019 商人の思惑
俺たちに商人が気づき驚く。
「あなた方は……せっかく招いたというのに昨日は一体どこにいたのです?」
「なんのことだ?」
いきなりの商人の質問に思わず聞き返してしまう。この村まで案内はしてもらったが、特に何かに招待された覚えはなかったからだ。
「この村の結界内に入ったのは確認しています。なのに昨日の夜には消えていた。ですが、この村の結界から出た形跡はありませんでした」
その質問に答えるには俺の固有スキルについて説明する必要性が生じてしまう。ハクナのように俺と契約し味方側にいるならまだしも、まだ十代の少女を監禁し酷い目にあわせている者に教える気などさらさらない。
俺は商人の話を無視してこちらも質問をぶつける。
「そちらこそこれは一体どういうことだ? こんな若い少女を閉じ込めて一体何をしようとしている!?」
「あなたに応える義理はありませんね」
「だろうな。ならこちらも同じだな」
俺が商人を睨みつけていると、もう一人の男が前に出てきて高らかに話しだす。
「そんなことはどうでもいいのですよぉ! いえ、確かに私の結界を欺いたのならその方法は気にはなりますがぁ、今はいいのです。あなたぁ、素晴らしい魔力をお持ちですねぇ! えぇ、実にいい! とても人が身につけられるものではない!」
両手を広げ笑いが止まらないといった体で、フフフ、ハハハと高らかに笑う。
その男は身長が2m近くありそうなくらい背が高く、かなり細い身体をしていた。スーツの上に白衣を着たような奇妙な格好をしている。残念ながらメガネはない。異世界ゆえか、ただ目は悪くないのかテンプレから外れたやつだ。
もちろん、元の世界のようなしっかりとしたスーツではなく、それっぽいというだけでネクタイなどもしていない。
驚くべきところは頭に角が生えていることだろう。しかも捻じれたようなかなり立派なものが2本も生えていた。
ハクナの話に出てきた異世界人特有の獣人だろうか。もしくは悪役恒例の魔族かもしれない。
「だったらどうした」
普段ならこんな状況に陥ると一目散に逃げ出すところだが、少女をこんな目にあわせているこいつらを許せず、それなりの力を身に付け、ハクナが隣にいて、怒っていることもあり怯むことなく対抗する。
「そんなの決まっているではないですかぁ! ぜひとも有効活用させていただきますとも! あなたの力があれば儀式の完成も間近ですからねぇ!」
「そんなものにこの俺が協力すると思うか?」
「あなたの意思など関係ありませんよぉ。 傀儡にしてでも儀式に参加していただきますとも!」
「ハクナ!」
何か身の危険を感じ、俺は少女を抱えたままの為ハクナに対応を任せる。
ハクナが俺の前に出る際にこちらをじっと眺めた後、考えながら通り過ぎて行った。その行動を疑問に感じ問いかける。
「どうした?」
「いえ、ご主人様の人となりを測りかねているだけですから」
あぁ、世界を救う為に協力してほしいというハクナの願いを退けた割に、少女を助ける為に積極的に動いているのを疑問に思っているのか。
これは単に規模の問題だ。
例えば、目の前で倒れた人がいた場合、まず救急車を呼んだり、その電話で医者の言葉に従って助ける為に行動するだろう。
もしここで見て見ぬふりをしようものなら責められるのは間違いない。
しかしだ、世界で災害に苦しんでいる街があり、そこでのボランティアを募集していたとする。
それに参加しなかったからと言ってそうそう責められることはないだろう。その権利があるのは実際に参加し活動した人だけだ。その人たちも他の人に何故参加しなかったと責めるようなことは基本しない。
基本的に助けたい気持ちなどがないわけではない。
ただ、俺自身がその器じゃないというだけだ。
いや、それも詭弁だな。助けたいという気持ち以上に面倒と思う気持ちがあるのだろう。自分じゃなくても誰かがやるだろうと。
つまりは不必要な案件をしょい込みたくないだけなのだ。自分しかやれるものがいないならやるが、他の人で対応できるなら俺が対応する必要もないだろうということだ。
今回はたまたまその場に居合わせ、俺しかいなかったから動いた。というより許せなかった面が今回は強いかもしれない。頭に血が上っていなければ、ここまで強気にはいられないだろう。
あまり余計なことを考えていられる状況ではないので、余計な思考を一時遮断する。
ハクナが俺の前に出て角の男と相対する。
「おやおやぁ、あなたからも随分と不思議な気配を感じますねぇ。少なくとも人族ではないでしょう? これは今日は何と素晴らしい日なのでしょう! なんたる巡り合わせ! 神とやらに感謝しないといけませんねぇ」
その言葉にハクナが顔をしかめる。
「何をしているのです! 変なことをされる前に早くやってしまいなさい! そいつらは私の食事を食べたのですから、処置はいらないはずです!」
「何!?」
あいつ、今なんて言った? 食事を食べたから処置がいらない? つまり、何かあの食事に入れられていたということか?
俺は初の異世界での食事でまさか盛られているとは思えず普通に食べてしまっていた。不安になりハクナをうかがう。
仮にも神とあろうものが俺よりも必死に食べていたからだ。安心してしまっていたのもあるだろう。
「驚きましたけど、大丈夫ですよ。そういうのは効きませんから……私は」
最後の言葉にさらに不安になる。
「俺は……?」
「ご主人様も大丈夫だと思います。そっちはたまたまでしょうけど、倒れた原因はそれかもしれませんね。何を入れられていたのかはわかりませんけど」
「あぁ、そういうことか」
ハクナが俺が倒れたことに言及したことで俺が大丈夫というその根拠を理解した。確かにこれは偶然だろう。
魔術が見たいが為に、使いたいが為に放った【極光天】。その効果は死以外のあらゆる異常を取り除くものだ。
やつらに何かを盛られていたとしても、正しい状態へとあの時に戻されたのだろう。好奇心は猫を殺すというが、今回ばかりはその好奇心に救われた形だ。
「まったく我が主は空気が読めませんねぇ。そう思いませんか?」
そんなことを言いながら角の男が何もないところから本を出現させる。
「知らん。その本……お前は魔術師か?」
「気を付けてください。あれは悪魔です」
俺が敵の装備から推測していると、ハクナが注意を促してきた。
「悪魔? 魔族とかではないのか?」
「はい、おそらくあの商人に召喚されたんだと思います」
「ハクナがさっき言ってた嫌な感じっていうのはあいつか? ……勝てそうなのか?」
「大丈夫です。ただ、この狭い洞窟では戦い辛いですね」
小声で話していたのだが、耳がいいのか悪魔が会話に割り込んできた。
「ほぉ、この私の正体を見抜くとは。それに勝てる気でいらっしゃる」
「よく言う。その角丸出しじゃないか」
「ははっ、これは魔力が低い者には見えないのですよ。つまりこれが見えるあなたはやはり、素晴らしい魔力を持っているということですねぇ!」
俺は顔をしかめる。さらに狙われる理由を増やしてしまったようだ。
悪魔が本に手をかざし、何か聞き取れない言葉を呟き始めた。
「ご主人様は一応魔術の詠唱をしておいてください。多少魔力を消費し続けますが、待機させることができますから」
「わかった」
そう答えると、俺は魔術の詠唱を開始する。この場合、優先すべきは守りだろう。攻撃はハクナに任せ、ハクナや俺に危険が及びそうな時に守りに使える魔術を探す。
もう少し魔術について調べた後であればどの状況でどの魔術を使うかの想定くらいはしていたが、あまりにも期間がなさすぎた。
この状況を生み出した一因には俺の判断もあるが、いかんせん対応に遅れが生じてしまう。
「では、いきますよぉ~!」
悪魔の本が黒い光を放つ。そういえば、悪魔の身体からは瘴煙が出ていないな。魔物と悪魔は違うのだろうか?
その代わりと言わんばかりに本から黒い光が溢れ、獣の姿を形作っていく。
「食らいなさい!【狼影駆】!」
漆黒の狼が3匹、俺たち目掛けて駆けてきた。律儀にそれぞれが異なる目標を対象にしているようだ。少女を抱えている俺に向けて2匹が壁を伝って俺に迫ろうとしてくる。
「ご主人様には傷一つ負わせません。【氷結泉】!」
詠唱とともに手を振り払うと、今度はハクナの言葉に従い氷でできた結晶が壁や地面から突き出てきて漆黒の狼を3匹全て貫き散らす。
「ほぉ! 【省略詠唱】に加え、なかなかの精度ですねぇ。魔術道具の補助なしにますます素晴らしい!」
「………………」
ハクナは俺以外と会話する気がないようで無言を貫いている。本当に俺以外と、もしくは俺が命じた時以外は他と関わらないつもりなのだろうか?
それにしては少女を助けるように話したのはハクナだ。先ほどは彼女が俺を測りかねていると言ったが、それは俺も同じくハクナという人物を測りかねていた。
一番の目標を最初に聞いているので、大枠はわかっているのだが細かな行動の理由がわからない。
取りあえず、今はそんなことを考えている場合ではないので俺も詠唱に集中する。
詠唱をするのは【魔術適正:星】によって使用可能になったEX級の魔術だが、外で使う分には良くも悪くも【疑似拠点】により効果が著しく低下する。
その低下具合がどの程度なのかはわからないが、少なくとも守りに使う分には問題ないだろうと思い選択した。不味ければすぐに解除すればいいだけだ。
俺が小声で詠唱する中、その雰囲気から異変を感じとったのか悪魔が俺の方に意識を向ける。
「むっ、この魔術の気配は! こんなところで大規模魔術でも使う気ですかねぇ!」
それを止める為にか、意気揚々に駆けだし今度は本から漆黒の剣を取り出し斬りかかってきた。
すぐさまハクナが割り込む。しかしハクナは武器を持っていなかった。どうするのかと思っているとハクナが振り上げる手元が青白く光りだす。
「【蒼天剣】!」
盛大に剣同士がぶつかり合う音が響く。ハクナの手には氷でできたような蒼い光を纏う剣が握られていた。
その現状に俺以上にハクナと鍔迫り合いをしている悪魔が驚いていた。
「な、これはぁ!」
悪魔が剣に力を入れ、ハクナの剣を弾くとステップで数歩分下がる。特に追撃するでもない様子を不思議に思っていると悪魔が口を開いた。
「それはまさか蒼天剣……ですかぁ? 信じられませんねぇ。その年で神話魔術といわれるS級に分類される天剣シリーズを【省略詠唱】でぇ?」
「何をしているんです! 早く攻め立てるのですよ!」
「ちょっと黙ってもらえますぅ?」
「ひっ!」
まくし立てる商人にイラっとしたのか、悪魔が漆黒の短剣を投合、商人の周囲に突きたてた。召喚者には逆らえないのか、ダメージは与えていないようだ。
「これは少々、私も本気を出さないといけないかもしれませんねぇ」
悪魔はこちらに顔を向けて不敵にニヤリと笑った。




