:― 人族 14歳 ♀
○称号:“悪魔の憑代”、“緋焔の巫女”
○Rank:-
○ステータス:
・体力:56/854
・魔力:0/12
・筋力:5
・理力:13
・守力:323
・護力:847
・速力:8
○スキル
・固有スキル
【一騎当千】【過剰解釈】
・契約スキル
―
・付与スキル
【魔術適正:火】【火属性吸収】
・スキル
【存在認識】【精神耐性】
護力や守力が高いのは彼女が苦しんできた証拠だろう。想像もしたくない。それに体力がヤバイ。
スキルも気になるが、俺は称号欄に目を向ける。
「“悪魔の憑代”? これのことか」
「はい、身体の中に悪魔の魔核を埋め込まれた、上位の悪魔を顕現させる為の憑依対象です」
「この少女に魔王を降ろそうとしているという事か」
「そうだと思います。儀式を実行できるということはもう魔核はこの少女に馴染んでいるはずです。無理に取り除けば逆にこの子の命が持ちません」
「何か手はないのか!?」
ここまできて諦めることはできず、すがる思いで尋ねる。自分でも【知識書庫】で検索することは忘れない。
「無駄ですよ」
俺が何かないかと情報を探っていると、鉱山から抜け出してきたのか、ハーゲンティに乗った商人が空から無下に言い放ってきた。
「無事だったのか。あのままつぶれてくれていればよかったんだがな」
「さぁ、その憑代を私に返すのです」
「はい、どうぞ。となるわけがないだろうが。火球よここに、燃やせ【火球弾】!」
「ぬぅ! 性懲りもなく足掻きますか! どうせその少女は助からないのですよ!」
ありったけの魔力を込めて特大の火球を大量に放つが、変身後は何か障壁が展開されるのか俺の魔術では商人までは届かない。
「ハクナ、少し時間を稼げるか?」
「いいですけど、どうするんですか?」
「それを探す」
「後でまた補充、お願いしますね?」
「あぁ、全力で行っていい」
「はい」
俺は引き続き【知識書庫】を使って必死に情報を探す。儀式や魔王、召喚、憑代、関係する項目をひたすらに調べ、解決策を模索する。
「【蒼天剣】!」
ハクナは先ほどと同様の蒼天剣を生み出すと即座に投擲する。相手は空の上だからか斬り合う気はないようだ。
盛大に氷の爆発が起きるが、障壁を破壊するには至らないみたいだ。しかし、少しひびが入っていることからダメージ自体はあるようだ。
「ちぃ! S級魔術を容易に使うなど世の魔術師を舐めているのですか! これだから恵まれた者どもは嫌なのです! ほら、さっさとし返すのですよ!」
商人がハーゲンティの頭をバンバンと叩く。それに怒ったのかハーゲンティの身体から触手のようなものが生え、商人に絡みついていく。
「な、何をするつもりですか!? 召喚者である私に刃向かうとでも? 私が死ねばあなたも消えるのですよ!」
商人の抵抗空しく、その身体はハーゲンティの中へズズズと飲み込まれていく。
「私を取り込む気ですか! この、ひぃ! た、助け、あぁああああ!!」
『ブモォオオオオオオオオオ!!』
ドプンと取り込みが終わると盛大にハーゲンティが吠える。その身体は商人を取り込み、さらに気味悪い姿へと変貌していた。
商人としては利用しているつもりだったのだろうが、悪魔もまた商人を利用していたのだろう。これは当然の報いといえる。
ただ、これではもう情報を得ることもできなくなってしまった。いや、この状況をうまく利用すれば……
「どうしますか!?」
「もう少し食い止められるか? できれば、儀式発動まで倒さず凌いでくれ」
「でもそれだと」
「うまく事を運べればなんとかなるかもしれない」
「わかりました」
ハクナに悪魔の相手を任せ、俺は無属性魔術の詠唱を開始した。




