110.5 幕間:ベルの軌跡1
投稿設定ミスってました。
まぁ、まだ3/2だからノープロブレムですよね
「ぐっ」
ベルの攻撃をからくも回避したオリエンスは手に瘴気を纏わせ、ベルを睨みつける。
「なんなのだ貴様は! 何故我の邪魔をする!」
「私を殺そうとしておいてよく言うわね。また狙われたらたまったもんじゃないのよ。ここで完全に消えなさい。もう【強欲】の力を使う暇すら与えないわ」
「こしゃくな!」
オリエンスがレクトルの禁呪から逃れることができたのは大罪の悪魔マモンから奪い取った望みを呼寄せる力【強欲】の力によるものだった。
金の亡者であるマモンは大罪の悪魔の中でも力が弱く、幾度と倒されることが多かった。だが、マモンは自身が持つ固有スキル【強欲】の力で自身が望む肉体へと魂を移し、生きながらえることができた。
その都度自身が望む力を持つ者に乗り移り、欲望の限りを尽くす。時には自ら命を絶ち、新たな人生を始めることもあった。
己が願いを叶える為に。幾度と繰り返される身体の移り変わり。
故に、七つの大罪の悪魔の中でも、最初のマモンの姿を覚えているものはほぼ存在しなかった。そもそも、出会った時の姿がマモンの本来の姿かどうかもわからないのだ。
だが、その行為を何度も目にしていたベルにとって、オリエンスが同じ事をするだろうことは容易く予想できていた。
それ故にレクトルと別れ、その魂を追いかけたのだ。
手に集めた瘴気でベルを攻撃するオリエンスだが、その力は魔幻獣どころか、魔王だった頃にも遠く及ばない。
ベルは軽くそれをあしらうと、【堕落鎌】に魔力を込める。
「クソが……! こんな、こんなところで我が……!」
「死ぬのが嫌だったなら、私たちに手を出さずひっそりと隠れていればよかったのよ。自分の決断を後悔して死になさい」
「クソが……! あと少しの所で……! 覚えていろよ! ベルフェゴール……!」
「いやよ。なんで私が。さようなら。2度と会う事はないでしょうね」
「がぁああああああああああああ!」
ヒュヒュっと目視すら叶わぬ速度で振るわれた大鎌による奥義【死縫】によって微塵に切断されるハインことオリエンスは断末魔を上げてこの世を去った。
【大罪の責務】のスキルを持つベルが【粛清】として命を奪った場合、大罪スキル【強欲】によって新たな身体に移ることはできなかった。
「これで、やっと静かになるわね」
残った肉片を火魔術で焼き払い、一息つくベル。すると、その焼き跡から6つの光が浮かび上がった。
『よくぞ我らが無念を晴らしてくれた。やるではないか、ベルフェゴール』
「あなた……ルシファーね」
それはオリエンスに敗れ、取り込まれた七つの大罪の魂たちだった。ふわふわとベルの周囲を観察するように漂う。
『あら、あの不自然なほど立派なお胸はどうしたの? あれほど自慢してきていたのに』
「うるさいわね。消し飛ばすわよ」
『あら怖い。そんなことより、恋愛事に無関心だったあなたの心を射止めた彼の事を教えなさいよ』
「はぁ!?」
どこか妖艶な言葉で語りかけるのは【色欲】の悪魔アスモデウスだった。ベルの中に芽生えつつある僅かな感情を目ざとく見つけ、コイバナに花を咲かせようと詰め寄ってくる。
それに答える気がないベルはそのアスモデウスの魂を切り裂こうと【堕落鎌】
を振りまわすが、アスモデウスはそれをまるでからかうようにヒラリ、ヒラリとまた躱す。
『ふふふ、無駄よ、無駄。あなたの胸に対する努力並みに無駄ね』
「このっ!」
『下らん事をするな。そんなことの為にこの時があるのではないだろう』
『まったくだな。時は金なりという諺もあるそうだ。金を無駄にするのはもったいないぞ』
『むしろ、今は金よりも時の方が大事だと思うのだけど』
咎めるルシファーにマモンとレヴィアタンが追従する。
『ほんとだよ。最初は僕に譲ってくれるって話だったじゃないか』
『はん、いっちょ前に責任なんか感じなくてもいいんだぜ。悪いのもムカつくのも全部あの魔王なんだからな!』
『そうはいかないよ。僕の失態が全ての始まりなんだ』
幼い少年の声を慰めるように熱い声が響く。最初にオリエンスの標的にされたベルゼブブをかばうのはサタンだった。
「珍しいじゃない。あなたが誰かに気を遣うなんて」
『はん。いってろ。俺だってムカついてんだ。ルシファーの野郎は俺が吹っ飛ばす予定だったんだ。それがあんな奴にやられやがって。……まぁ俺もやられたんだから文句も言えねぇんだが、生き残ったのがよりにもよってお前かよ……』
「知らないわよ。私が眠っている間に終わってた事でしょ」
『はん、どうだか。元はと言えば、お前があいつと誓約したことが全ての始まりだったんだからな。ベルゼのせいじゃねぇ』
「それは……」
ベルは自分の過去に思いをはせる。そもそも何故こんな事態になったのか、記憶をたどる。
ベルも最初はどこにでもいる普通の悪魔だった。ただ退屈な日々をだらだらと目的もなく過ごす、それは悪魔にとってありふれた光景だった。
ひとつ違いがあるとすれば、それは生まれ持って習得していた固有スキルだった。だが、ベルはそのスキルを使って何かをすることもなく、そのスキルの名に恥じぬ自堕落な生活を送っていた。
そんなベルの元を訪れたのは、神界より身を落とした堕天の悪魔、ルシファーだった。
「このつまらぬ世界を変えたくはないか? 我が野望を叶える為の一役をお前に与えよう」
「世界を……変える?」
死んだような目で日々を過ごしていたベルフェゴールにとって、その出会いはひとつの大きな分岐点となった。
特にやりたい事があったわけではない。ルシファーに対して、力になりたいと思うこともなかった。
ただ、こんな退屈な日々が終わりを告げるなら、その先には一体何があるのだろうと、少し興味が湧いただけだった。
「いいわ。でも、私は何もしないわよ」
「かまわん。我が野望に貴様が選ばれた理由もいずれわかるだろう」
「そう」
ルシファーに連れられて向かった先は、薄暗い洞窟のような場所だった。その中に生活に必要な家具などが運び込まれていた。そこには既にベルより前に勧誘された者たちが何人かいた。
「あら、新人?」
「あぁ、これで残すは後2人だな」
ベルとは異なり、見るからに大人の色気を振りまくストロベリーブロンドの女性が話しかける。髪は長く、扇情的なドレスを身にまとっている美しい女性だ。
「可愛らしいわね。名前は?」
「ベルフェゴールよ」
「私はアスモデウス。【色欲】を担っているの」
「……? それってスキルの事よね?」
「ええ」
「……そういう事。なら私は【怠惰】ね」
「へぇ」
それを聞いたアスモデウスはチラッとベルの身体に視線を走らせる。
「だからあなた、そんな貧相な身体なのね」
「はぁ!? どういう意味よ!?」
「そのままの意味じゃない。頭までお子様なの?」
「このっ!」
アスモデウスに突っかかるベルをルシファーが止める。
「何するのよ!」
「くだらんことをする為にここに連れてきたわけではない。アスモデウス、お前もほどほどにしろ」
「はぁい。あ、男が欲しかったら私に言いなさいね。紹介してあげるわ。あなたを気にいる者も1人くらいはいるでしょ」
「余計なお世話よ!」
手をヒラヒラと振りながら立ち去るアスモデウスをベルはその姿が見えなくなるまで睨みつけていた。
「なんなのよ、もう!」
「いくぞ」
「いくってどこによ」
「すぐにわかる」
それだけ言うとルシファーはベルを置いて先に進んでいく。この場に留まっても意味がない為、仕方なくベルはその後を追いかけた。
「ここだ」
「ここは……」
そこは洞窟の中にありながらも天井から降り注ぐ木漏れ日に照らされて明るく開けていた。
陽の光を浴びているからか、周囲には草花が生い茂っていた。山から流れてきた浄化された水がちょろちょろと流れる自然豊かな光景がそこには広がっていた。
そしてその中央、丘になった部分に佇んでいたのは黒い大きな石板だった。
「やぁ、新入りかい?」
「あぁ。少しいいか」
「構わないよ」
すると石板の前に座り込んで何かを本に書き込んでいた少年が立ち上がり、ベルとルシファーの前までやってくる。
「始めまして。僕はベルゼブブ。【暴食】を担っているよ」
「【怠惰】、ベルフェゴールよ」
「ははっ。ま、しばらくは共に生活するんだ。よろしく頼むよ」
「えぇ」
軽く握手を交わすと、ルシファーはベルゼブブへと問いかけた。
「それで、何か進展はあったか?」
「いや。流石にまだ時間がかかりそうだよ。まぁ、急いでいるわけじゃないんでしょ? 気長にやるよ」
「そうか」
それだけ確認したルシファーは踵を返すと、「後は頼んだ」と一言残しこの場を後にした。
「あいかわらずだね」
「ここで何をしているの?」
「あら、やっぱり何も聞いてない感じ?」
「そうね。このつまらない世界を変えるって言ってたわ」
「あぁ、そうか。なら、そこからだね」
そう言うと、ベルゼブブは石板の前へと歩いていく。水が流れる小さな橋を渡り、丘を登る。ベルもその後に続く。
そして辿りついた石板の根元。何かの文字が書かれたその石板にベルゼブブが軽く触れると説明を始める。
「これは未来への可能性なんだ」
「未来への可能性? 曖昧ね。なんなのよ、それは」
「そこまではわかっていない。それを解明するのが僕に与えられた役割なんだ」
「私は何もしないわよ」
与えられた役割という言葉にベルが即座に反応する。こき使われる為にここに来たわけじゃない。
「あはは。そう言えば、君は“怠惰”だったね。大丈夫だよ。まぁ、これは僕が好きでやっているようなものなんだ。君がここに呼ばれたのは、あくまで起動の条件に必要だからだ。その時にいてさえくれれば、後は自由にしていいと思うよ」
「そう」
「うん。七つの大罪。このスキルの力に選ばれた者をルシファーさんは集めているんだ。あの人は大きな目的を持って動いている。その力もある。同じ大罪の力に選ばれた僕なんかとは違う。尊敬するよ。僕なんかがあの人の力になれるなら、それを実現したい」
「損な性格ね」
「あはは、君からしたらそう思えるのかな」
石板の前に座り込むベルゼブブはまるで苦痛なんて感じていないように笑う。それを見て、ベルは少し羨ましいと思っていた。
損な性格といいつつも、ベルゼブブは自分のやりたい事を見つけたのだ。日々退屈な時間を過ごしていたベルとは異なり、やりたい事に取り組むベルゼブブの日常はきっと充実しているのだろう。
ここにいれば自分も何か変わるのだろうか。
そんなことを考えながら、ベルは草花生い茂る丘に寝転んだ。
「これから何をするの?」
「そうだね、まずはこの石板の解明と残りのメンバー集めかな」
「そういえば、後2人足りていないのよね」
「うん。今いるのは【傲慢】のルシファーさん、【色欲】のアスモデウスさん、【憤怒】のサタンさん、そして【暴食】の僕と、今日新しく入った【怠惰】の君とで5人となるわけだ。後は【強欲】と【嫉妬】の2人になるね」
「そう」
特に興味があったわけでもないので、聞きながらも返ってきた答えにはそっけなく返すベル。その時、隣りで話していたベルゼブブのお腹がグゥと音をたてた。
「なんかいっぱい話していたらお腹減ってきちゃった。君も来るかい?」
「いいわ。もうちょっとここでゆっくりしてる」
「そう? まぁ、確かにここは温かいし気持ちいいから昼寝するにはちょうどいいかもしれないね。でも、夜は冷えるからほどほどにすることをお勧めするよ」
「ええ」
そう忠告したベルゼブブはそのまま立ち上がり、お尻に付いた草花を払うと石板の間を後にした。
その姿を見送る事もなくベルは瞳を閉じ、まどろみの中にその身を委ねる。
どれくらい寝ていたのだろうか。
しばらくして、ベルは身体をブルッと振るわせ目を覚ました。外は月明かりに照らされており、もう日が沈み夜になっていた。
「おう、目ー覚ましたか。死んでるのかと思ったぜ」
「あなたは……」
そんなベルに話しかける者がいた。怒髪天の如く毛を逆立てた深紅の髪の男は汗をぬぐいながらベルへと近づく。その髪色は紫に近い濃い赤のベルに対し、燃え上がるような鮮やかな赤色だった。
「俺はサタン。【憤怒】のサタンだ。嬢ちゃんは?」
「子供扱いしないで。私は【怠惰】のベルフェゴールよ」
「ほう……。強いのか?」
「え? 弱いわよ」
「なんだ、つまんねぇ」
心底がっかりしたような顔でサタンはそのまま元いた位置に戻り、シャドウボクシングを始める。
「……何してるの?」
「あぁん? そんなの筋トレにきまってるだろ」
「筋トレ……」
「ルシファーの野郎を仕留めるには今の俺じゃあ足りねぇからな」
「そう……」
シュッシュとパンチや蹴りを繰り返すサタンをしばらく見つめた後、こんなところではゆっくりできないとベルはその場を後にした。
ベルゼブブから忠告があったようにこの場所は夜は肌寒く、サタンという邪魔も入ったからだ。ベルが立ち去ろうとしても、サタンは何も言ってこなかった。もはや眼中になしといった感じだ。
洞窟の中にはしっかりと個室が用意されていた。とはいっても簡素なものだ。悪魔は普段、普通の人間と異なり、そう言ったことには無頓着な者が多かった。
部屋には簡素なベッドがあるだけだ。
「こんなのじゃ、ゆっくり眠れないじゃない……」
ベルは悪魔の中では珍しく、寝具にはこだわりを持っていた。だが、それも当然なのかもしれない。ベルは1日のその大半を寝て過ごしていたのだから。
「はぁ、期待するだけ無駄ね」
悪魔とはそういうものだと認識していたベルは特に驚く事もなくベッドに横になる。食事も大したことはなく普通のもの。
今までと何ら変わり映えのない生活だった。ただ、住む場所が変わり、同居人が増えただけ。
(これで一体何が変わるのよ)
抱いた希望は特にそれ以上芽吹くことなく、大罪の一員として迎えられた日は終わりを告げた。
そして同じような日を繰り返し過ごしてから2ヶ月後に6人目となる【強欲】のマモンが、そのさらに4ヶ月後に最後の1人となる【嫉妬】のレヴィアタンがメンバーに加わった。
ついに、石板の鍵となる7つの大罪全員が揃ったのだった。
次回3/9更新予定
一応、そんなに長くはならない予定
4月からは4章を始められる……はず




