116 聖樹の病
一週間の更新文字目標数は変えずに、分割(週2回更新)になりつつある。
調合師の店へとやって来たエリスは目的の薬名を示した紙と集めた材料を差し出す。
「この調合をお願い」
「どれどれ……シャルミナクの涙か。サトカラトスの奇変用の特効薬だな。また珍しいものを。普通にかかる病気じゃないぞ?」
「そうね……」
そのことについてはエリスもユキと病名が判明した時点で話をしていた。
調査によって判明した聖樹の異常の原因は通常の成長過程ではまずかかることがない類の病気だった。
土の養分の不足や害虫による影響、魔力の淀み、水分不足、日光の当たり具合等など……通常植物を育てようとする過程で起きうる自然的、人為的行為で発生するものではない。
とある薬品を養分として吸い上げた場合にのみ引き起こされる病だった。
その薬品の名はサトカラトス。
とある特殊な調合によって生み出される毒薬だった。正確にはその薬自体に毒があるわけではなく、そのサトカラトスを吸い上げた植物に毒性を持たせる薬だった。
サトカラトスを吸い上げた植物には葉などに影響が現れるが、宿した実には見た目上何の変化も起こらない。
見た目が変わらず、しかも無味無臭。ただその毒性は確実にその身に宿している。といっても、侵された実を食べた瞬間に死ぬような強力な毒性は持ち合わせてはいなかった。
ただ食べ続ければ確実に、ゆっくりと身体の組織を破壊し死に至らしめる。見た目上は原因不明の病にでも犯されているかのように弱っていくため、よく暗殺に使われるような薬品だった。
つまり聖樹も誰かが意図的に弱らせているかもしれないというのがユキの推測だった。ただでさえ世界全体の魔力が薄まってきている中、そんなことをされれば流石の聖樹といえど自身の浄化の力を維持することは難しかった。
「ふむ。まぁ、お嬢様なら父親をじわじわ殺すようなことはせんか」
「は、はぁ!? そ、そんなことするわけないでしょ! 私を何だと思ってるわけ!?」
じっと思い悩むエリスを見つめていた調合師であるロゴスはエリスの事情を知っているが故についにと一瞬考えたが、すぐにその可能性を廃棄した。
だが、ボソッと呟いたその言葉はしっかりとエリスの耳へと届いており、信じられないとロゴスに対し怒りをあらわにした。
失言だったのは確かなので、ロゴスはその大声に文句を言わず耳に手を当てながらもエリスを宥めた。
「わかっとるわかっとる。少し落ちつかんか」
「あ、あんたが変なこと言うからでしょ!」
「あぁ、すまんな。どれ、材料は……ちゃんと揃っとるな。これなら2日くらいでできるだろ」
「全く……でも、2日、ね。わかったわ」
「量はこの素材で作れるだけでいいのか?」
「えぇ、それでお願い」
エリスはロゴスに代金を渡すと早速ユキに伝えようと店の扉に手をかけたところであることを思い出し振り返る。
「あ、そうそう、ちゃんと丹精込めて作りなさいよね。治らないような不出来なものだったら承知しないから」
「あぁ、任せとけ」
「なら、いいのよ」
取りあえずこれで役目は終わりと来た時と同じ道のりを辿り、屋敷の離れへと戻った。
エリスは問題なく薬の調達が出来そうだということ、そして調合には2日程度かかりそうだということを離れの中で待っているユキに伝える為に部屋の中に入り、違和感に気づく。
「ユキ?」
普段ならドアを開けた瞬間にエリスが「ただいま」を言う間もなく「お帰り」の返事が返ってきていた。
ユキをここで匿っていることはこの屋敷の保有者である父親には秘密にしている。そのことはユキも把握しているため、基本的にこの部屋を出ることはなかった。
トイレにでもいっているのだろうか。そう思いつつも、謂れもない不安がエリスの心を満たしていく。
やっとユキの行動が実を結びそうなところまで来たのに。
あと少しで聖樹を助けることが出来るかもしれないのに。
こんな私でも、大切な親友……ユキの力にもう少しでなれるところなのに。
焦る気持ちの中、あちこち探すが離れの中のどこを探してもユキの姿を見つけることはできなかった。
何か必要なものを思い出し、森に戻ったのだろうか。
(もしそうだとしても、ユキならメモを残してくれるはず……)
どこを探してもそんなものは見つからない。
エリスは逸る気持ちを抑え、離れを飛び出した。
ユキの存在はエリスに仕える数人の侍女が知っている。彼女たちなら何か知っているかもしれないと一縷の望みをかけて本館である屋敷へと駆けた。
「あ!」
そして間もなく探していた侍女の姿を見つけた。ちょうど玄関から出てきたところだったのだ。
だが、少し様子がおかしかった。
「どういうこと……?」
侍女たちは私服に着替え、大きな荷物を抱えていた。その表情は一様にして暗い。
エリスはその姿が数年前にこの屋敷で失態をやらかし、父親に追い出された侍女のものと重なった。
「ま、待って! 何があったの!? これはどういうこと!?」
「エリスお嬢様……」
「すみませんお嬢様。私たちではお力になれず……」
「一体何が……」
「エリスティアか……」
「お、父、様……」
事情を聞こうと侍女たちに歩み寄ったエリスの背後から声がして慌てて振り返ったエリスの目に入ってきたのは、ここ数年まともに顔も合わせていなかった父親、ガルトレイン・ディア・トレールだった。
エリスと同じ金髪碧眼。だが、その顔はエリスとは似ても似つかず厳格なものだった。エリスの髪色や目の色は父親譲りだったが、それ以外のほとんどは母親譲りだった。
ガルトレインの眼差しは鋭くエリスを射抜いていた。
「何をしでかしたか、わかっているのか?」
「え?」
子を叱りつけるようでありながら、そこに親の愛情は存在しなかった。犬の躾にも劣る、そこにあるのはただ思い通りにならない道具への失望だけだった。
「お前のその愚かな行為ひとつが、我がトレール家の名を汚すのだ。大人しくしていればよいものを、どうしてお前はそれすら守れない。恥ずかしくないのか? これ以上私たちに迷惑をかけるな。同じ事を繰り返すようなら、今度こそここを出て行ってもらう」
「な、にが……」
事情を理解できていないエリスは一人戸惑うばかりだった。
ただ、父親に何を聞いても望む答えが返ってこないことは今までの人生で痛いほど思い知っている。エリスは答えを求めて2人の侍女へと視線を送る。
その意図を察した侍女の一人、濃い赤色の髪を肩辺りまで垂らした20代後半のカレンはガルトレインの様子を窺いながらも、核心へと迫る一言を口にした。
「ユキ様が……その」
「ユキ!?」
その名を聞いた瞬間、エリスはすぐにこの事態を理解した。
離れのどこにもいないユキ。そして事情を知っていたはずの侍女2人が荷物をまとめて私服で出て行こうとしている。
その場に、この屋敷の主であるエリスの父親、ガルトレインがいるとなれば答えは出ているも同然だった。
見つかったのだ。
一番バレてはいけなかった父親にユキのことが。
そして、それを知っていて秘匿した侍女の2人、カレンとまだ入って日も浅く若かったレヴィアが辞めさせられた。
私のせいだ。
そう、後悔の念に押しつぶされそうになる。この屋敷の中で数少ない味方してくれていた者たちに、申し訳ない気持ちでいっぱいになった。
ただ、エリスにはどうしても確かめなければならないことがあった。
辺りを見回してもその姿を見つけられない。不安はどんどん増していく。
「ユキは!?」
「あのエルフの小娘ならここにはいない」
「ならどこ!? ユキをどうしたの!?」
「それをお前が知る必要はない。少しは兄や姉を見習え。全く……離れで大人しく反省することだ。今回の沙汰は追って下す」
まるで取り合おうとはしない父親に、エリスの怒りは頂点に達した。
「ふざけないで! ユキをどうしたのか言いなさいよ!」
「いい加減にしろ! これ以上我がままを言うのであれば、もうこの家の敷居を跨がせはしないぞ!」
「望むところよ! こんなところ、私から出て行ってやるわ!」
「お嬢様!」
売り言葉に買い言葉で心のまま叫んだエリスはその勢いのまま屋敷を飛び出した。
次回5/15更新予定




