121 心の叫びと同情
「それからは何をしていてもあの日のことが脳裏から離れなかったわ。一緒にいたのはそんなに長い期間じゃなかったのに、ユキのいない生活に私は耐えられなかった。どうしてユキが。そんなことばっかり考えてたわね。いつも、いつも自分ばかり犠牲にして……私だって力になりたかったのに。助けてもらうために、親しくなったんじゃない。こんなはずじゃ……って後悔の念に押しつぶされそうだった。でも、ある日気づいたのよ。ユキに生かされた私がこんなんじゃ、きっと天国で笑われる。だから私はユキの意思を継ぐことにしたの。ユキがやり残したことをやり遂げようと思った。それが私にできるせめてもの罪滅ぼしだと思ったから」
そこでエリスは「ふっ」と自嘲するように笑う。当時はユキのこともあり全力だったのかもしれない。でも、今のエリスからはそのやる気はほとんど感じられなかった。
まるでどうせ駄目だと、諦めの思いがその身を満たしていた。溜め込んでいたものを吐き出したからか、過去のことを話したことでその時の悔しさも蘇ったのか、その瞳には涙が浮かんでいた。
「けど、駄目だった。侯爵家を飛び出した私の力じゃ、何も……何もできなかった! 聖樹の薬をつくることも、エルフの森に入ることも、ユキの敵をとることでさえ……!」
エリスの心からの叫びが、屋敷の中に響いた。
その懺悔にも似たエリスの思いを聞いたレクトルはただ、
「話が、長い……」
とだけ答えた。
「なっ!?」
その信じられない感想に、エリスは文句を言おうとガタッと立ち上がる。だが、一方的にお願いする立場にあるエリスにとって、ここでレクトルを責めることはできなかった。
口に出かけた言葉を、すんでのところでのみ込んだ。だが、続く言葉には耐えられなかった。
「あははははは! 長い、そうね。そうよね」
「何がおかしいのよ!?」
楽しげに笑うベルを睨みつける。相手が魔王だろうと、ユキとの大切な思い出を、彼女の思いを笑われることには耐えられなかったのだ。
例えここで殺されてしまったとしても、ユキとの思い出を守って死ねるなら本望だと理不尽に全てを奪われたエリスは更なる理不尽へと牙をむける。
だが、ベルが笑ったのはエリスとユキの思い出に対してではなかった。流石の魔王といえど、ベルはそこまでひねくれてはいない。
「だってそうでしょ? さっきの話、要はあなたの親友であるエルフの最後の願いを叶えたい、できればその敵を討ちたい、それだけの事じゃない。依頼をするだけなら、さっきみたいに何もあなたの心情まで赤裸々に話す必要なんてないのよ。恥ずかしくないの?」
「なっ! そんな……恥ずかしい……わけ……」
ベルの指摘を受け、エリスは言われるまで気づいていなかったのか、顔を朱に染めていく。言葉は次第に尻すぼみしていき、しまいには金魚のように口をぱくぱくとするだけとなった。
元々ここまで赤裸々に話すつもりはエリスにもなかった。ちょっとした思いつきが発端とはいえ、長年どんづまりだったユキの願いに光が射したことへの期待からか、魔王さえ仲間に加えるレクトル相手に気持ちが高揚したからか、なんとしても依頼を受けてもらおうと必死になっていた。
だが、それはレクトルにとっては望まぬものだったが、エリスにとっては正しい選択だったと結果からみれば判断できるものだった。
「ふふふ、そのおかげで私のご主人様が同情しちゃったじゃない」
「ベル……」
「あら、私に隠し事しようたって無駄だから」
「あー、くそっ」
レクトルはベルの言葉が図星だったのか、頭をガシガシとかきながら、ばつが悪そうに視線を反らした。
「どういうこと?」
意味がわからないエリスは首を傾げる。レクトルはその姿をじっと見つめる。
元々レクトルは面倒事なら断るつもりだった。ただでさえ厄介事が続いていたのに、これ以上自分から手を出すようなことをするつもりはなかったのだ。
エルフの森も聖樹に魔力を供給するだけ。それ以外は観光気分ですまそうと思っていた。
それが行く以前の段階で既に瓦解していることは明白だった。
どこかの誰かに毒を盛られた聖樹。3年前というエリスの話から現在はどうなっているかわからないが、それでもレクトルが聖樹を癒した場合、何かしらの動きがあるであろうことは容易く予想出来た。
仮にエリスの依頼が貴族特有の自尊心に満ちた傲慢なものであったなら、ここで一蹴していたかもしれない。
だが、蓋を開けてみればそれはもうひとつの依頼とも合致する、聖樹の病を癒すというものだった。
しかも、願いの発端となるのはエリスではなく、親友である今は亡きユキという名のエルフの少女だ。
あれだけ感情を露わにして話されては、レクトルには断る理由を見つけることもできなかった。まるで物語の登場人物に入り込むように、他人事から身近なものに変わっていく。
ここで話を突っぱねたら、後で後悔することは明白だった。今のエリスにはどうにもできない以上、事態が好転することは望めない。
そうなれば、せっかく休みを設けても心から休まることは訪れない。
「はぁ、わかった。その依頼、《煌きの流星》が請け負ってやる」
「え? ほ、本当に……!?」
元々思いつきに近い駄目もとで、受けてもらえると思っていなかったエリスは身を乗り出して問いかける。
「あぁ」
「あ、ありがとう……《煌きの流星》……それがあなたたちのコレギアの名称なの?」
「……そうだ」
改めて問われるとなんだか恥ずかしいレクトルだったが、今更変えることも隠すことも出来ないため肯定を返す。
「そう……いい名前ね」
「だよね! 師匠みたいだよね!」
「え? え、えぇ、そう……ね?」
コレギアの名前を褒められたことをまるで自分のことのように喜ぶサクラに、流石に「どの辺が?」と聞き返すこともできずエリスは同意を示した。
それに満足したのか、サクラはにこにこと椅子に腰かけていた。
「それで? 依頼というからには報酬はあるんでしょうね」
「うっ」
ベルの指摘に、エリスはたじろいだ。その辺のことまで頭が回っていなかったからだ。それに、今のエリスには報酬を用意できるようなものは何もなかった。
侯爵家を飛び出した今、日々の生活すらいっぱいいっぱいなのだ。他所へ明け渡せる余裕などない。
それを見透かしたようにベルは笑いながら告げる。
「なんたって聖樹の毒を癒すなんてとてつもない依頼なんだもの。それに加え、謎の組織への敵打ち。一体どれだけの金額になるんでしょうね」
「そ、それは……」
貴族であったエリスにも、想像がつかなかった。一体いくら払えば依頼内容に見合うのか。結局、受けてもらえないのか。無謀な話だったのかもしれないと、早くも諦めの心が芽吹き始める。
今まで散々味わってきた結末だった。期待だけさせてと文句を言うこともできない。報酬はないけど、依頼はこなしてなんて身勝手にも程がある。
それは当然のことであり、レクトルたちに否はない。
「例えあなたを奴隷に落としたとしても、全く足りないでしょうね」
「――っ!」
「おい、ベル!」
不穏な雰囲気を感じ取ったレクトルが待ったをかけるが、ベルは不敵な笑みを崩さず言葉を続ける。
「でも安心なさい。聖樹に関しては既にあの国の国王から依頼があって、報酬ももらえることになってるから」
「え? 国王……陛下……から? 直接!?」
「えぇ。しかもエルフの森までの案内役と飛空艇のチケット付きよ。ご主人様はまだ何人でいくか連絡してないから今なら滑り込みも可能よ」
「嘘……入れるの? あの閉ざされたエルフの森に?」
信じられないとばかりにエリスは呆然と呟く。
「あ、あぁ。でも、なんでベルがそれを知ってるんだ? あの場にはいなかっただろ」
「あぁ、それね。簡単な話よ」
そう言ってベルは自身の肩をとんとんと叩いた。
何かあるのかとレクトルはベルの肩をじっと見つめる。
「私のじゃないわよ」
「あ、あぁ、俺のか……何だこれ?」
レクトルの肩には小さなぬいぐるみのようなものが引っ掛かっていた。真っ黒なクマと蝙蝠を足して割ったような造形。可愛らしさはなく、不気味さだけが漂っていた。
「おいおい、呪いの人形とかじゃないだろうな。え?」
恐る恐る手にとって外そうとした瞬間、人形はバラバラと崩れていった。やばいと思ってレクトルはベルに視線を移すが、特に焦ったりした様子もないのを見てほっと胸をなでおろした。
「もう用済みだから問題ないわよ」
「そ、そうか」
「えぇ。まぁ、そういうことだから、後はエルフの少女の敵だけね。相手が誰かにもよるけど、ま、元貴族のあなたなら十分に足りるでしょ」
「そう、ね……え? ま、待って! だ、だいたいなんでそんな好待遇なわけ? あなたたちが魔王を倒したから?」
結局さっきの人形は何なんだと疑問に思うレクトルを無視して会話は進む。
このままの流れではいつの間にか奴隷にされてしまいそうだと焦ったエリスは慌てて話題を反らした。だが、それはさらなる真実をエリスへと突き付ける結果となった。
「まぁ、それもあるでしょうけど、一番は私たちのご主人様が冠位に選ばれたからでしょうね」
「「え?」」
エリスの発した言葉に、何故かハクナの声が重なった。
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