124 飛空艇
いつになったらエルフの森に行くんでしょうね。
レクトルは出来あがった鍵を手に取り、舐めまわすように観察するが何かわかるわけでもなかった。
「おかしいな。創作されたものが願い通りのものにならなかったことはなかったんだが……」
「何を願ったんですか?」
「気になるの……」
「そうだな……」
レクトルの様子から鍵自体を作ろうとしたわけではないことを察したハクナは、では何を創ろうとしていたのか気になっていた。それはセピアも同様だった。
レクトルは内心出来あがったものを見せて驚かせようといういたずら心があったこともあり、あんなことを言ってしまった手前、言うのが躊躇われた。
だが、それが失敗してしまった今、素直に答える以外に選択肢はなかった。
「飛空艇だよ。この力でどれだけのものが創れるのかも含めて試そうと思ったんだが……結果はこの様だ」
やれやれとレクトルは首を振る。
「飛空艇……ですか?」
「なんかすごそうなの」
「あぁ、だが出来あがったのは鍵だけだからな。これが何の鍵かはわからないが、肝心の飛空艇がないんじゃ意味がない」
「見せてもらってもいいですか?」
「ん? あぁ、いいぞ」
「あ!」
ハクナがレクトルから鍵を受け取ろうとした瞬間、取りこぼし地面へと落としてしまった。
「すみませ――えっ?」
「なっ!」
鍵が地面に跳ねて転がり音を鳴らす。ここにいた誰もがそう思っていた現象は、しかし起きることはなかった。
トプンと地面に波紋を広げ、鍵の先端部分が地面に突き刺さったのだ。
レクトルはしゃがみ込み鍵の様子を覗き込む。ハクナやセピアもそれに倣う。
鍵は地面に突き刺さったまま、先端からフォンフォンと薄い青色の波紋を放ち続けていた。
「どう思う?」
「魔力の波動を感じます。それだけじゃありません」
「神力の力も少し感じるの」
「はい」
「神力だって……?」
まさかの力にレクトルはじっと鍵を見つめる。唯の鍵から発せられる神力の力。明らかに普通ではなかった。
ただ、異常ではあるが、それが本来レクトルが願った飛空艇とどう繋がるのか、それがわからなかった。
取りあえずこのままにしておくわけにもいかないのでと鍵へと触れる。
「ん……?」
鍵を握った瞬間、地面に垂直な状態を維持したまま僅かに回ったようにレクトルは感じた。
「まさか……」
レクトルは思い切ってそのまま鍵を90度時計回りにゆっくりと回転させた。
「きゃあ!」
「え……」
「これ……は」
その瞬間、3人の足元に魔法陣が浮かび上がる。
だが、その魔法陣は普段レクトル達が使う魔術の際に浮かび上がるようなものではなかった。
まるで歯車が無数に組み合わさったような、複雑怪奇な懐中時計に組み込まれた内部機構染みたものだった。
そして現れた魔法陣はガチャリと歯車が噛み合わさったかのように動き、回転し、範囲を広げ、回転する速度を増すと光を放った。
いきなりの光にレクトルは立ち上がるが、鍵は地面に刺さったままだった。あまりにも眩い光に目をつぶる。セピアがギュッとクルスを抱く力の強さが増し、「ぐえっ」という呻き声が聞こえた時、輝きは頂点に達した。
その光は急な事態を飲み込めず狼狽えるレクトルたちを飲み込み、退避する間もなく別の場所へと移動させる転移の光だった。
「ここは……みんな無事か?」
「すごく暗いの……」
「大丈夫です」
周囲の光が収まり、レクトルたちが目を開けた先に広がっていたのは薄暗い洞窟だった。
蝙蝠でも飛んできそうなその場所はしかし静かなもので、レクトルの隣でゴクリと息をのむセピアの喉の音すら聞きとれるほどだった。
「怖いのか?」
「だ、大丈夫なの……」
そう言いつつもセピアの手はレクトルのローブをしっかりと握っていた。
「明かりを灯しますね。【燐光】」
ハクナの手の上に手のひらサイズの小さな球が浮かび上がり、仄かな光を発する。
【火球弾】や【光球弾】でも同様のことが可能だが、【燐光球】は各属性に分類されない無属性魔術だった。
身体を温める【温暖】や、上記の【燐光】など明らかに火属性や光属性が関わっていそうな魔術なのに各属性に分類されていないことに、レクトルはどうにも作為的なものを感じずにはいられなかった。
そうでなければ各魔術を組み込んだ魔術道具を使用する際に、その属性の魔力を求められてしまうことになるからだ。
無属性に分類されているのであれば、どの属性に変換された魔力でも起動することができた。初めからそれが狙いであるかのように作られているように感じたのだ。
使用できるものが限られる道具となれば、今ほど普及することはなかっただろう。レクトルが元いた世界のような、別の手段が開発されていたかもしれない。
(……今は考えても仕方ないか)
レクトルは逸れ始めた余計な思考に頭を振るい、現実へと引き戻す。ハクナが灯した光のお陰で周囲の様子を探ることができた。目にきつくなく、歩くには十分な明かりだ。
「助かる」
「いえ」
洞窟は奥へと続いていた。背後を振り返ると先ほどと似た魔法陣が鎮座しており、その奥は行き止まりになっている。
「戻れるんだろうな……」
「ご主人様ならこの陣が使えなくても創作世界には自由に行き来できるんじゃないですか?」
「それもそうか」
レクトルはこの場でもしっかりと創作世界とのつながりをはっきりと感じることができていた。
それはここが隔絶した世界ではないという証明だった。サクラやベルとの契約にも影響はない。
「なら、先に進んでみるか」
「そうですね」
レクトルが地面に突き立った鍵を抜き取ると、魔法陣も消滅する。
「これがこの空間に入る鍵になっているのか」
レクトルは鍵を【保管庫】へと仕舞うと魔法陣があった方向とは反対側へと歩き出す。ハクナ達もそれに続く。
「それにしても何もないな」
「不気味なの……」
「はん! こんなのどうってこたぁねぇだろ!」
セピアに抱かれながら強気に答えるクルスの声ですら、微妙に震えているように感じられた。
「あ、光……ですね」
「……あぁ」
数分歩いたところで、通路の先に光が見えてきた。
期待と不安の気持ちを半々で抱き、通路の先へと進む。
「これは……」
「すごいの……」
「はい。これぞまさしく……ですね」
洞窟の通路を抜けると広い空間が広がっていた。空間の壁面には火ではない、金色に揺らめく明かりが灯っており、先ほどまでの不気味な雰囲気は消えていた。
地面は途中で崖になっており、橋がかかっている。それ以外の箇所には簡易的な柵が設けられていた。
あちこちに機械の残骸のようなものも見受けられる。
そして、その橋の先にあるのは……
「飛空艇……」
レクトルが【我が内眠る創造の拠点】に願った飛空艇は確かに叶えられていた。
かなり最先端なのではなかろうかというのが一目で分かるくらいに、この空間には似合わない輝きを放っていた。
木ではなく明らかな金属。様々な輝きを放つそれは、異世界特有の金属であることが推測できる。機体の表面には鍵の先端にもあったような光の筋がいくつも走っていた。
全長は60mくらいだろうか。数十人は乗れそうな規模だった。
だが、その飛空艇は天井から吊るされた幾重もの鎖により雁字搦めにされている。とても飛び立てる状態にはなかった。
それに、おかしなことはそれだけではない。
「なんで、直接創作出来なかったんだ? こんな洞窟の中に連れてこられる形なのも変だ。そもそも、本当にこの飛空艇はスキルによって創られたものなのか?」
考えれば考えるほど、今回の創作はいつもと違う点が多かった。
何かがおかしい……
そう思いながらも、このまま突っ立っているだけでは何も解決しないと、レクトルは橋へ向けて歩きだした。
橋の前に立つとじっと飛空艇を、そして橋そのものを見つめる。近代的な見た目の飛空艇に対し、橋の方は木とロープで作られたいかにもな出来だった。
作られてからかなり時間が経過しているのか、それなりの劣化が見受けられた。
「……足を踏み入れた瞬間崩れたりしないだろうな」
映画などで何度も見た光景が自身を巻き込む形で頭の中に再生される。
「ご主人様は空を飛べるじゃないですか」
「何を……って、あぁ、そうか」
ハクナの指摘に【重力支配】の事を思い出し、確かにその通りだと橋の上へと一歩を踏み出した。
その瞬間、頭に直接声が響く。
――侵入者、補足……迎撃……開始
どこか機械音声じみたその声に、レクトルが「え?」と上を見上げるが変化はない。
「ハクナ、何か言った――」
「ご主人様!!」
「え? なっ! へ!?」
レクトルが後ろにいるハクナに声をかけようと振り返った瞬間、そのハクナが警告を込めた叫び声を上げた。
何事だと前へと視線を戻したそこに現れたのは宙に浮かぶ裸の少女。短くカットされた髪は波紋のように広がる波に色層を様々な薄い色への変化を繰り返す。
無機質な瞳がレクトルを捉え、手を前に翳すとじゃらじゃらと飛空艇を拘束していた無数の鎖の一部が蠢くようにレクトル達へと襲いかかった。
「……っ! いきなり何なんだ!」
「きゃあ!」
レクトルはセピアを抱え、ハクナと共にその場を離脱する。
その瞬間、レクトル達がいた場所をいくつもの鎖がぶつかり、のた打ち回った。
だが、敵の攻撃はそれで止むことはなかった。
『目標補足……臨界機構起動開始。……同調展開……準備完了』
「ちょ、待て待て待て!」
少女の周りには周囲に散らばっていた残骸が集まり、機械の翼を形成していた。それだけではない。翳した手の先に、まるで砲身のような固まりが出来つつあったのだ。
発する言葉とその相手の状態から、すぐにこの後に起きるであろうことに推測が立った。
だが、考え、答えを導く間もなく状況は進む。
背中にできた羽から力を吸収しているのか光が舞い、その力を受け、砲身が展開状態になり、ここに導かれた時と似た歯車の魔法陣が展開、砲身が旋回すると共にキイィィィィィィンと甲高い音を立てて凝縮した光を形成していく。
『臨界掌握次元乖離砲……点火』
「伏せろ!」
レクトルがそう叫んだ瞬間、少女の手より灼熱の光線が放たれた。
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