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018 囚われの少女


 しばらく鉱山を進みながら俺はハクナに初級魔術を教わっていた。


 【疑似拠点(ヴィーラム・ラヘル)】の効果で【魔術適正:星】の魔術を創作世界(ラスティア)外で使用できるようになったとはいえ、【疑似拠点(ヴィーラム・ラヘル)】の外に向かう攻撃系の魔術のような外部に放つ力は効果が著しく低下する。


 それに上級魔術以上ばかりを習得しており、俺は初級魔術がほとんど使えない。流石にそれはおかしいので、今のうちに覚えておくことにしたのだ。


 お誂え向きに鉱山に住まう魔物はそれほど強くない。練習の相手としては十分だった。


「よし、大体わかった」

「来ましたよ」


 ハクナが得意とする水属性の初級魔術についてあらかた説明を受け理解すると、目の前に現れた芋虫型の魔物に向かって詠唱を開始する。


「水塊よここに、潤せ【水球弾(レボル)】」


 水属性のRank.F魔術だ。詠唱を終えると、掌に直径10cm程の水の塊が生み出される。それを相手に向けて放ちぶつける。魔術としてのダメージはあまりないが、火属性の魔物など水を苦手とする敵に効果を発揮する。


 また、飲むことができる水である為、水分を補うことも可能だ。魔力さえあれば水に困らないというのは技術が発達していない異世界では貴重な資源となる。魔力の回復が異常な俺としては実質これで水に困ることはなくなったといえるだろう。


「ぐっ」


 思ったよりも魔力を消費したようで、若干の虚脱感を感じる。【水球弾(レボル)】は狂いなく芋虫型の魔物に命中したが、俺の魔力では倒すには至らなかったようでこちらに向かって敵意を向けている。


 ヘイトの概念があるのかはわからないが、俺を標的に見定めたようだ。


 再度魔術を放とうとしたが、それを実践する前にハクナが追撃する。


「我欲するは凍てつく氷槍、貫け【氷旋槍(アイニス)】」


 氷の槍に貫かれて芋虫の魔物は問題なく倒れたようだ。魔物が纏っていた瘴煙が霧散する。


「大丈夫ですか?」

「あぁ、初級魔術のくせに思っていたよりも魔力消費が大きいみたいだな。何でだ?」

「それは……、もしかしたら【神術】経由で魔術を使っているからかもしれないです」

「どういうことだ?」


 ハクナの言わんとしていることが分からず問いかける。確かに俺は現在“星”と“無”以外に魔術適正がないので、【神術】のスキル内にある【神力変換】を使って水の適性を得ていることになる。


 ハクナの話では、【神力変換】は全ての魔術属性に対応しているということだった。実際に【魔術適正:水】を持っていないのに問題なく水属性である【水球弾(レボル)】の魔術が発動したので、そのこと自体に間違いはないのだろう。


「前にも話したと思いますけど、神力への変換は効率が悪いんです」

「あぁ、確か1/10000だったか」

「はい。Rank.Fの初級魔術である【水球弾(レボル)】の魔力消費は通常3~5程度なんですけど、それを【神力変換】を通して発動するとなると3万~5万に跳ね上がります」

「そういうことか……それはまた、効率が悪いどころの話ではないな。普通なら使い物にならないだろう。何にでもメリットとデメリットがあるということか」


 ハクナに聞いた話では一般的な冒険者の能力値(ステータス)は3桁とのこと。体力や魔力に関しては4桁に達する者はいるが、5桁に到達する者はほぼいないらしい。


 そこまで到達するとクラスSに認定され、平民ですら貴族クラスの待遇を受けることができるらしい。そのランク付もセカイの意思が行っているそうだ。俺、クラスUなんだけどどうなんだろうな。気にしたら負けか。


 そういえば、俺以外の者がもし【神術】のスキルを得られたとして、意味があるのだろうか。いや、【神術】は何も【神力変換】だけが持っている能力ではないか。


 前にも話したように複合スキルと呼ばれるものだ。そこに含まれるスキルは魔力を神力、もしくは神力を魔力に変換する【神力変換】、そしてその力を使って発動する【代行魔術】がある。


 さっき俺が放った【水球弾(レボル)】もここに該当する。


 そして最後に【神之御技(オプスデイ)】というものが存在する。これが神族を神たらしめている力の根源といえる。


 残念だが、俺には使うことができなかった。スキル自体は確かにあるのだが、中身のリストには何も表示されていなかったのだ。


 その為、【代行魔術】では初級魔術すらまともに使えないなら、実質【神力変換】によるハクナへの魔力供給くらいにしか役立てることができないことになる。


「そう言えば、【極光天(オーロラベール)】の時は問題なかったぞ? 【水球弾(レボル)】よりもはるかに上級の魔術だから魔力消費も多いはずだ」


 あれだけの規模の魔術だ。確認はしていないが、魔力消費量は比較にならないだろう。


「あの魔術に関してはご主人様(マスター)は適性を持っていましたから」

「あぁ、そうなるのか。でも、【魔術適正:星】の中にある魔術にも水属性を含むものはあるが、それだとダメなのか?」

「基本、魔力の属性変質は【魔術適性】スキルによって行われるんです。使用する魔術がどの魔術適性の欄に記載されているかが重要になるんです」

「そうなると、確かに【水球弾(レボル)】は【神術】の中にある【代行魔術】のリストに追加されてるな」


 つまり、俺は世界を滅ぼすような大規模魔術は簡単に放てるのに、目の前の小さな蜘蛛すら倒せない初級魔術を放つにはそれすら上回る膨大な魔力が必要になるということか。


 ……なんと皮肉なことだ。通常なら魔力消費を抑える為に大規模魔術を抑え初級魔術を使うはずなのに、俺は大規模過ぎる力を控える為により膨大な魔力を消費して初級魔術を使うのか。


 結果は同じでも中身が違いすぎる。これも【無限湧魔(ノーリミット)】がなければ成り立たなかったところだ。やはり俺の選択は正しかった。


 いや、逆にこの力があるからこそこんなことになっているのかもしれない。


「どちらにしろ力を隠すのに、せめて初級魔術程度では虚脱感が起きない程度には魔力の最大値を上げたいところだな」


 でなければ怪しまれることこの上ない。1発でも撃って虚脱感が起きなければ、すぐに魔力は回復するので問題ないだろう。


 中級魔術はさらに先だ。幸いなことに魔力は増やす手段が多いのでいずれ上がるだろう。気長にやればいい。


 ゆくゆくは【省略詠唱】や【無詠唱】もとりたいところだな。でも、これらのスキルはさらに魔力消費が増大する。まともに使えるようになるには時間がかかるだろう。


 なんだか、人より魔力に問題がない分得なのか、余計な手間がかかる分大変なのかよくわからなくなってきたな。


 一通りの初級魔術を習いながら鉱山を進んでいると辺りに緋色に輝く鉱石が見え始めてきた。


「これが紅韻石か。石というより赤い結晶だな」

「熱を帯びているらしいのであまり触らない方がいいですよ」

「確かに手を少し近づけるだけでほのかに温かい。手でとるのは無理そうだな。それにしても、採掘エリアまで進んでも見事に誰もいないな。隠れるにしてもそんなに奥に隠れる必要があるか?」

「わかりません。でも、女性の元へはもうすぐですよ」

「第一村人か。衰弱しているなら話はあまり聞けないかもしれないな」


 魔物を散らしながら女性の元へ向かう。ハクナの話では今にも死にそうというわけではないみたいなので、無理には急いでいない。


 俺は戦いに慣れていないので、ここで無理して何かあれば元も子もない。


 それにしても魔物が多い。強くはないが、普段採掘現場にしている場所に魔物が出るものなのだろうか? 鉱山で働く者がそれほど戦闘慣れしているのか、今のこの状況だから発生しているのか気になるところだな。


 もし元からなら随分危険な職だ。この鉱山で採れる紅韻石は効果が高いとのことなので、そのことと関係しているのだろうか?


「ここですね」


 そうこうしているうちに女性がいるという場所に辿りつく。


 そこは今までの洞窟然とした場所と異なり、少し棚や机などがあり生活感が感じられる場所だった。


 その奥には祭壇のようなものがあり、祭壇の後ろには鉄柵がはめ込まれている。どうやら牢屋になっているようだ。女性……いやよく見ると、まだ10代半ばに見える少女がその中にいた。


 薄暗くて分かりにくいが、髪は桃色でかなり伸びている。この状況では切ることもできないのだろう。


「何だ……これは」

「ひどい、ですね」


 そう、牢屋の地面には魔法陣のようなものが描かれており、少女はその上に寝かされていた。その手や足には枷が施されていたのだ。


 服はボロボロの布切れを纏っているだけで、かなり汚れている。


 少女は衰弱しているようだが、俺たちの気配に気づきこちらに顔を向ける。


「……だ……れ?」


 どうやらちゃんと生きており、意識もあるようだ。言葉も話せるみたいだ。


 これはハクナの予想とはかなり異なる状況だ。他の住民に関しては死体すらいまだ見つからず、生きている少女も何者かに囚われている。


 地面の魔法陣や祭壇からして何かの儀式か、もしくは研究の対象にでもされているのかもしれない。このふざけた状況を作りだしている者に怒りがこみ上げてくる。


 子供は笑って自由に遊ぶのが仕事だ。比較的平和な世界にいたからか、こういう行為を俺は許せなかった。


「ふざけるな。いくら異世界だからってこんな……!」

ご主人様(マスター)?」


 ハクナが俺の剣呑な雰囲気に気づき声をかけるが、俺はそれを無視して牢屋の中にいる少女を助ける為に鉄柵に触れる。


 力を入れるが鉄柵はびくともしない。当然だ。魔力値は異常な値まで上がろうが、今の俺の筋力は一桁しかないのだから。


「ハクナ! この鉄柵を壊せ!」


 その“命令”に近い思いで発せられた言葉に従い、ハクナが魔術を発動させる。


「【氷爆旋(フロストゲイル)】!」

「ん!」


 鉄柵を中心に氷の爆発が起きる。少女が驚き目を瞑るが、その爆発は少女までは届いていない。初めて見た魔術で何気に【省略詠唱(カットスペル)】で放たれていたが、俺はそれどころではなかったのでこの時は気づいていなかった。


 砕けた鉄柵から牢屋の中に入り少女の元へと向かう。


「大丈夫か!」

「きちゃ……だ……め……」


 少女が倒れた姿勢のままボソッとかすれた声で何か言っていたが、はっきりとは聞きとれずそのまま駆け寄る。


 俺がちょうど魔法陣の中へ足を踏み入れた途端、足元の魔法陣が強烈な光を放つと同時に虚脱感が俺を襲った。


 牢屋の周囲に魔法陣を囲むように設置された蝋燭の火が一段と強く燃え上がり、激しく揺らめく。


「がぁっ! これ……は……また!」

「うぅっ……!」

ご主人様(マスター)!」


 俺の軽率な行動が事態を悪化させてしまったのか、声がした少女の方へ目を向けると何かに苦しんでいるように胸を押さえていた。


 この虚脱感はおそらく魔力を吸われているのだろう。侵入者を阻む為の魔法陣かは知らないが、ハクナの魔力補充を超える吸収量だ。


 少女まで巻き込んでしまったことに失敗してしまったと思いはするが、それでもこの現状が許せず俺は虚脱感を堪え、少女の元へ進み辿りつくとそのまま足と背中に手を回し抱きかかえる。


 幸いにも少女自体は牢屋などに繋がれていない為連れ出すことができる。まだ魔力吸収は続いているが、彼女の苦しみには変えられない。


 なんとか魔法陣の範囲から少女を抱えて抜け出すと、魔法陣の光も落ち着き周りの蝋燭の火も元に戻る。


「気絶してしまったか」

「無茶しすぎです!」

「悪い」


 牢から出るとハクナに怒られてしまった。心配してくれたのだろう。助けるためとはいえ、強制に近い形で命令してしまったことには罪悪感を感じてしまう。


 助けた少女は先の魔力吸収に巻き込まれたせいか、気を失ってしまっていた。


 取りあえずこんな場所では落ち着けない為、安静にできる創作世界(ラスティア)へ転移しようとした時俺たちが来たところとは別の通路から男が2人現れた。


「何事です!」

「これはこれは驚きましたねぇ」


 俺は見つかった後でも転移しようとしていたが、現れた2人の男性の内一人に見覚えがあり思わず行動を止めてしまう。


 俺がこの世界で知り合った相手なんてハクナを除くと1人しか存在しない。今の口調からすると、この現状を生み出した張本人の1人なのだろう。


「ジアムさん……なんで」


 そう、そこにいたのはこの村に来る前に料理を恵んでくれた商人、ジアムさんだった。


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