117 ユキの行方
「お嬢様……やっぱりここだったんですね」
「レヴィア……」
感情のままに起きてしまった事態から目を背け、泣きながら走り続けた結果疲れたエリスは貴族街の外れにある小さな木の隅に腰を下ろして蹲っていた。
様々な後悔に押しつぶされていたエリスに声をかけたのは、先ほどトレール家の侍女を首になったであろうレヴィアだった。
さっきまで持っていた大荷物は持っていないが、服装は私服のままだった。その姿に、自分が犯してしまった過ちの重さに、エリスの自責は増していく。
だが、当のレヴィアはそんなエリスの内心を知ってか知らずか、まるで何もなかったかのように努めて明るく話を続ける。
「お嬢様、辛いことがあったらいつもここにいましたもんねー」
「……ごめんなさい」
「私、お嬢様に何か謝れるようなことされましたっけ?」
顎に人差し指を当て、「なんだろー?」とまるで思い当たることが何もないように首を軽く傾げる。
「私のせいで辞めさせられたじゃない。レヴィアはまだ入って日も浅いのに、こんな……」
レヴィアがトレール家に雇われてからまだ1年足らずしか経っていなかった。
あんな父親であるとはいえ、貴族の侍女ともなればそれなりに給料は良かった。エリスに仕えるようなことにならなければ、味方するようなことがなければ、そもそもユキを匿ったりしなければ辞めさせられることはなかったのだ。
一度貴族に雇われ、解雇されたとなれば次の職場を探すのも難しいだろう。貴族から首にされたということは、それだけ信用に関わることだった。
それが例え一方的に罪を押しつけられた結果故だったとしても、貴族が首にした者を雇った場合、その貴族からしたら気分がよくなく敵に回してしまうこともある。
貴族の内情を知るために雇ったのではと、疑われることもしばしばだった。余程能力が高い者でもない限り、雇うにはリスクが高過ぎるのだ。
そのあたりを理解しているエリスは悲痛の面持ちで顔を上げる。だが、そこにあったのはにこやかな笑顔を向けるレヴィアの姿だった。
「やっぱりお嬢様はお優しいですね。なんたって平民の私を心配してくれるんですから!」
「そんなことっ! ……ないわよ」
「いや~最初の頃は刺々しいお嬢様だなぁって思ってましたけど、私にかかればそんなお嬢様もイチコロですよ! あっ、でも惚れたら駄目ですよ? 流石の私も女の子同士はちょっと……」
「な、何の話よ! ってそれより、そんな風に思ってたわけ!?」
勝手に変な方向に話が逸れ出した事に戸惑いつつも、思いがけない自身の評価に信じられないと立ちあがった。
そんなエリスを見て、レヴィアはさらに笑みを深める。
「元気、出ましたか?」
「え?」
「貴族のお嬢様とこんな風に接することができるのはお嬢様のおかげです。お嬢様だから、私は今まで仕えてきたんです。私たちとの今までを、後悔……しないでくださいね?」
「あっ……」
その言葉に、エリスははっとする。自分に仕えなければこんなことにはならなかったと、自分のせいで彼女たちは不幸になったと一方的に決め付けていたのだ。
それは彼女たちの今までを否定する行為だった。それがどれだけ失礼なことだったかを思い知る。
たった一度の失態でこれまでの全てが不幸になるわけではない。エリス自身も、彼女たちがいてくれたからこそ、あんな離れの家にいても寂しくなかったのだ。
それどころか、いらぬしがらみから解放されて幸せですらあった。ユキが加わってからは大変ながらも楽しい日々が続いていた。
それは今日の出来事ただ一つで崩れるものでは決してなかった。
「ごめんなさい。ううん。そうじゃないのね。……ありがとう」
「はいっ! 私たちだって、お嬢様の優しさにいっぱい救われたんですから!」
胸を張ってそう答えるレヴィアの姿に、エリスにも自然と笑みがこぼれる。
「それに……」
「それに?」
「優しいお嬢様はもちろんこのままじゃ……終われませんよね?」
エリスはレヴィアが何を言いたいのかをすぐさま察した。こんなところでしょげている暇など、今のエリスにはなかったのだ。
「えぇ、えぇ! 当然ね! 絶対にユキを取り戻すのよ!」
「はい! それでこそお嬢様です!」
「えぇ、流石です。お元気になられたようで安心しました。ところで……」
「そうで……え?」
不意に背後から聞こえた言葉に同意しようとしたところで、レヴィアの顔からサァッと血の気が引いていく。
ギギギギと音がしそうなほどゆっくりと振り返ったところでレヴィアの視界に入ってきたのは、負のオーラを全身に纏わせながらも満面の笑みを浮かべるカレンの姿だった。
顔は笑っているが、心は怒っている。
それも当然で、レヴィアは飛び出したエリスに追いつく為に、追いかける途中で持っていた荷物を全てカレンに丸投げしていた。
すぐに追いついたレヴィアに対し、カレンがここまで遅れたのは一重に2人分の荷物を抱えてここまで走ってきたからだった。
「言い残すことはありますか?」
「や、やだなぁカレン様。お嬢様の前で仮面が剥がれてますよ? それに適材適所ってあると思うんです。今回は私の役割かなぁなんて思ったわけですよ」
そう言い訳を述べながらも、レヴィアは距離を離そうと一歩、また一歩と後ずさる。だが、その言い訳は逆効果だった。
「それは私にはお嬢様を慰められないと? そう言っているのですか? おかしいですね。私はあなたよりもお嬢様といた時間は何倍も長いのに……?」
「い、いや~だって……弱ってるお嬢様見たら好きすぎて暴走しちゃむぐっ!」
それ以上は言わせないとばかりに高速で伸びたカレンの手がレヴィアの口をムギュッと掴み、話を遮った。
「躾のなってないお口はこのお口ですかね~」
「ひふぁいひふぁい、ほうりょふふぁんふぁい~」
反省の色が見えないレヴィアの様子に、カレンは木の葉っぱに止まっていた毛虫をひょいとつまみあげた。
「え?」
一体何を、と思ったのもつかの間、カレンの目が怪しく光る。その手はまだレヴィアの口をつまんだままだ。頬を片手で挟み込まれるように掴まれているため、口を閉じることができず開いたままだった。
反対側の手、毛虫をつまんだ手がゆっくりとレヴィアの顔に近づけられていく。
カレンが何をしようとしているのか察したレヴィアは驚愕に目を見開き、全力で拘束から逃れるとその勢いのまま地面に突っ伏した。
「も、申し訳ありませんでしたー!」
それはもう清々しいほどに綺麗な土下座だった。地面におでこをこすりつけ、必死に許しを乞う。
「ふ、あはははは! もう、何やってるのよ、ふふっ」
「お、お嬢様……」
貴族の侍女という肩書がなくなったからか、いつも以上に素の姿をさらけ出しまるでコントのようなやり取りを繰り返す侍女たちを見てエリスは自然と笑いがこぼれていた。
こらえようと思っても身体が言うことを聞かず、笑いが漏れる。
「あはははー」
エリスのことを忘れていたのか、まるで照れ隠しのように笑うとタガが外れたのか先ほどまで暗かったその場所には笑いが満ちていた。
「はぁ、でも、本当にありがとう」
「いえ。私たちが仕えているのはトレール家ではなく、エリスお嬢様ですから」
「そうそ。こんな私を貴族の侍女として許してくれるのなんて、お嬢様くらいだから」
「自覚があるなら直しなさい」
「無理」
カレンの指摘に、きっぱりとレヴィアが断言する。そのやり取りにまた笑いそうになったエリスだったが、次のカレンの一言にその身は一気に引き締まることとなった。
「はぁ、もういいです。では、いきましょうか」
「え? 行くって……どこに?」
「それはもちろん、ユキ様が連れて行かれた場所……セルディッチが経営する奴隷商会です」
次回5/18更新予定
一体いつになったらエルフの国に行くのかって?
さぁ、いつでしょうね。作者もわかりません。




