119 仮面の男
レヴィアとカレンのやり取りは書いててなんか楽しい
「お嬢様、おぶろうか?」
「見くびらないで! これでも冒険者として魔物と戦ってるんだから!」
エルフの森へと必死に駆けるエリスに並走するレヴィアの提案をエリスは突っぱねた。
確かにエリスの体力は同年齢の令嬢と比べれば目を見張るものがあった。だが、それはあくまでも貴族の女の子にしては、だった。
今回に限っては事態は急を要していた。間に合わなくては意味がない。そうなってしまって後悔するのは見栄を張るエリスだった。
故に、主の意向を無視してカレンは行動を起こす。
「存じています。ですが、申し訳ありません。今は一刻を争いますので」
「え!? きゃあ!」
エリスの後ろに瞬時に回ったカレンは掬いあげる様にエリスを持ちあげた。立ち止まることなく、そのまま走り続ける。
抱えられたエリスは思わず頬を赤らめる。その姿は紛うことなきお姫様だっこだったからだ。
「ちょ、ちょっと! さ、流石にこれは恥ずかし――」
だが、エリスの苦情は最後まで聞き入れられることはなかった。
「わが身は吹き抜ける一陣の風。逃れること叶わぬ弾丸となりて駆け抜けよ【追走者】」
「え? なっ! きゃあぁあああ!」
カレンの足元を風が覆い、さらに加速する。急激な速度変化に、感じる風圧に、エリスは悲鳴を上げた。
「あ! もう! 提案したの私なのに、横取りしちゃってさ! おいてかないでよ! 【空仙閃歩】!」
地を蹴ったレヴィアは着地することもなくさらに何もない空間を踏み込む。空振りすることなく空気を捉え、空中でさらに加速するとトットットッとそれを繰り返し、すぐさまカレンへと追いついた。
「なっ!?」
それを見てエリスはさらに驚きの声を上げた。それも当然と言えた。今まで長い間一緒にいたが、彼女たちが魔術を使ったところも、スキルを使ったところも見たことがなかったのだ。
「ちょっと! さっきのカレンの魔術といい、なんでただの侍女がそんなことできるのよ!」
「あー、それはですね……」
問われたレヴィアはポリポリと頬を掻きながら、チラッとカレンに視線を送る。だが、カレンはすまし顔でただ走り続けていた。
レヴィアは変なところで遠慮するんだからとため息をつくと、エリスの質問に答えた。
「ほら、前にお嬢様が冒険者になろうと思ってるようなことを言ったことあったじゃん?」
「え、えぇ、ちょうどレヴィアが仕えるようになってすぐくらいの時ね」
「そうそう。そしたら、そこのカレン様は一緒に冒険出来ると思ったのか、猛特訓を始めたわけ」
「え?」
「……………………」
エリスは自分を思わずお姫様抱っこするカレンに視線を向けるが、プイッとそっぽを向かれてしまう。
「でも、残念ながらお嬢様はお一人でいかれた。後々ユキ様が加わるようになったけど、その時のカレン様の落胆ぶりと言ったらもう目もあてられ――」
「落胆などしてません」
「いやいや、その特訓に付き合わされた私の身にもなってくださいよ。お嬢様に仕えたばかりだったから、流石貴族の侍女は違うと疑いもなくそれが普通だと信じて頑張ったのに、ただのカレン様の暴走とか。本館の侍女は戦いなんかしない普通の女性と知った時の私の気持ち、わかります?」
「わかりませんね。信じるあなたが悪い」
「うわ! どう思います? お嬢様」
「え? それは……」
ヤレヤレとばかりに話していたレヴィアはカレンの開き直った言葉に仕返しの意思を込めてエリスへとそう問いかけた。
聞いた感じでは確かにかわいそうだと思ったエリスはカレンを咎めようとしたが、カレンの顔はまるで捨てられた仔猫のように怯えていた。
それはエリスに嫌われるのを恐れてだったが、思わずエリスは口ごもってしまう。
ユキを助けに行く大事な場面なのに、エリスには何故こんな板挟みの立場に収まっているのかわけがわからなかった。
未だに事態を把握できていない。
だが、着々と目的地には近付いていた。街の境界を超え、トレール家の裏側に広がるエルフの森へとつながる大森林、イルフェムラ大森林へと足を踏み入れた。
「――っ!」
その瞬間、何か嫌な感じが3人の身体を駆け巡った。その感覚に思わず足を止める。
「な、何!?」
「ユキ様の居場所はどうなっていますか?」
「ちょっと待って」
エリスは雰囲気にのまれているのか、お姫様抱っこのまま先ほど奴隷商人の店主セルディッチから預かった魔術道具を起動させる。
表示された矢印は森のさらに奥を指し示していた。
「先ほど進んだ距離と比較しても、さほど距離は離れていなさそうですね」
「それに、数字が変わらないってことはあっちも立ち止まってるのかな」
「距離的にエルフの森の結界に阻まれているのかもしれませんね。狙いは聖樹でしょうか」
「もしかして、結界を通るためにユキ様を?」
「どうでしょう。結界の通行許可を出せるのは一部の上層部にあるエルフだけと聞いていますが……」
「なんでもいいわ。あそこにユキがいるのね」
どこか不気味な雰囲気が漂う森の奥をじっと見つめるエリス。勇み足で進もうとして、未だ自分がお姫様抱っこされたままであることに気づく。
「あ、も、もう降ろして! 後は大丈夫だから!」
「いえ。お嬢様には温存してもらわないといけません。このまま進みます」
「え? 待っ――」
「温存って……」
再度エリスが言い切る前にカレンは再び加速し森を駆ける。その後ろを呆れた様子でレヴィアが追いかける。
カレンは滅多にないこの機会を逃すつもりはなかった。
エリスはこの時まだ知らなかったが、カレンのエリスへの愛情は常軌を逸していた。
外面の表情は真剣そのものだったが、内心かなり興奮していた。数少ないお嬢様に触れられる機会だからだ。
自分の腕の中で恥じらう姿はさらにカレンの感情を高揚させる。そのおかげか、カレンはいつも以上の身体能力を発揮していた。
だが、それは必ずしもメリットだけをもたらすものではなかった。高ぶる心は視野を狭めた。結果として、何の準備をすることもなくエリスたちは目的地へと飛び出すこととなった。
森の中の少し開けた空間。そこにフードを深くかぶった男性が2人と、肩に担がれた1人の少女……ユキがいた。
「ユキ!」
「エリス!? なんで……!」
「おやおや、これはこれは。感動の再会ですかな?」
エリスたち3人の姿を捉えた男はユキを抱えたまま視線だけ向けた状態でなんでもないように呟く。その顔は白い仮面に覆われていた。
抑揚のない声に見つかった焦りなどは微塵も感じられない。
「ふん、まだ少し時間がかかるぞ」
「そうですか。やれやれ、仕方ありませんね」
背の低い、恐らく声からして老人の報告にもう一人の男は少し考え込むと、懐から短剣を取り出した。それを見たユキが叫ぶ。
「エリス逃げて!」
「――っ!」
だが、その言葉を発する瞬間には既に男は動いていた。一瞬身体がブレたかと思うと、身体が2つに分かれ、その分身体がエリスたちを襲った。
「あっぶな!」
だが、その振りおろされた刃は間一髪のところで間に介入したレヴィアが弾いていた。しかし、不意を突かれた攻撃を防いだレヴィアには余裕がなかった。
攻撃を防ぐのに使ったナイフはその一撃を受けただけで使い物にならなくなっていたからだ。
それに、分身体の攻撃はそれだけで止まることはなかった。
「いやいやまったく、抵抗するだけ痛みが増すだけです、ぞ!」
「きゃあ!」
「レヴィア!?」
強烈な回し蹴りを受けたレヴィアは樹へと叩きつけられ、たったその一撃だけで身動きするのにも苦痛を感じるダメージを負わされてしまう。
レヴィアにはそれだけで身体の骨が折れていることが理解できた。
「さてさて突如現れたお姫様には早々にご退場願いましょうか」
「……っ! あんたたちは一体なんなのよ! ユキをどうするつもりなの!?」
「そんな態勢でよくお吠えになる。そもそも我々に答える義理などありませんな」
再び迫る短剣を、今度はカレンが片足で防いだ。
「お嬢様には指一本触れさせません」
「むっ」
そのまま振り上げた足を振りおろし、地面へとたたきつける。
「痛い目をみるのはあなたがたです」
「これはこれは勇ましい王子様だ」
未だお姫様抱っこの姿勢を崩さないカレンを見て、仮面の男はどこからともなく細長い剣、豪勢な装飾が施されたレイピアを取り出した。
次回5/27更新予定
少し遅れます。あしからず




