120 ユキの最期
遅くなりました
今回で過去話は終わりです。
「シッ!!」
「――っ!!」
「きゃあ!」
瞬く間に放たれる神速の突きをカレンはエリスを抱えたまま身を捻ることで辛うじて回避した。
だが、そのたった一回の攻防でカレンも自身の考えが甘いことを思い知らされる。躱したはずの攻撃はカレンの腕を斬り裂き、鮮血が舞っていたのだ。
「カレン!?」
「問題ありません」
急な回避に目を回しながらも、自身の身体にまで飛び散った血を見てエリスが悲痛の声を上げる。
だが、カレンは仕える主を心配させまいと努めて冷静に答える。それでも、流石にエリスを抱えたままは厳しいと判断したのか、名残惜しみながらも一度距離をとるとエリスを降ろし戦闘態勢をとった。
「ほうほう、今のを躱しますか。これは楽しめそうですな」
そう話しながらも、仮面の男の分身は一人、また一人と増えていく。
「うそでしょ。何よそれ」
「厄介ですね。これはレヴィアの領分でしょうに」
チラッとカレンはレヴィアに視線を向ける。だが肝心のレヴィアは生きてはいるが、先ほど受けたたった一撃で満身創痍だった。
「そらそらいきますよ!」
「お嬢様!」
カレンは【空間拡張】の効果が込められた魔術道具であるバッグから一本の槍を取り出すとエリスへと放り投げる。
その槍には無骨な武器にはそぐわない可愛らしいリボンが持ち手の部分に結ばれていた。それは元々エリスへのプレゼントにとカレンが用意していたものだった。
本来なら今渡す予定のものではなかったが、躊躇っていては流石に武器も防具もなくこの場にいるエリスには魔術も使えない為、身を守る手段がなくなってしまう。
渡すシチュエーションを色々と想定しエリスが喜ぶ姿を夢想していたカレンだったが、何かあってからではその機会すらも訪れないと判断した。
「ちょっ、わわっ!」
その槍をエリスが危なげなく受け取るのを確認するとすぐさま敵の対処に移る。地面を抉るように蹴りあげ、砂を巻き上げることで敵の視界を潰すと同時、魔術を発動させる。
「我が拳は万物打ち砕く鋼の鉄槌。挫けぬ意思纏いて遍く障害を打ち払え【打砕者】!」
カレンの身を赤いオーラが包み込む。筋力の強化が主体に行われる火属性の身体強化魔術だ。そのままさらにカレンはバッグから取り出した大剣を振りぬいた。
重量任せのその一撃は迫りくる敵の刃を打ち払った。
「なんと!?」
「くっ!」
魔術で強化した身体能力で力任せに振りぬいた大剣は見事に敵の攻撃を弾いたが、強化してなおその大剣はカレンが扱うには荷が重かったようで慣性に従いカレンの手を離れて大地へと突き刺さる。
だが、十分に隙を作ることには成功していた。それを逃すまいと続けざまに魔術を発動させる。
「我求めるは閉じ込める高温の牢獄、焼き尽くせ【炎塔華】!」
ゴォッと今度は炎の竜巻が巻き起こり、灼熱の嵐が敵を覆い尽くす。少しユキのことが気がかりではあったが、手を抜いて勝てる相手でもなかった。
だが、それも一瞬のことだった。
「何を遊んどる」
「いやはや、弱いなりに頑張るものだと感心していただけですよ」
「ちっ」
何をされたのかカレンにはわからなかったが、放ったばかりの炎の竜巻はあっという間に鎮火していた。
「くだらん。気が散る。さっさと済ませんかい」
「やれやれ、ならそちらも早く終わらせてほしいものですな」
「ふん、直に終わる」
「致し方ありませんな。ではでは、そろそろ終わりとさせていただきましょうか」
スッとユキを抱えた仮面の男が手を上げると、3体の分身が行動を再開した。
だが、その動きは先ほどまでと違っていた。
操られた人形のように飛びかかってくるのではなく、各々が異なる武器を構えていた。そして杖の仮面が魔術を、剣と盾の仮面がその分身を守るように位置取り、最後のレイピアを持った仮面はカレン目がけて襲いかかる。
そこには明確な意思のようなものが感じられた。好き勝手に動くのではなく、しっかりとした連携が取れていたのだ。
魔術の対処をと動こうとするが、レイピアの仮面がそれを許さない。絶妙のタイミングで放たれる突きにカレンは防戦一方となった。苦し紛れに放った短剣の投擲も盾に弾かれる。
そして詠唱が終わるや否や他の仮面がスッと身体をズラし射線を確保すると
「【迅雷穿】」
「きゃああああ!」
「カレン!」
「お嬢……様、に……げ……」
迸る雷撃の直撃を受け、カレンはその場に崩れ落ちた。
「そ、そんな……」
あっという間にレヴィアとカレンがやられてしまった事実に、受け取った槍を抱き寄せ、エリスは後ずさる。
彼女たちがここまで戦闘ができる侍女だとは思ってもいなかったエリスだったが、あの自信に満ちたカレンをこうも容易く対処する敵に戦慄していた。
それでも、視界に映るユキを見てエリスは振るえる手を支え、仮面の男を睨みつける。
(カレン……レヴィア……ごめんなさい。せっかく時間を作ってくれたのに、抗ってくれたのに、助けられず、あなたたちの望みも叶えられないわ。何もできない私を許してね。でも、それでも、こんな私にも、譲れないものがあるの……!)
ガチャリと、槍の切っ先は敵を定めた。恐怖を乗り越え、覚悟を決め、しっかりと相手を見据えてエリスは叫ぶ。
「ユキを開放なさい! さもないと、よ、容赦しないわよ!」
「やれやれ、勇ましいものですな。だが、それ故に残念だ」
エリスの声はそれでも震えていた。
力量差が圧倒的であることは自覚していた。
これは生きる為の戦いではない。敵わないのは明確だからだ。
エリスにとって、これは信念のための戦いだった。ここで逃げてしまっては一生後悔することは目に見えている。
まだ少ない時間しか一緒にいなかったとしても、大切な親友を見捨てることなどエリスにはできなかった。
なら、できることをするだけだと、今なお逃げようとする身体を鞭打ち抑え込み、強固な意志で補強する。
だが、続く敵の言葉はエリスの耳を疑うものだった。
「我々は君に感謝しているというのに。君のお陰で、こんな良質な素材が手に入ったのですからな」
「私の……おかげ? 何……を……」
「シャルミナクの涙」
「――っ!」
それを聞いて、エリスは理解した。理解、してしまった。何がこの事態を引き起こしてしまったのか。
それは自身の迂闊な行動が原因だった。
今までひっそりとユキと2人でやってきていたのに。
その情報が漏れる可能性がある外へと持ち出してしまった。
他を頼ってしまった。もっと慎重に行動すべき、重要な案件だったのに。
「あの調合師も……グル、だったのね!」
「ホトホト彼にも参ったものです。動くこちらの身にもなってもらいたいものですな。まぁ、気づくのは当然でしょう。実際、サトカラトスを調合したのも彼ですからな」
「なっ!」
衝撃の事実にエリスはたじろいだ。
治す薬の調合を依頼した男が、聖樹を……ユキの故郷に災いを齎した張本人。
その薬品を用いなければ発症しない植物の病気を治す薬を依頼されれば、それを調合した張本人である者ならエリスたちが何のためにそれを必要としているかすぐに見当がつく。
エリスの選択が、この事態を招いていた。逃げるどうの以前の問題だった。既にエリスは後悔の念に押しつぶされそうになっていた。
だが、あまりにも対応が早すぎた。
ユキが父親に見つかり、奴隷商館へと連れて行かれたのは偶然だ。そうでなければ、侯爵家の屋敷を襲撃する必要が生じ、一筋縄ではいかないことは明白だ。少なくとも、ちょっと出かけてる間に事を起こすなど不可能なはずだ。
時間だけの話でもない。貴族の屋敷を襲撃したとなれば、国全体が動き出すことになりかねない。実行に移すのは難しくなるはずだった。
(まさか、それすらも……このタイミングでユキが見つかったのもこいつらのせいだって言うの!?)
でなければおかしいのだ。エリスが調合を依頼に行っている間に起こった出来事にしては何もかもが。
普通なら屋敷でユキが見つかって騒動になっているところには戻れているはずだった。長居をした記憶もない。
それがユキが見つかって、カレンとレヴィアが辞めさせれ、奴隷商館にユキが明け渡され、しまいには襲撃される。
ユキが攫われたということで焦り、思考が追いついていなかったが、ここにきて違和感に気づいた。
「やれやれ、困惑するのも仕方がありませんか。君にとっては数分の一時でしかなかったでしょうからな。いやはや、色々と興味深い話でしたな。ですが、ここで終わりです」
「――!?」
「そもそも、君たちが手を出してよい相手ではなかった、ということですな」
仮面の底から見える瞳が怪しく光る。そこには明確な殺意が感じられた。レイピアを持った仮面の男がエリスへと襲いかかろうとしたその瞬間――
「待って!」
「――!? ユキ!?」
ユキの叫びを受けて、エリスを襲おうとしていた仮面の男は動きを止めた。
そしてユキを肩に担いだ仮面の男がじっと視線をユキへ向ける。
「あなたたちに従うから! その代わり取引よ!」
「ほうほう、我々と? あなたが? どうやら立場が分かっていないようですな」
「ユキ!」
「大丈夫だから」
剣と盾を持った仮面の男が剣の切っ先をユキの首元に添え、脅しをかける。だが、ユキはそれに怯えた様子はなかった。
「やれるものならやってみなさいよ! 殺す気なら、わざわざ私をこんなところまで連れてくる必要なんてないんだから。あんたらに私は殺せない」
「…………………………」
「あんたらに抵抗できるのは私の固有スキルのお陰。でも、約束……いえ、誓約するならいいなりの人形にでも何でも好きにすればいい」
その申し出に、仮面の男は無言で考え込む。そして、視線をもう一人の老人へと移した。
「ふん……ったく。条件は?」
「エリスたち3人を見逃すこと。今だけじゃない。ずっとよ。他の者に殺させたりするのも許さない」
「ユキ!?」
「やれやれ、そういうことであればいいでしょう。彼女たちの生死は我らに特段影響を及ぼすことはないですからな」
「ふん、その方が手っ取り早いわい。これでちまちま結界の外からやる必要もなくなる」
「きゃあ」
「ユキ!」
「来ちゃ駄目!」
ドサッと乱暴に放り出されたユキにエリスは駆け寄ろうとするが、それを本人に止められる。
「ど、どうして……」
「誓約だ」
「……………………」
戸惑うエリスを余所に、縄を解いた仮面の男は掌をユキと合わせ、誓約を結ぶ。
「ごめんなさい、エリス。あなたは生きて」
「え?」
目に涙を浮かべながら笑うユキの姿が、エリスが最後に見た親友の姿となった。
「【我が意思ありて其はただこの地に在る】」
老人の固有スキル発動を受けて、ユキの周囲をブワッと得体のしれない漆黒の液体のようなものが舞い、ドドドドドと内側へ針を突き出しユキを串刺しにした。
それを受けたユキは血を流すこともなく、うつろな瞳となって、バラけて、消えた。
残されたのは、小さな何かの核のようなものだけだった。
「…………ユキ?」
エリスの呆然と呟くその言葉に、返ってくる返事はない。
仮面の男が核のようなものを回収する。
「ではでは我々はこれで。魔泉殿」
「ふん」
魔泉と呼ばれた老人が杖を一振りすると、仮面の男と老人はユキだったものや分身体を含めて全てが綺麗さっぱりと消えていた。
「ユキ……ユキ……?」
「お嬢……様……」
「いや……いやよ……ユキ? いやぁああああああああああああああああああ!」
そこにはただ起きた事態が信じられず、ただなき友の名を呟き続けるエリスとその侍女だけが取り残されていた。
次回6/01更新予定




