110 押し寄せる波は絶え間なく
少々長くなりましたが、3章は2月中に終わらせたかったので分割はやめました。
その後の国王との2度目の会談にはレクトル側はサクラ、レア、リアが、国王側はアシュリア、ルフェウス、リスティ、そして冠位たるデミラスが参加していた。
話の内容は主に今回起きた事態の全容とすり合わせだった。
レクトルも今回は振り回されてばかりでほとんど事態を把握できていなかった為、互いの状況をまとめ、整合していく流れとなった。まず国王が最初の事情を説明していく。
「魔王の事……事前に分かっていたんですね」
「お主には悪い事をしたな。アシュリアを逃がす為、あの場で話をするわけにはいかなんだ」
「お父様……」
「しかしそれも、逃がした先で命の危機に遭っていたのでは話にならん」
国王はアシュリアの話を聞いてライアミッツ王国に対し敵意をむき出しにしていた。だが、それもひとりの辺境伯の暴走だと、当事者であったアシュリアが宥めていたがそうでもしなければ戦でもしかけそうな勢いだったからだ。
ちなみに、ライアミッツでの出来事はサクラの暴走については伏せられていた。レクトルが事前にお願いして、アシュリアとリスティに同意を得ていた。
その代わり、レクトルが炎の魔術で森を焼き払った事になっているが、既に魔王戦でも疑似太陽を落とすという星の魔術を披露しているので今さらだった。
そして話はライアミッツでの出来事を終えると、魔王の話へと繋がっていく。
「指導狂もなんとか生き延びたようだ。あ奴もしぶとい。お主の力で傷は癒えたが、力の連続行使がたたったのか、今は眠っているらしい」
「アシュリア王女の力ですよ」
「……嘘をついたところで仕方あるまい。求められてもこちらはできないのだからな」
「一度使えばしばらく使えないことにすればいいいのでは?」
「先日、西の森でも同様の事があったばかりなのだが?」
「…………」
国王の鋭い突っ込みにレクトルの言い訳はそこで途切れる。最後の抵抗とばかりに窓の外に見える聖樹を指差す。
「ですが、あれは本当にアシュリア王女の力ですよ?」
「……未だに信じられんのだが、お主は知っているのか?」
「恐らく、姫様が受け取られた天使の遺産に秘められた力かと……」
「……何?」
「セピア様の?」
後ろに控えていたルフェウスが推測を口にした。それを聞いた国王はそれを確かめるようにレクトルへと視線を移す。そこにはどうなのだ? という圧が込められていた。
「……そうですね。アシュリア王女に贈ったその【星屑の涙】には一つの固有スキルが込められています」
「固有スキルだと!? ただの魔術道具にか!? いや、天使の遺産ともなればただの、ということはないが……いや、それでも……本当なのだな?」
「はい。名を【神聖成樹】。効果としては主に次の3つが挙げられます。一つ目は悪意ある者からの攻撃や効果の対象から自身を外すこと」
「え?」
指を一本立ててレクトルはスキルの説明を進めていく。それを聞いてアシュリアにはいくつか思い当たることがあった。最初に違和感を感じたのはリスティを助けようとイルガイムに魔術を仕掛けた時の事だった。いくらアシュリアが攻撃しても、直接尻尾を引っ張ってもまるで相手にされなかったのだ。
2回目はリスティを休ませ、レクトルの元に転移した際に魔王、正確には魔幻獣となったオリエンス・ペペルティアに狙われた時だ。その攻撃は明らかにアシュリアを狙っていたのに、魔幻獣はアシュリアに傷一つ付けることなく素通りしたのだ。
起きた不可解な事象に納得がいったアシュリアだったが、驚くにはまだ早かった。
「二つ目は精霊との交信」
指を2本立てて、レクトルは特に質問もない為次の内容の説明に移る。その内容はレクトル自身、【魔術解析】を通して把握したものだ。
通常、精霊は人の身では認識することができない。適性がある者でも光の塊のようなものでしか見る事が出来なかった。様々な種がいる妖精よりも上位に位置する彼女らとは基本的に言葉を交わすことはできないのだ。
とはいっても、何も精霊が言葉を話さないわけではない。意思も持っていれば、人に恩寵を与えるように友好的だ。
ただ住む世界が違うのか、概念が異なるのか、言葉を直接受け取ることができなかった。それは人側に限られたことで、精霊はこちらの言葉を正確に理解していると言われている。
人にできるのは精々恩寵を与えられた相手となんとなくの意思疎通ができるくらいだった。だが、それも確実なものではなく、なんとなくそう言っているように感じた……程度のものだった。
恩寵を与える立場にある王族はこの直感が強く働き、意思疎通に近いレベルにあるのだが、それでも会話までには及ばない。
「精霊様と……交信……」
その魅力的な力に、アシュリアはじっと自分の手を見つめる。自分に恩寵を与えてくれている精霊“ルート”とも話ができるのかと期待を膨らませていた。
だが、レクトルの説明はまだ終わらない。むしろ、ここからが本題なのだ。立てる指の数を3本に増やしたレクトルは真剣な眼差しで告げる。
「そして、三つ目が聖樹を生み出す事。といっても、膨大な魔力に清き心と強き思いが必要です。ここ以外で生み出すことは恐らく不可能かと思いますが……」
「信じられん……例え2度はできなくとも、1本生み出せるだけで奇跡に近いというものを……」
「えぇ、恐らく天使の遺産の中でもかなり強力な部類に含まれるのではないかと」
国王らはその破格の力に、おののいていた。ルフェウスもそれに同意する。アシュリアも【星屑の涙】を持つ手がプルプルと震えていた。あまりの効果に、力に、自分が持っていていいものなのかと不安がよぎる。
「あ、あの、これ……セピア様にお返しした方が……」
「もうアシュリア王女が所有者に登録されている。返されても困るな」
「そ、それは……」
アシュリアはどうすればと国王へ視線を向ける。だが、国王は深く考えているのか口元に手をあてて静かに虚空を見つめていた。
そしてゆっくりと口を開く。
「聖樹を生み出す膨大な魔力は一体どうしたのだ? アシュリアにはそこまでの魔力はない。というよりも、聖樹の魔力など本来人一人にまかなえるものではないだろう」
「それは……」
レクトルは言い淀む。それを説明するには自身の固有スキルについても明かす必要があったからだ。国王を信じていないわけではないが、まだ【無限湧魔】の力についてまで打ち明ける気はもてなかった。
「あーもう! まどろっこしいのう!」
「デミラス……」
「お前さんにとってはこやつの力なんてどうでもえぇんじゃろう? どうせ知りたいのはお転婆姫のことに決まっとるんじゃ。違うんか? あぁ?」
「い、痛いです、デミラス様……」
「む……」
デミラスはアシュリアの頭をバンバンと叩きながら国王を指摘する。無駄に力が強いデミラスの行為にアシュリアは頭を押さえ嘆いていたが、国王は図星だったのか言葉に詰まっていた。
「どういうことですか?」
力について説明が要らないならレクトルにとって好都合だった。迷いなくその流れにのっかり、デミラスに問いかける。
「決まっとるわい。このお転婆姫にはあの聖樹を生み出すような魔力はないんじゃ。ならそれはどこからもたらされたもんかと言う話になる。考えられるんは膨大な魔力を秘めた魔石か、あるいは契約による魔力供給じゃろうな。つまりじゃ、こやつが警戒しとるんは小僧とお転婆姫の間に何かしらの契約が結ばれとるんじゃないかと、つまりはそういうことじゃわい」
「あぁ、なるほど」
レクトルは納得を示した。思えば、最初に出会った時も国王は魔王や天使のことよりもまずアシュリアのことについて問いただしてきたのだ。
その時はその相手がレアたちだった為に事なきを得た。だが、今回は確かにレクトルとアシュリアの間には何かしらの契約が結ばれていた。ただ、レクトルはそれに気付いてからずっとバタバタしていた為にその詳細を把握していなかった。
ぱっと見た契約の名はレクトルの知らないものだったからだ。
「で、どうなんだ?」
国王はばれたのなら仕方がないと、ストレートにレクトルに詰め寄る。だが、それはむしろレクトル自身知りたかった事でもあった。
ここで自分で調べるよりも、そもそも何故この契約を結んだのか、本人に直接聞いた方が早いとレクトルは視線をアシュリアへと移した。
「それはむしろ私も知りたかったことです。あの森でアシュリア王女を助けるまで私も知りませんでしたから。そうですよね?」
「――っ」
「何?」
その言葉に、アシュリアがビクリと身体を震わせた。注目がアシュリアへと集まる。だが、当のアシュリアは視線を彷徨わせ、どうこの場を乗り切るか思考を巡らせていた。
「あの~それは……ええっと~」
だが、なかなかいい言い訳が思い付かないのか、その口から発せられる言葉は意味を成さないものばかりだった。
「アシュリア、正直に言いなさい」
「う……はい、お父様……」
明らかに言い逃れをしようとしている娘に対して、国王は叱りつけるように言い放った。それに堪忍したのか、アシュリアは人差し指をもじもじと触れあわせつつゆっくりと説明を始めた。
「レクトル様と契約を交わしたのは、その、“東の地の支配者”の力を引き継いだ時です……」
「あの時か……。だが、奴隷の提案は断ったし、結ばれている契約も俺の知らないものだった」
「奴隷だと!?」
レクトルがポロっと口にした言葉に国王が激昂する。だが、レクトルの眼差しは【精神耐性】のおかげが、それに怯むことはなくアシュリアへと向けられていた。
アシュリアも後ろめたい気持ちがあるのか、レクトルの質問に素直に答える。
「う……はい。でも、レア姉さまを救ってくれた人に“東の地の支配者”の権利まで譲ってもらってお守りまでいただいて……それで何もなしで帰ることなんてできません!」
「ぬぐっ……それは……だが、アシュリアよ。それならお前は一体何の契約を……」
「そ、それは……」
「“傘下の刻印”……契約欄にはそう記載されていた。俺が知りたいのはこれの意味するところです
」
「なっ!!」
国王はその名を聞いた瞬間信じられないと表情を驚愕に歪ませた。そしてそのままの勢いでアシュリアの腕を掴み引き寄せ、ドレスの袖を捲りあげる。
そしてそこに魔力を通す。するとアシュリアの腕が仄かに発光しとある文様が浮かび上がる。
「これは……! バカ者が……っ!」
「い、いたいです! お父様!」
グイッと力強く引き寄せられたことでアシュリアが苦悶の表情で腕を抑える。だが、国王はその文様を見て表情を曇らせる。
「……お主はアシュリアをどうするつもりなのだ?」
「え? どう……とは? そもそも私はこの刻印? について何も知らないんです。勝手に話を進められても困ります」
「そうか……なら、破棄してもらうことはできるか」
「こちらに不利益がなければ特に問題ありませんが……そもそもどういうものなんですか?」
「はぁ、そうだな」
国王はレクトルの言葉に落ち着きを取り戻したのか、アシュリアを解放すると椅子に座りなおした。
そもそもアシュリアには【聖罰の瞳】があるのだ。悪い事にはならないとわかってはいても、ものがものだけに理性を抑えられなかった。
「傘下の刻印……それはいわば敗者の証だ」
「敗者の証?」
「あぁ」
国王はそこで視線をルフェウスへと移した。詳細な説明は任せたという合図だった。ルフェウスもすぐにその意図を察し、レクトルへの説明を引き継ぐ。
「主に戦の後に交わし、刻まれるものです。戦に負けた者は勝った者に下り、その意思を明け渡す。つまりは自身の意思決定権を相手に委ねるというものです。これは王族にのみ与えられたセカイの意思に連なる重要な契約となります。基本、敗者となった国は勝者に逆らえなくなります」
「意思決定権を……?」
「そうだ。つまり、アシュリアはお主の言葉に逆らえないということになる」
「それはまた……」
国の重鎮に位置する王女が軽々しく交わしていいい契約でない事は明白だった。そして敗者に刻まれるものなので契約ではなく、相手にのみ刻まれる刻印。
これは隷属の契約などよりも重いものだった。隷属の契約は主の側にも奴隷側の命を保証する責務が与えられる。だが、こちらは一方的なもの。自身を自らの意思で相手の支配下に置くもの。
その強力さ故に、負けた国は相手国に服従を強いられる。決定権を委ねているので反旗も翻せない。それを行うには代替わりが必要となる。故に、過去、幾度もの内乱が勃発していた。
そんな契約を国どころかたった一人の少年と行った。アシュリアにとっては代わりに差し出せるものなど自分しかなかったのだろうが、それは一歩間違えればアルトフェリア王国が崩れることにつながりかねないものだった。
(契約も刻印も、こんなのばっかだな。やっぱり、この世界は自分のことを大切にしない傾向にある気がする……)
レクトルが交わしてきた契約が似たようなものばかりだったのだ。レクトルとしても、助けたからと言って、力になれたからと言って、相手を自分の思い通りにしたいとは思えなかった。
現に契約を通してハクナやサクラに“命令”をしたことはあるが、それらは全て救う為だった。
それに、今は結果として命の恩人と言われても仕方ないとしても、その時はまだ“東の地の支配者”を明け渡しただけだったのだ。レクトルにはどうにも、アシュリアの言い分を信じきることができなかった。
「命令か……なら」
「お主……何を?」
レクトルから不穏な空気を感じた国王は真剣な眼差しでアシュリアを見つめるレクトルを止めようと身を乗り出す。
だが、レクトルから放たれた言葉にその動きを止めた。
「アシュリア王女。建前はいらない。本音で話してくれないか?」
「え?」
「何を……」
「何故、そんな契約を交わしたんだ? それを教えてほしい。……これは“命令”だ」
「あ……う……」
プルプルと身体を震わせるアシュリア。抵抗しようとしているのだろう。だが、契約の強制力は意思ひとつで捻じ曲げられるものでもない。アシュリアは口を開く。
「も……もしかしたら、レア姉さまとこれからも、一緒に過ごせるかなって……」
「アシュリア、お前と言うやつは……」
「ア、アシュリー……」
「う、うわ~~~~~~ん! ごめんなさ~~~~~い!」
そして告げられた事実に、国王もそしてレアすらも呆れて可哀想なものを見るような目でアシュリアを見つめていた。
こっそりと思っていたことをレクトルに暴かれ、アシュリアは机にうつ伏せてわんわんと泣いていた。
「はぁ、くだらない。心配して損した気分だ。破棄だ破棄。これでいいか国お――」
その時だった。王城を突如揺れが襲ったのだ。
「きゃあ!」
「なんじゃい、これは!」
「何事だ……!」
各々、急に訪れた揺れに叫び声をあげた。だが、これはよくよく考えれば想定できたものだった。
レクトルが傘下の刻印の破棄を告げた瞬間、確かにアシュリアの手から文様が消え、契約は無効となった。それが引き金となり聖樹が輝きを失い、悲鳴を上げたのだった。
「何事だい! 坊や! 一体何をした!」
「カセンカトラか! それはこちらが聞きたい!」
鳳凰の間へと突如転移してきた老エルフ、カセンカトラが机に見事に着地を決めると国王へと詰め寄った。身の丈よりも大きな杖を持った、セピアよりも幼いエルフの少女が国王の胸倉をつかむ。
だが、国王もまだ事情を飲み込めていなかった。何が起きているのかさえ把握できていないのだ。
「聖樹が魔力を失って枯れ始めとる! なんで生えてきたのかもわかっちゃいないが、坊やか嬢ちゃん以外に誰がいるってんだ!?」
「聖樹が……!?」
その言葉を聞いてレクトルは窓の外に視線を移す。すると確かに先ほどまで仄かな光を放っていた聖樹はその光を失い、ところどころ茶色く変色を始めていた。
高いところの方ではミシミシミシと自身を支えられなくなったのか枝が悲鳴を上げていた。
「これは……!」
レクトルはすぐにその理由に思い当った。そもそもこの聖樹はアシュリアに与えた【星屑の涙】に込められた固有スキル【神聖成樹】によって生み出されたものなのだ。
その魔力の源にはアシュリアとの契約を通してレクトルの魔力が用いられていた。
だが、その契約は先ほど破棄された。つまり、レクトルとアシュリアの間に繋がっていた魔力のパスが途切れたのだ。
それにより膨大な魔力を生み出し、また消費する聖樹はたちまちの内に魔力枯渇を起こし、存在が維持できなくなっていた。
「このままでは聖樹に城がつぶされるぞ!」
「クソっ! アシュリア王女! 契約だ!」
「え? ですが!」
アシュリアに対し手を伸ばすレクトル。先ほど破棄したばかりの契約を再度結ぶのかとアシュリアは思い、戸惑いを見せた。
逡巡する眼は父である国王へと向けられるが、国王自身もそれが今の事態を回避する最善であるとわかってはいるが言葉にはできなかった。
「さっきのよくわからない王族の契約じゃない! ただ創作物を起動するための契約だ! 早く!」
「は、はい……!」
アシュリアは言葉の中身を理解してはいなかったが、その言葉に悪意はなく、またレクトル自身が今の事態を解決する為に動いていると認識し、藁にもすがる思いでその手を掴んだ。
その瞬間、レクトルとアシュリアの間に新たな契約が結ばれる。
だが、それは親愛の契約でも、従属の契約でも、ましてや隷属の契約でもない。
それはいままでこの世界に存在しなかった契約だった。
レクトルはアシュリアに渡した【星屑の涙】が従者以外に使えないのではという話をレアから聞いてから、使えるようにするにはどうすればいいのかを考えていた。
いらぬしがらみのない、魔力譲渡と使用権利だけを与える方法。
そして思い付いた結果が、今レクトルとアシュリアの間に結ばれた契約だった。
星夜の約束。
【我が内眠る創造の拠点】によって生み出された新たなる契約方法。それは契約と呼ぶには程遠い、子供の指きり程度の強制力のないただの約束事。
込められた内容はレクトルが創作物に魔力を与え、それの使用権限を与える代わりに願いを聞いてもらうというもの。
ただ、願いを聞くといっても叶えないといけないわけではない。ただ話を聞くだけ。実際に叶えるかどうかの判断は相手に委ねる。なんなら願い自体も別に聞かなくてもいい。
それほどどうでもいい契約。だが、レクトルとの間にはしっかりとパスが繋がれ、アシュリアが持つ【星屑の涙】も問題なく効果を発揮する。
「聖樹が……」
「元に、戻っていく……」
レクトルの魔力が再び供給され、聖樹は当初の輝きを取り戻す。それに国王とアシュリアが安堵の吐息を零す。
「あんたが、夜天の星王かね……」
「え?」
見た目幼女にしか見えない小さなエルフ。だが言葉づかいは老人のそれだった。
なにそれ? とレクトルがカセンカトラに詰め寄ろうとした瞬間、レクトルから光の球が突如飛び出してきた。
「シャオルーちゃん、完・全・復・活ーーー!」
「うおっ!」
「今度はなんだ!?」
「あ、あの時の妖精さん!」
腕を振り上げ、快活に飛び出してきたのは、セピアが盗賊をやっつけた際に助けた妖精、シャオルーだった。
「およ? 聖樹?」
「あの時の妖精か? そうか、もう3日経つのか」
急な登場に驚くレクトルだったが、その姿を見て落ち着きを取り戻した。だが、次に妖精が放った言葉にレクトルはさらなる事態に巻き込まれていく。
「すごい! あれ、レクトルの魔力だよね!? こ、これなら……!」
「お、おい……?」
「ねぇ、レクトル! その力を見込んでお願いがあるの! 私たちの聖樹を……精霊女王様を助けて!」
「え……?」
逃れられぬ運命は、休む間もなくレクトルへと押し寄せる。
それは本来あるべき姿に戻ろうとする修復力であるかのように、レクトルの意思とは無関係に。
そこに働くのは世界の意思か、はたまたセカイの意思か。ただ一つ言えるのは、それはこれからレクトルに訪れる問題の始まりでしかない、ということだけだった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
その少し前、アルストロメリアの上空を彷徨う一つの魂があった。
(クソっ、まさか禁呪を扱う者が現代に残っていたとは……! ベルフェゴールめ、厄介な者を主にしてくれる……!)
それは禁呪よりからくも逃れたオリエンスだった。
(だが、生き延びた! まだチャンスはある。ふん、しばらくは偽りの平和に身を委ねるがいい。真の魔王へ至る力の一端は手に入れたのだ!)
ベルと同様に魔幻獣へと進化したオリエンスはあるスキルを手に入れていた。それは魔王核を奪われてもなおオリエンスの元に残り続けている。
核の複製も問題なく済ませていた。
そこでオリエンスは路地裏を隠れて進む1人の男性を見つける。
(あれがいいな。今後の活動にも適している)
路地裏の影に溶け込むように移動する男は暗がりからひょこっと顔を出した。
「大分、魔王の襲撃も落ち着いてきましたね。ふふふっ、今なら安全に逃げられそうですね。ちょうどいい、あそこにいる貴族らしき少女から金銭を……うっ!?」
目に入った金髪の少女を襲おうと身を乗り出した瞬間、身体に何かが入り込んでいった。
「な、なに……ぐっ!?」
違和感を感じた瞬間、自身の身体が作りかえられていくような不快感に襲われる。そして苦痛に耐えかね膝をついた頃には身体の制御も奪われ、男……ハイン・ノート・フルールの意識は闇へと消えた。
「ははは、【影の蓑】とは。身を隠すには適したスキルだな。これで……」
「な、何、その角……まさか、魔族!?」
「ふん、見られたのなら仕方ない」
元々ハインが襲おうとしていた貴族の少女、エリスティア・ルウ・トレールが目の前で突如変貌し、角や羽が生えた男を見て驚きの声を上げた。
「ここで死んでもらおうか!」
「そう、あんたはそういうやつよね」
「なっ!?」
口封じにエリスティアを襲ったハイン――オリエンスの腕を突如現れた赤髪の少女が切り裂いた。
「なぜ、ここにいる……」
「その力はあんたよりも私の方が詳しいのよ」
自身の身長よりも長い鎌を構える少女、ベルフェゴールは不敵に笑い、その大鎌をオリエンスへと振りかぶるのだった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
その同時刻。レクトルたちと別行動をとっていたハクナとセピアは森の奥であるものと対峙していた。
「どうして、あなたがここにいるのですか……」
「フン、それはお前らの方がよく知っているのだろう? 何、構うことはない。私とて戸惑ってるのは確かだ。でも、誰にも邪魔されるつもりはない。私は私の道をいかせてもらう」
「ケルベロス……」
その名は冥界の門番として名高い3つ首の番犬。だが、目の前にいるケルベロスは普段とは全く異なっていた。
闇の神の眷族たるケルベロスは通常なら漆黒の毛皮とどす黒い瘴煙を纏っていた。だが、目の前にいるのは……
「これも、私のせい、なの……?」
「ちげぇだろ。だが、こりゃ驚いた。まるで神獣、フェンリルだ」
純白白銀に煌めく毛皮はとある神獣を彷彿とさせた。首が3つあることは変わりないが、その身に邪悪さはまるでなく、神聖さに満ちていた。
「闇の神を裏切るのですか?」
「何を言っている。先に裏切ったのはあっちだろう。あれはもう闇の神などではない」
「それは……」
「それに、既にこんな身だ。光の眷族にでも移籍してもいいかもしれない」
「アシュリア様の?」
「そうか、お前は光神の眷族か。ははっ、だが、今はこの自由を満喫するとしよう。なぁに、この世界に神界に首を突っ込んだ者がいるのはお前さんもわかっているのだろう? だからこの地にいる。なぁ、水神子。リュミエールの末裔よ。ふっ、いずれ手を貸さんでもない。だが、今はまだ、だ。ではな」
「あっ!」
ふっとケルベロスであったものの気配は唐突に消える。辺りは神界が落ちてきた影響が未だ濃いのか、少しばかりの神力に満ちて僅かに発光していた。
「あの、ハクナお姉ちゃん……?」
「どうしたのですか、セピア」
「どうするの?」
「そうですね……私にも、わかりません……」
ハクナはセピアに振り向かず、ただケルベロスがいた場所をずっと見続けていた。
次回3/2更新予定
章の区切りというのは難しいですね。




