118 奴隷商会
「奴隷……商……会? そこに、ユキがいるの?」
「はい」
「なんで……いえ、そうね……ユキは珍しいエルフで、あの容姿だもの。でも、そこまでするなんて……!」
自身の父親ではあるが、その非道な行為に怒りが湧き上がる。だが、その対応は貴族にとってまだ甘いものだった。
「ユキ様は犯罪奴隷として引き渡されました。エリスお嬢様が見つけ匿ってはいましたが、ガルトレイン侯爵にとっては貴族の屋敷に侵入していた不届き者です。本来であれば即刻殺されていてもおかしくはありませんでした。それはその事実を知り、雇い主に秘匿していた私たちも同罪です」
「それはっ……!」
その言葉にエリスの顔が真っ青に染まる。自分の我儘が大切な者たちを、数少ない味方してくれている者たちを殺されかねない事態を招いていた。
許せなかった。
それは父親に対してではない。
そんな未来を想像だにしなかった、いつまでも甘え、何も見えていなかった自分自身にだった。
グッと拳を握りしめる。
そして、そんな事態になってなお、彼女たちは自分を心配してくれていた。駆け寄ってくれた。
なら、自分はそれにこたえなければならない。
このままで、いいわけがない。
こんな自分に何ができるかはいまだわからない。
それでも、エリスは何かせずにはいられなかった。
今回殺されなかったのは奇跡なのだ。あの父親がどういう思いで決断を下したのかはエリスにはわからなかった。
長い間放置していたことへの情けか、はたまたただの気まぐれか。
それでも、例え寛大な処置だったのだとしても、このまま事態を見逃すことはエリスにはできなかった。
なら、今やるべきことはこれ以上の悲劇を防ぐことだ。ごちゃごちゃ考えるのはそれからでも遅くない。
「……ユキのところに、案内して」
「はい、お嬢様」
奴隷として捕まったユキを助ける手立てがあるわけではなかった。奴隷の、特に若く、容姿が良く、珍しいエルフ。そこからさらに希少な先天性白皮症に赤と青の虹彩異色症ともなればその値は計り知れない。
仮にも家を飛び出した身だ。今更のこのこと戻ることもできない。奴隷を買い戻すどころか、今後の生活さえ目処が立っていない。
それでも、一目でもユキのことを見たかった。無事を確認したかった。こんなことになってしまったことを謝りたかった。
もしかしたらこんな事態を招いた自分を恨んでるかもしれない。そんなことを考えて、すぐに首を振る。
(ユキのことだもの、きっと自分のことよりも家を飛び出した私のことを心配するんでしょうね)
いつもいつも、ユキが置かれた状況の方が、エリスよりも格段に酷いものだったとしても聖樹のために行動を起こし、泣き言一つ言わなかった。
実の父親にあんな扱いを受けていた私を慰めてくれていた。一族全てに嫌われていたユキとはたかが家族から毛嫌いされているエリスでは比べるまでもない。
(だからこそ私が助けないと。ユキはきっと、自分を犠牲にする。ユキにはやるべきことがあるのよ。それに、そんなこと関係なく……ユキは……)
幸せになるべきだ。
それはエリスの心からの願いだった。
だが、エリスの決意とは裏腹に事態は思わぬ方向へと転がっていく。
「お嬢様!」
「な、何!?」
荷物を一度仮でとった宿屋に預けた後、セルディッチ奴隷商会へと向かって案内していたカレンが足を止めた。
エリスを下がらせた後、ある一点を見つめている。
その視線を追ってエリスは驚きに目を見開いた。
「な、何あれ? まさか、あそこにユキがいるの!?」
少し離れた先にある商館からは火の手が上がっていた。もうもうと立ち昇る煙から、火の手はかなり広がっていることが予想できた。
カレンの無言の答えを、エリスは肯定と受け取った。いてもたってもいられず、奴隷商会へと駆けだした。
「ユキっ……!」
「お嬢様……!」
奴隷商会からは店の者に誘導され、何人もの奴隷が外に出てきていた。隷属の契約は生きているため逃げることはなく、燃え上がる商会をただ見つめている。
数十人に及ぶ奴隷たちの中に、ユキの姿はなかった。
「何があったのですか?」
「あぁん? ……あなたは確かトレール侯爵家の……」
対応にあたっていた店員の一人にカレンが声をかけた。
店員はこんな時に何だと最初は不満を露わにしたが、カレンを見てすぐに侯爵家の侍女であることに気が付いた。
商売とは信用だ。そのため、男は過去に出会った人の顔と所属や人となりを覚えることは得意としていた。どんな情報がいつ役に立つかわからないからだ。
正確にはカレンはもう侯爵家の侍女ではなくなっていたが、数時間前のことを把握しているわけもなく、カレン自身もわざわざ指摘することもないと訂正しなかった。
「何がも何もないですよ。やけに身なりのいい見知らぬ男が来たと思えばこのありさまです。幸い死人は出ていませんが、身体の弱い奴隷もいるので避難で手いっぱいですよ。それにこの火事じゃ屋敷も建てなおしです。だから私は嫌だと言ったんだ」
「嫌……とは?」
言葉の最後にぼそりと男が呟いた言葉をカレンが聞き逃すことはなかった。男はじっとカレンの顔を見て、そして振り返りエリスを見つけ事情を理解したのか口を開いた。
「……そうか、あなたがここに来たのはあのエルフの……なら、無駄足でしたね。彼女はもうここにはいない」
「そうですか。情報、感謝します」
つまりはその見知らぬ男に攫われたのだろう。それを理解したカレンは立ち上がるとスッと手を未だ火の手が上がる奴隷商会へと向け、詠唱を始めた。
「な、何を……」
「我が願うは数多呑み込む水の抱擁。穢れなき水よ、静寂の果てに沈め【水擁珠】」
魔術の発動と同時、カレンの手に展開した魔法陣が生み出した球状の巨大な水の塊が商館全体をのみ込んだ。
数秒停滞していた水はすぐにその形を崩し、周囲に大きな水たまりを作った。
火の手は、消えていた。
「これは……すごい」
「カ、カレン! 今のは!?」
「無茶するなーもう」
「エリスお嬢様。ここにはユキ様はいらっしゃらないようです」
「え?」
驚く店主セルディッチとエリスを余所にカレンはレヴィアを無視して得た情報を告げる。
「行きましょう」
「ま、待ってください!」
もうここには用はないと立ち去ろうとしたところでセルディッチが待ったをかけた。
「何でしょう」
「あのエルフを探しているのですよね?」
「……何か問題が?」
「しょ、少々お待ちいただけますか?」
そう言い残すと、セルディッチは水浸しになった屋敷の中へと入っていく。
その姿を目で追いながらも、エリスはカレンに詰め寄った。
「ユキがここにいないってどいうこと?」
「どうやらここを襲った謎の男に攫われたようです。もしかしたら、あまり猶予はないかもしれません」
「なっ!? え! 攫われ!?」
カレンの言葉に、動揺を隠せないエリスは焦りと共に駆けだそうとしたところをレヴィアに掴まれた。
「な、何するの!? このままじゃユキが!」
「だからって場所わからないじゃないですか! 落ちついてください!」
「そ、それは……!」
今にも泣きそうなエリスを必死にレヴィアが抑えていると、そこに商会から何かを持ってきたセルディッチがやってきた。
「エリスティア様、これを」
「これ……は?」
セルディッチに渡されたものを見てエリスは首を傾げる。それは小さな宝石だった。綺麗な物ではあるが、それを今ここで渡される意味がわからなかったのだ。
「それは逃亡した奴隷の居場所を掴むための魔術道具になります。今そこに登録されているのはユキというエルフの少女の隷属紋になります」
「なっ!」
「どうして、これを私たちにいただけるのですか?」
あまりにも都合が良すぎる道具にカレンは意図が分からずセルディッチをじっと観察する。
「なに、彼女には私も思うところがあるのですよ。自らを犠牲に貴方がたの身の安全を願う健気な少女にね。なにせこの私やガルトレイン卿に誓約まで交わせたのですから。それに、奴隷を扱う者として、大切な商品を守れなかった贖罪でもあります。でも、私どもの力では恐らくあの男には太刀打ちできない」
「貴方がたって……」
それはつまり、カレンやレヴィアが無事で済んだのはユキが自身の身柄と引換に安全を懇願したからだった。
精霊に愛されたユキならきっと逃げ出すこともできたはずだ。でもその場合、匿っていたエリスや侍女であるカレンとレヴィアがどんな処罰を受けるのかわからなかった。
エリスが侍女たちを巻き込んだと思っていたように、ユキもこのままではエリスたちを自分の都合に巻き込み不幸にしてしまうと考えたに違いなかった。
だからこそ、大人しく捕まった。エリスたちの安全を条件に誓約まで交わして。
「本っ当にもう! あの子は……! 自分ばっかり犠牲にして……!」
エリスはグッと魔術道具を握りしめる。
「彼を追うのであれば、十分注意することです。あれは得体が知れない。引き際は間違えないでください。それを貴方がたに託した私を、後悔させないでくださいね」
「えぇ、……ありがとう」
「はい」
では、とセルディッチは踵を返すとパンパンと手を叩いて奴隷たちの注目を集めた。
「火は彼女たちのお陰で消し止められました。怪我を負った者はルシアたち治癒魔術が使える者から治療を受けてください。それ以外の者は屋敷の掃除です! この程度の損害なら問題ないでしょう。できなければ今晩は飯抜きに加えて水浸しの床で寝ることになりますよ!」
その言葉を受けて奴隷たちが一斉に動き出す。
「お嬢様」
それを尻目に、エリスたちも次の行動へと移す。エリスから宝石を受け取ったカレンはそれに魔力を流し起動する。
ポゥと淡い光を放ち、矢印と数字が表示される。
「おそらく、距離と方角ですね。この先にあるのは……」
「エルフの森……」
胸の中を満たす嫌な予感を、エリスはぬぐいきることができなかった。
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