110.5 幕間:ベルの軌跡2
ここにきて章タイトルをさらに変更。
ルシファーが最後の仲間となるレヴィアタンを紹介する。それを受け、レヴィアタンは少し前に出るとペコリとお辞儀した。
薄紫の髪の、お人形のような少女だった。
「【嫉妬】のレヴィアタンよ。仲良くしてくれると嬉しいわ」
「なんだ、また子供かよ?」
「あら、よかったわねベルフェゴール。お仲間よ」
「だから私は子供じゃないって言ってるでしょ!」
強き者を求めるサタンは見た目子供のベルフェゴール、姿が定まらず金にしか興味がないマモン、そしてまた子供のレヴィアタンと弱き者が続いた事に落胆する。
最初に出会ったルシファーが自分の手が届かないほどの強き者だったが為に、他の仲間たちにも期待していたのだ。
だが、実際に出会った者たちは戦闘が苦手で頭脳明晰なベルゼブブに、戦いに興味がなく男漁りばかりのアスモデウスと裏切られてばかりだった。
最後こそはと期待していたのにルシファーが連れてきたのはベルフェゴールよりも幼い少女だったのだ。性格も出会ったばかりではあるが、突っかかってくるベルフェゴールより明らかに奥手で大人しそうなところもそれに拍車をかけた。
いつもの鬱陶しいベルフェゴールとアスモデウスの言い合いすら気にならない。
だが、その落胆を目にしたルシファーが思いがけない一言を口にする。
「あぁ、そうだサタン」
「なんだよ」
「彼女はお前が待ちかねた強者だぞ」
「何だって!?」
その一言にサタンはレヴィアタンの姿をじっくりと観察する。だが、その視線にモジモジとするその姿には強者の気配はまるで感じられなかった。
「冗談言ってるならあんたと言えど許さねぇぞ」
「なんなら模擬戦でもするといい。あぁ、もちろん殺し合いはなしだ。いいな」
「そいつがほんとに強者ならな」
「レヴィアタンもだ」
「不本意なのだけど、それが仲良くなる為に必要なのなら仕方ないのね」
一向は戦える広場に向かって歩き出す。
「そう言えばマモンとベルゼブブはどうしたの?」
「ベルゼブブは石板の間だ。マモンも一緒だろう」
「そう。ほんとにもの好きね。何が楽しいんだか」
ただの文字の羅列。あの石板がルシファーが目指すものに必要不可欠なものとはいえ、もう何年もあれと向かい合っているという話を聞いてアスモデウスは呆れていた。
しばらくして石板の間とは異なる開けた間に出る。まだ拠点として活用していない、洞窟の奥にそれはあった。
「ここなら多少被害が出ても問題ないだろう」
「逃げるなら今の内だぜ」
「心配いらないのよ」
レヴィアタンの視線が鋭く光る。ここは天井の一部が開けていた。そこから吹き抜ける風がレヴィアタンの薄い紫色の髪とドレスをなびかせる。
「へぇ」
どこか雰囲気が変わったレヴィアタンに、サタンの期待が高まっていた。先ほどの落胆はなりを潜め、拳をぶつけ打ち鳴らす。
「私が審判をしてあげる」
アスモデウスが両者の間に立つ。ベルは完全に観戦モードだった。近場の壁に背中を預け、座り込む。
「準備はいい?」
「全力で来るといいのよ」
「あぁ、そっちもな」
アスモデウスがゆっくりと手を上げ、両者に目を向ける。準備が整っている事を確認すると、それを振り下ろした。
「おっしゃああ!」
ドッと大気が震える踏み込みと共にサタンが超速度でレヴィアタンへと迫った。その拳は赤黒く燃え上がっている。
「我求めるは冥界に蠢く怨嗟の束縛。妨げよ【霊怨糸】」
「魔術か!」
いきなり飛びかかってきたサタンに突如レヴィアタンとサタンの間を埋め尽くすかのように現れた紫色のネットが張り巡らされる。
雄たけびを上げながら形を変えるそれは蜘蛛の巣以上の密度で、何層にもわたり展開され突きだした拳ごとサタンを絡め、捉えていく。
「クソっ」
「我が願うは害敵退ける氷の一撃、冷たき魔の手よ、熱奪いて炸裂せよ【氷爆旋】」
「ちぃっ!」
逃れようとするサタンを氷の爆撃が襲う。そこに込められた魔力を感じてサタンは自らの身を燃やし、【憤怒】の力で能力値を底上げすることで強引に離脱した。
だが、それを最初から見込んでいたのか、そこを狙い澄ましていたかの如く追撃が放たれる。
「【迅雷穿】」
「があぁ!」
レヴィアタンから放たれた稲妻がサタンを貫き、バチィっと迸る電撃が辺りを照らす。直撃を受けたサタンはその勢いのまま地面を転がるが、すぐさま体勢を立て直す。
「クソっ!」
だが、レヴィアタンの猛攻は止まらない。
それどころか、徐々に苛烈さを増していた。
「我祈るは慟哭の具現。悲しみの象徴たる水の意思よ。冷たき心の不届き者に懺悔許さぬ因果の波を。知らしめよ【水竜哭】」
「くっ、一体何属性あんだよ……!」
この空間を覆い尽くさんばかりの荒れ狂う氷の刃が入り混じった水のドームがレヴィアタンを包み込む。その手は新たな魔術発動の為に光り輝いていた。
「な、めるなぁー!」
サタンはそれを見た瞬間、再び踏み込みありったけの気を前方に撃ち放った。その一撃は見事に【水竜哭】に風穴を穿ち、【霊怨糸】すらも吹き飛ばしてサタンに道を作った。
「あ?」
だが、その先には誰もいなかった。
「【緋葬覇】」
「なっ!?」
突如サタンの背後に現れたレヴィアタンがS級の火属性魔術を発動する。シュボッと一瞬でサタンを灼熱の空間に閉じ込めると、トドメとばかりに左手を複雑怪奇な魔法陣が覆う。
だが、サタンもただやられてはいなかった。レヴィアタンが魔術系の戦法を主体とするなら、それに合わせて自身を改変するだけだった。
魔術防御力を示す護力に特化して【憤怒】による能力値強化を施す。その強化は、一方的な現状に怒りも合わさって元の数倍に膨れ上がっていた。
「きゃ!」
見事レヴィアタンの猛攻に耐え抜いたサタンはレヴィアタンのか細い腕を掴むと、ニヤリと口元を歪ませた。
「俺の勝ちだ!」
サタンは再度自身の右手に気を収束させると、それをレヴィアタン目掛けて撃ち抜いた。その直撃を受けたレヴィアタンは威力に耐えきれずドパンと爆発、霧散した。
「あ?」
その光景に、サタンはすぐさま理解が追い付かず、わずかにだが思考が停止した。
ルシファーの言いつけを破り、殺してしまった? と一瞬頭をよぎるが、すぐさまそうでないことに気付く。
飛び散った水滴が冷気となってサタンの腕を凍りつかせる。
そして、
「【冥嘆河】」
空間全体を包み込むような巨大な氷の花が咲き誇る。正確には花ではない。サタンの足元より放出された大量の水が勢いのまま溢れ、瞬時に凍りついたのだ。
幾重に重なり重力に従って落ちた瞬間を切り抜いた光景は氷でできた花のようだった。その花弁の中央に囚われているのは顔以外の全身を拘束されたサタンだった。
その前にフワリとレヴィアタンが舞いおりる。そしてスッとサタンの眼前にあるものが突きつけられた。それは小さな身体にはそぐわない、巨大な斧だった。
それもただの斧ではない。S級地属性魔術によって生み出された天剣のひとつ、【剛天剣】だった。
「これで終わりだって言いてぇのか!?」
無言で突きつけるレヴィアタンに、サタンが怒り逃れようとする。だが、僅かにヒビが入ってもすぐに修復されるのかなかなか砕く事ができない。
それだけではない。
自身の力を強化する為に【憤怒】を発動しても、その効果が正常に発揮されないのだ。
「何、しやがった……?」
「……これが、私の力なのよ。相手の場を、力を乱す【嫉妬】の力」
その言葉を受け、サタンはあれこれと試すがどれもまともな効果を発揮しない。次第に全身を覆う冷気に力も入らなくなっていく。
「だークソっ! やめだやめ! 俺の負けだ!」
その瞬間、周囲を覆い尽くしていた氷の花が砕け散った。
ドサッと尻もちをつく形で落下し、そのまま両手を上げて寝転がるサタンに対し、レヴィアタンはスタッと華麗に着地する。
「どうだ? これで分かっただろう」
「あぁ、こりゃ強者だな。敬意を払うぜ、レヴィアタン」
「どうもありがとう。あなたもなかなかだと思うのだけど」
「はっ、世辞はいらねぇよ。手も足もでなかったじゃねぇか」
あれだけ意気込んでいたのに、蓋を開けてみれば満身創痍のサタンに対し、レヴィアタンは全くの無傷だった。力の差は一目了然だ。
「ったく、だいたい、いくつ魔術適正もってんだ?」
「一つだけなのよ」
「あ? そんなはずねぇだろ」
明らかに複数の属性の魔術を使用していたレヴィアタンの言葉に、サタンは訝しむ。今まさに目の前で披露したばかりなのに、嘘をつく理由がわからなかったからだ。
嘘をつくつもりだったのなら、最初から使わなければいい。それを使わなければ勝てない、というわけでもなかったのだから。
「あぁ、それは彼女が受けた罰則の一つだ。サタン、お前にもあるだろう。彼女のそれは主にスキルに働くのだ」
「スキルに?」
「不定期でスキルがランダムに入れ替わるのよ。最初は戸惑ったのだけれど、慣れたらいろんな力を使えて面白いのよ?」
「そいつぁ……」
確かに、いろんなスキルを使えるというのは便利に思える。だが、ひとつの判断ミスが死を招く可能性がある戦闘中においては、それは致命傷になりかねないものだった。
レヴィアタンが持つ魔術適正がひとつだけ、ということであれば、数分に及ぶ先の戦闘では少なくとも闇、水、雷、水、時空、火、無、水……と8回は変動していた事になる。
発動回数が多い水属性が本来レヴィアタンが持つ魔術適正なのかもしれないとサタンは思いつつも、そうコロコロ変わられたら戦略も何もなくなってしまう。
そして、それ故に、レヴィアタンは魔術特化の戦法をとるしかなかったのだった。
スキルのシャッフルにはある程度の法則がある。固有スキルは変動に含まれない。全体のスキルの数は本来と同等、練度やランクも同じとなる。本来所有しているスキルは再出現しやすい。スキルを使用すれば変動の周期が早くなる。
また、魔術や武術などの適性や、ある程度の枠組みに組み込まれるものは必ず同じ数だけ存在した。魔術適性、武術適性、身体強化系統、能力補助系統、特殊能力系統……とそれでも各枠組みの中には膨大なスキルの種類が存在する。
武術適性と魔術適正の数では圧倒的に武術適性の方が種類が多い。それに加え、魔力さえあれば使える魔術とは異なり、武術はその適性に見合った武器が必要になる。
適性以外のスキルなど千差万別だ。あてになどできない。
となれば、自身が置かれた過酷な状況を生き抜くには、必然的に魔術を極めるしかレヴィアタンには道がなかった。今回は後半で【省略詠唱】が現れたことで優位となったが、元から持っているスキルとはいえ、それも毎回引けるわけではない。
レヴィアタンはありとあらゆる魔術の知識、そして咄嗟の判断力に磨きをかけた。戦闘中は常に自身の能力確認を怠らない。
「はは、そりゃ、生半可なレベルじゃ敵わねぇわけだ」
サタンが受ける【憤怒】の罰則は感情の暴走だ。抑制が働かず、思いがままの気持ちを周囲にぶつけてしまう。怒りやすく、冷めやすい。
他者との交流の際には不利に働くことはあってもそれだけだ。言ってしまえば、自分に嘘をつかず、正直に人生を生きることを強制される。
いままでその罰則に対し、不満に思うことはなかった。故に、同じ大罪スキルであるレヴィアタンが持つ【嫉妬】の罰則は重いように感じていた。
生まれながらに与えられる恩恵と罰則。両者は釣り合っていなければならない。いや、恩恵の方が大きくなければそれは枷でしかない。
「あ、治すのよ」
「あ?」
その瞬間、サタンの身を温かな光が満ち、傷を癒す。レヴィアタンは自身のスキル構成が変わった事を確認してサタンに魔術をかける。
「なっ!? 聖属性魔術だ!?」
「驚いた。そんなものまで使えるのね」
通常、悪魔である彼らには聖属性魔術の適性が現れることは本来あり得なかった。それは種族が持つ特性であり、この世界の真理だった。
審判といっても何もすることがなかったアスモデウスもサタンと同じように驚きを示した。
「だから言ったのね。この力も悪くないのよ」
「あぁ、そうかい。ありがとよ」
サタンは自分の考えを読まれていたのかと、どこかバツの悪そうにそっぽを向きながらも礼を述べた。
その言葉に、レヴィアタンは一瞬あっけにとられつつも、「どういたしましてなのね」と笑みを浮かべた。
「それで? これからどうするの?」
ひと段落したのを見て、ベルがルシファーに問いかける。レヴィアタンが加わった事で、大罪に選ばれた7人が揃ったからだ。人集めはこれで終わりのはずだった。
「あぁ、そうだな。計画は次の段階に移行する。詳しい話は明日話す。全員揃ってな」
「ふぅん」
ベルがルシファーにここに連れてこられてから約半年。あの時感じた少しの期待は今度こそ身を結ぶのかと、興味なく視線を仲間へと向けた。
その次の日、ルシファーは仲間を石板の間に集めた。
「あなた……また姿を変えたの?」
「ははは、どうだ? 見目麗しい姿は間抜けな男どもから容易く金が集まるからな。まぁ、長くいると心がそっちに引っ張られるからすぐに乗り換えるんだが」
集まった仲間の中に見覚えのない姿の者を目にし、今この場にいないメンバーからベルはすぐにそれが誰かを察した。
「うふふ、かわいいでしょ?」
可愛らしい少女の姿でありながら立ち居振る舞いは男のそれであったマモンは、突如可愛らしい衣装に身を包む今の姿を見せびらかすようにくるっと回り笑みを浮かべる。姿を幾度と乗り換えてきたマモンの演技力はかなりのもので、その仕草も堂に入っていた。
「中身があなたでなければね」
「はは、そういうなよ」
思わず魅入ってしまったベルは最後の抵抗とばかりに悪態をつく。マモンはすぐさま元の雰囲気に戻っていた。
「綺麗な場所なのね」
初めてこの場を訪れたレヴィアタンは、殺風景な洞窟の中に自然溢れる場所があることに驚いていた。
「さて、せっかく集まってもらったのだが、特段何かをやってもらうことがあるわけではない」
「どういうこと?」
「人集めから物集めに変わるだけだ。それは俺が動く。それまでは今まで通りでかまわん」
「なにそれ……」
今まで通り。それはつまり、何も変わらない、つまらない日常がなおも続くということだった。
ベルの呟きには失望が混じっていた。
「ベルゼの調査は進んだのか?」
「もうちょっとかかるかな。あと少しのところまでは来ているんだけど、そこの解釈がなかなか難しいんだ」
「ふーん。まぁ、俺には難しいことはわかんねぇからな。レヴィアっつう新しい目標もできた事だし、俺はこれまで通り好きにやらせてもらうぜ」
「そ、それって私のこと……? こ、光栄なのね……」
「あぁ、それでいい」
サタンの言葉に、レヴィアタンが戸惑いの言葉を返す。だが、それはある意味認められたということでもあった為に、笑ってその挑戦を受け入れた。ルシファーも了承する。
「では私も。そろそろ大口の契約がまとまりそうなのでね」
「あぁ、かまわんが、しくじって死ぬなよ」
「あはは! 一体誰に向かって言っているのか。この私が失態などさらすわけがない! では、失礼する」
少女マモンは礼儀正しく礼をした後、地面に溶け込むように消えていった。
「随分と自由なのね」
「拘束するつもりはない。我々は悪魔なのだからな。お前も好きにするといい」
「そうね。でも、誰かと共に何かをするというのは新鮮なのよ」
「じゃあ、僕は解読の続きに入るね」
「私もいい?」
「うん。何か気付いた事があれば言ってくれたら助かるよ」
レヴィアタンはベルゼブブの後を追って石板に近づいていく。
「はぁ、私も気晴らしにでも行こうかしら」
「珍しいな」
「別にいいでしょ。暇なのよ」
「だったら私と来ない? 良い時間のつぶし方、教えてあげるわよ?」
「けっこうよ」
「あら、つまらないわね」
アスモデウスの誘いを突っぱね、ベルは羽を広げて石板の間から飛び出した。
もしその誘いを受けようものなら、連れて行かれる先も、そこで受ける扱いも容易に想像できたからだ。出会った時からずっと、アスモデウスはベルの子供体型をからかっていた。
特段、自身の体型に不満などなかったベルだったが、度重なるアスモデウスの嫌がらせに嫌気がさしていた。
そんな時だった。
時折寝床にしている山の上にある小さな草原。気持ちいい風が吹き抜け、鳥がさえずる昼寝するのに最適なベルのお気に入りの場所。
いつものようにそこに寝転がろうとしたベルだったが、今日は先客がいた。長い金髪をなびかせ、優雅に佇む1人の男だ。
「魔王……」
「誰だ、貴様は?」
それが、東の魔王オリエンスと怠惰の悪魔ベルフェゴールの初めての邂逅だった。
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