113 エリスの依頼
「もう戻ってたんですね」
「ただいまなの」
レクトルがエリスを再び迎え入れた後、そう間を空ける間もなく戻ってきたセピアとハクナは玄関前にいたレクトルを見つけるとあいさつを交わす。
「あぁ、お帰り。用事は済んだのか?」
「はい、一応は……何かあったんですか?」
何やら玄関の前で話し合っている様子にハクナが疑問を抱き軽く問いかける。随分と呑気なその言葉を聞いて苛立ちを露わにしたのはベルだった。
「とぼけてるの? 西の森にいたのなら状況くらいわかるでしょ」
「え……」
まるで応援に来なかった事を咎めるようベルはハクナを問い詰めるが、ハクナはその言葉よりもベル自身から感じる力の違いに困惑し、目を丸くする。
「ベルフェゴール……その力は……」
「え……?」
思っていた反応と異なる返しに今度はベルが困惑する。
「その力って……わかって言ってるのよね?」
「え……?」
その言葉にハクナとセピアは顔を見合わせ、首を傾げるばかりでまるで状況を理解していなかった。
「わからないの……」
「私もです……」
「……………………」
セピアとハクナの答えに、ベルは考え込む。ハクナだけならまだしも、セピアまでが嘘を言っているとは思えず、その理由を探す。
ハクナ達がいた西の森はオリエンスが襲撃したアルストロメリアの真横に位置している。あれだけの戦闘があって、神子や天使であるハクナ達が気づかないはずがないのだ。
つまりは、必然的に気づけないような状況下に置かれていたということになる。
「まぁいいわ。後でちゃんと主には報告しなさいよ」
「は、はい」
ベルはチラッとエリスに視線を向け、今は邪魔がいるから後でという意思を込めていた。何しろ、ハクナ達が西の森に向かったのは神界に関する気がかりを調べる為だったのだ。
理由もそれに繋がるものである可能性が高かった。部外者の前で話すことではない。
だが、当のエリスは会話とは別の事に関心を引かれていた。
「ま、また増えてる……」
「……?」
エリスは帰ってきたメンバーのうち、セピアを見てポツリと呟いた。先ほどレクトルと共に帰ってきたレアとリアに加え、セピアもエリスにとっては初めて会う相手だったのだ。
自分は仲間にしてくれなかったのに……と一瞬考えるが、すぐにこの立派な館のことに気が付き最初からいたのかと思いなおす。
(そうよね、これだけ仲間がいるなら私なんていらないのは当然よね……)
自分が嫌われていたわけではなく、あの時の間にあっているという言葉は真実だったのかとほっと胸をなでおろす。
ただ、ひとつ気に食わない事があるとすれば……
(見事に女の子ばかり、ね……)
それも見目麗しい者ばかりが揃っている。それだけじゃない。仲間たちの反応を見る限り、明らかに慕われているのだ。エリスは自分でも理由が良く分からなかったが、なんとなくむしゃくしゃしていた。
「こっちも話すことがある。もうすぐ飯だし、手を洗ったら居間に集合してくれ」
「わかりました」
「はいなの」
「私はどうしたらいいの?」
「あぁ、そうだな……」
レクトルは今話を聞く場合と後で聞く場合、どっちが気が楽かを考える。
そして、どんな依頼かわからずモヤモヤするよりも、先に話だけでも聞いていた方がいいかと結論付けた。
後でまた話し合いの場を設けるのが面倒と感じたのもあった。ここで話を済ませれば、当日まではゆっくり自由時間を確保できるからだ。
「話だけでも先に聞いておくか。どうする? もうついでだ。ここで食べていくか?」
「いいの?」
「まぁ、特に断る理由もないからな」
「そう。あなたがそう言うなら、ご相伴に預からせてもらおうかしら」
エリスはレアたちが去ったキッチンの方角を見て、言い争った相手の料理を食べるというのは少し申し訳なく思いつつもレクトルの提案を受け入れた。
「それで? 依頼ってのは何なんだ?」
居間に入り、いつもの席に座ったレクトルは早速とばかりにエリスへと問いかけた。面倒事は早々に処理したかった。
「え?」
「ん?」
エリスはさっきまでは依頼を聞くのすら後日と言っていたのにいきなり積極的になったレクトルに戸惑いつつも、頭の中で言うべきことを整理し、言葉にしていく。
「いえ、そうね。私からの依頼は率直にいえばエルフの森までの護衛よ。できれば、何とかして中に入りたい」
「護衛?」
「そうよ。ちょっと調べたいことがあるの」
「何を調べるんだ?」
「……それはまだ言えない」
「怪しいやつね」
詳しい内容を口にしないエリスをじっと見つめるのはシャオルーだった。
エリスの依頼がエルフの森というのを聞いてからずっと訝しんでいた。人間がエルフの住まう森に立ち入ろうとする事自体が忌避された行為だった。
エルフとは通常、外界との接触を避け、森の中に隠れ住んでいる。この世界のエルフもよくある異世界ものに漏れず長寿で男女問わず見目麗しい者が多い。
それ故に過去誘拐され、奴隷に落とされる事件が後を絶たなかった。また、場合によっては呪術の供物として捧げられることさえあった。
幾度の迫害を受け、エルフたちは外界を遮断した。聖樹の加護の元、森の中へと引き籠ったのだ。
森へ入ることが許されたのは、一部の信用ある者だけだった。それでも、厳しい審査や条件が課せられる。
今回、レクトルには聖樹の治療という目的があり、国王らは特例で許可をとろうとしていた。
そんな場所に、貴族の人間が立ち入ろうとしている。明らかな隠しごとをして。聖樹を愛し、精霊女王を助けたいと願う妖精のシャオルーにとって、それは疑うに十分な理由だった。
「却下よ! 却下! あんたみたいな怪しい奴、精霊の聖地たるイルフェムラ大森林には入れさせない!」
「な、何よ! あんたにそんな権利あるわけ!?」
「はぁ!? そもそもあんたに森に入る権利がないわよ!」
「そ、それは……」
そのことがわかっているのか、エリスはスカートをグッと握り込み唇をかみしめる。
「そんなの……わかってるわよ。それでも……私は……」
レクトルはいまいち事情が呑み込めず、置いてけぼりだった。ちょうど間が空いたこともあり、シャオルーへと問いかける。
「何か問題があるのか?」
「え? う、うん。基本的にエルフの森は聖樹の加護で人間……正確には他種族の出入りを禁じてるのよ。まして、過去多くの迫害を繰り返した貴族の人間を迎え入れるわけがない」
「え……じゃあ、なんで俺は?」
「え? あ、レクトルは特別! だってそれは私たちがお願いしてることだもん! レクトルは聖樹にとっての救世主なんだから!」
「え……? どういうこと? もしかして、王城に突如生えた聖樹のことを言ってるの?」
シャオルーの言葉に事情を知らないエリスは聖樹と言われ、まず思いついたことを口にした。それを聞いたシャオルーはどこか自慢げに答える。
「確かにあの聖樹はレクむぐっ」
「あれはアシュリア王女の力だ」
「え……それって【聖罰の瞳】を持つ第三王女殿下よね?」
レクトルは慌ててシャオルーの口を塞ぐと、一応の許可のようなものは貰っているので早速とばかりに聖樹に関してはアシュリアへと丸投げる。
「ぷはっ! もうなんでレクトルはそうなの!? 魔王のことだってむぐっ」
「え、魔王?」
「あ、あぁ、勇者の仲間が倒してくれたみたいだな」
「勇者の……? でもあれは……」
またもやとんでもないことを口にしようとした妖精の口を再度塞ぐレクトル。エリスは街中を避難誘導のために走り回っていたため、そのあたりの情報を持ってはいなかった。
だが、魔王の末路については自身の目でしっかりと目撃していた。エリスの記憶と異なる情報に視線を移すと、不敵な笑みを浮かべるベルと目があった。
その目は言外に黙っていろという意思が感じられ、エリスは慌てて口を噤む。
「そ、そうなのね。知らなかったわ。彼女たちには頭が上がらないわね」
「……そうだな」
レクトルはそんなエリスの様子を不審に思いながらも、ここで突っ込まれても面倒なので肯定していた。
「もういいでしょ! まったく、レクトルは欲がないね! もっと自分を誇るべきなのに!」
レクトルの手を払いのけ、シャオルーはぷんぷんと頬を膨らませる。だが、当のレクトルはそれに対し煩わしそうに答える。
「俺は静かに暮らしたいんだよ」
「わかったけど、聖樹の事はちゃんと助けてよね」
「はぁ、わかってるよ」
「ならよし」
これ以上言うとレクトルが助けてくれなくなるかもと思い、シャオルーは一番重要な聖樹さえ助けてくれるならそれでいいと身を引いた。
「聖樹を……助ける?」
そのやり取りを聞いていたエリスはシャオルーが言った言葉を復唱する。
「あ、いや……それは」
「どういうこと? やっぱり、聖樹は弱ってるの!?」
「え?」
レクトルはてっきり助ける方法について聞かれると思っていた。だが、エリスが問いかけたのはもっと根本的な部分、聖樹が弱体化しているという事実についてだった。
(そういえば、国王も知らなかったんだったな。エルフの秘匿はそれほどのものなのか)
レクトルはそもそも情報がどこまでが当たり前で、どれが秘密にすべき内容なのかまるでわかっていなかった。
あまり下手なことも言えないな、などとどこか人事に思っている内にもエリスの焦りは加速していく。
「どうなの!? 教えなさいよ!」
「お、落ちつけ。一体どうしたんだ?」
「……っ! ご、ごめんさない……」
「いや、別にいいんだが……」
立ちあがってレクトルに迫っていたエリスは我を忘れて立ちあがっていたことに今更になって気づき、謝罪と共に再度椅子に座る。
その顔は暗く、うつむいていた。
「調べたいことっていうのは聖樹のことだったのか?」
「え? そうね……ちなみに、聖樹が弱まっている原因をあんたは知っているの?」
「原因? 魔力枯渇とか、そういう話じゃないのか?」
エリスはレクトルの答えを聞いて、「ふふっ」と鼻で笑う。そこには呆れが含まれていた。
「聖樹が魔力枯渇? そんな訳ないでしょ。むしろその逆、聖樹の役割は魔力を生み出すことなんだから」
「でも、それにも多少なりと魔力は必要なんだろう?」
「そうね。でも、消費する魔力が生み出した魔力を上回ることなんてないのよ。当たり前よね。そんなことになったら唯の樹となんら変わらないじゃない。むしろ魔力を喰らう分積極的に刈り取られるわよ」
「まぁ、そうだな。でも、だったら……」
レクトルの先を促す言葉に、エリスは居間に集まっているレクトルの仲間に目を配る。その瞳は見定めるような真剣な表情だった。
「ねぇ、あなたの仲間は信用できるの?」
「え? あ、あぁ、まぁ、俺にとっては信頼できる仲間だと思ってるが……」
「師匠……」
「ま、当然よね」
「そうよね。あんた、どう見ても慕われてるもの」
そこに手を洗い終えたハクナとセピアが居間へとやってきて席に着く。
「お客さんですか?」
「作ろうとしてるコレギアに依頼があるらしい」
「あぁ、あの。早いですね」
「まぁ、な」
人がさらに増えたことでこの先を話すかどうかエリスは迷いを見せるが、意を決して前を向く。
「ここから先は内密でお願いできる?」
「まぁ、当然だな。」
「あくまで推測に基づくものだから、真実とは思わないでよね」
「あ、あぁ」
「…………………………」
やけにもったいぶるエリスにレクトルがしびれを切らそうとしたところで、エリスは徐に口を開いた。
「聖樹の不調には……何者かが手を出している可能性があるの」
「それは――」
「ちょっとどういうことよ! 誰かが聖樹を枯れさせようとしてるってこと!? なんでそんなこと! 聖樹が枯れて喜ぶ奴なんて!」
「知らないわよ! でも、ユキはっ……多分、それで……!」
「ユキ?」
「あっ……」
聖樹に手を出す愚か者にシャオルーが怒り叫ぶが、反論するエリスの目には涙が浮かんでいた。
ポロっと零れた知らない名前をレクトルが呟くと、その名を言ったのは無意識だったらしくエリスは呆然と立ちすくむ。
「ユキって人が言っていたのか? もしかして、その人も一緒に調査に連れて行ってほしいとか?」
「ユキと一緒に? それができたらどれだけいいか……でも、無理よ」
「どうしてだ?」
「だって、ユキは……ユキは……もう、この世にはいないもの……」
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