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106 終焉の序曲


「ふふっ、サクラ。合わせられる?」

「え? う、うん!」


 ベルの言葉にサクラはにこやかに答えた。サクラがベルの言うことを聞かずに傷つけたと思っていたように、ベルにもサクラを守れなかったという罪悪感があった。


 だがそれも今となっては互いに消えていた。無事ならいい。今は同じ主を守る為に前に並んだ仲間。ベルの言葉に、サクラの笑顔に、怒ったり嫌われたりしている様子はないと理解した二人はそれを壊そうとする敵に立ち向かう為になおも言葉を交わす。


「フェニックスが使った技……サクラは使えるの?」

「フェニアが……?」

「そう……あの時サクラは気絶していたものね。無理ならいいわ。あなたにできる精いっぱいの攻撃をしなさい。後は私がなんとかしてあげるわ」

「う、うん」


 首を傾げるサクラに、ベルは期待していたものを諦めた。それはサクラが傷つけられた際にフェニックスがオリエンスに一矢報いる為に放った一撃、不死桜の焔剣(フランメラクス)だった。


 あらゆる障壁を透過する究極の一撃。決まれば今の魔幻獣となったオリエンスにも致命傷を与えられることは明確だった。


 だが、できないなら仕方がない。ただやれることをやるだけだ。


「大丈夫なのか? 来るぞ!」

「わかってるわよ! サクラ!」

「ええい!」


 【火球弾(メボル)】の弾幕を打ち破り迫る魔幻獣ペペルティアにサクラが【緋焔】を、ベルが【死縫】を放つ。


『ギャギャギャ!?』


 サクラの剣を受け止めようとしたペペルティアが自身の障壁をまるで空気でも斬ったかのように一切の抵抗を感じず通り抜けた為にそちらに気を取られた瞬間、ベルの無数の刃がペペルティアを襲った。


 だが、ベルの攻撃はサクラの攻撃とは異なり、その障壁に威力を大幅に消耗させられ魔幻獣には大したダメージが通らない。真の魔王の力を解いたベルにはなおのことだった。ただ、その連撃の勢いに押され、ペペルティアは強く弾かれるように距離を離す。


 それを見たベルは「ちっ」と苦虫をかみつぶしたような顔になるが、あることを思い出し主であるレクトルに問いかけた。


「ねぇ、サクラの力、私にも移せるの?」

「どの力だ?」

「【障壁透過】よ」

「ちょっと待ってくれ」


 唐突に自分の頭を撫でるレクトルが、こっそりと自分の力を借りうけていたように、ベルもサクラから力を借りられないかと思ったのだ。


 その提案に今まで自分とサクラやベルなどの主従間でレクトルが持つ固有スキル【能力共有(シェアギフト)】の効果でスキルや称号の恩恵を共有したことはあったが、従者間で行ったことはなかった。


 できるかと言われてもぱっと答えられなかったレクトルは、事態が急を要することもあり行き当たりばったり、実践で試すことで答えとした。


 サクラとベルの背中に触れると固有スキル【能力共有(シェアギフト)】を発動させ、サクラ……正確にはサクラが装備する【星桜刀】が持つスキル【障壁透過】をベルへと適用する。


 するとスキルは問題なくベルへと適用され、ベルの能力値(ステータス)に追加された。


「ありがとう」

「あ、あぁ」


 お礼を言うベルに対し、どこか歯切れ悪く答えるレクトル。ぱっと自身の固有スキル【能力共有(シェアギフト)】に目を走らせる。


(適用できる力の数が2つに増えている……?)


 元々【能力共有(シェアギフト)】で共有できる力は一つのみだった。別の力を共有するには一度共有していた力を解除しなければならなかったのだ。他にも連続で同じ力を共有できないなど、いくつかの制限が存在していた。


(固有スキルも成長するのか……?)


 そんなことに思考を奪われていたせいか、事態の変化に対応が遅れる。


「師匠!」

「ちょこまかと!」


 新たに戦場へと姿を現したレクトルに対し警戒心を強く持ったのか、ベルやサクラを避けペペルティアはレクトル目掛けて襲いかかる。


 それを慌てて追い打ちをかけようとしていたサクラとベルが追いかける。だが、ペペルティアの速力には遠く及ばずその拳はレクトルへと迫ろうとしていた。


「今は戦いに集中しないとな。【蔓根巣(ルートウェブ)】!」


 レクトルの魔術発動に伴い、足元を大量の根や蔓が覆っていく。そして襲い来る勢いのままにそこへ足を踏み入れたペペルティアを拘束していく。


 だが、ベルすら追い付けない速度で動くペペルティアを完全に捕えることはできず、僅かに捕捉した蔓や根もぶちぶちぶちと引き裂かれていく。それでも速度を落とすには十分な効果を発揮した。


「【黒剣】よ!」


 動きを鈍らせたペペルティアに追加で蔓を巻きつけるレクトル。そこにベルが無数に生み出した【黒剣】を突き刺した。それはサクラから借り受けた【障壁透過】の効果もあり、ブスブスブスとペペルティアの身体に突き刺さっていく。


「まるで黒ひげ危機一髪だな」


 達磨のようになったぺぺルティアに突き刺さる剣をみてそんな感想を述べたレクトルだったが、まるでその感想に答えるかのようにペペルティアの頭からスポンと何かが飛び出した。


「え?」

「バカっ!」


 それに思わず気を取られ上を向くレクトル。その瞬間蔓の拘束を解いたペペルティアが再び襲いかかって来たのだ。それを辛うじてベルが間に介入することで防いでいた。


「あ、ありがとう」

「相手はあのオリエンスなのよ? 油断しないで」

「あ、あぁ。悪い」


 意表をついた攻撃すら防がられたペペルティアは『グルルルルル』と忌々しげにベルを睨みつけていた。


「あれ、魔王オリエンスの魂……心? は残ってるのか?」

「わからないわ。真の魔王に進化したばかりの時と比べたらどうにもあいつらしい嫌味ったらしい動きをするようにはなってきたけど……」


 ベルも気になってはいた。だが、だからといって今の魔幻獣ペペルティアがあの魔王オリエンスと同一とはとても思えなかった為に曖昧に応える。


 オリエンスと戦っているというよりもオリエンスの思考をあの魔幻獣が読み取り活用している……という感じの方が強かった。例えそうだとしても、厄介極りないことに変わりはない。


「どうする?」

「やることなんて変わらないわ。あいつをぶっ飛ばすのよ」

「はは、作戦も何もないな」

「し、師匠……はぁ、はぁ」

「サクラ……」


 やる気十分なベルに対し、サクラは息を荒げていた。それもそのはずだ。サクラは数日前までは洞窟の牢にずっと、もう何十年も閉じ込められており運動とは無縁の生活をしていたのだ。


 レクトルと出会い、【星桜刀】を身につけることで戦闘力は上がっていても、身体はまだ少女のそれだ。到底魔王と戦えるようなものではない。


 今も、魔幻獣を、ベルを追いかけるだけで必死だった。全力で走り続けた為に体力がもたなかったのだ。


創作世界(ラスティア)に戻るか?」

「やだ。私も戦うの!」

「でもな……」


 カドラックの森での無茶な力の使用もあるのかもしれない。それに重傷っぽい傷から回復したばかりでもある。明らかに大丈夫な感じではなかった。


「私もみんなと戦うの! 師匠の力になるの!」


 サクラは一度決めたことをなかなか曲げない頑固なところがあった。やりきるという強い意志は立派だ。ものによっては応援したい気持ちもあるレクトルだったが、こと疲弊した状態で魔王と戦いたいなどとなれば話は別だ。


「サクラに何かあったら心配なんだ……」

「で、でも……師匠まで怪我したら……」

「う~ん……」


 どうやらサクラは誰かが傷つくことを極端に恐れているようだった。目の前でベルが傷つけられ、自分が何もできなかったことを後悔しているのかもしれない。その不安は簡単に拭うことは難しいだろう。


 チラッとレクトルは魔幻獣ペペルティアと戦っているベルの方へ視線を向ける。サクラの【障壁透過】スキルのおかげもあってか、攻撃は着実に通り、善戦しているように見えた。


(通用する攻撃手段があるならなんとかなるか……いざとなったら全員創作世界(ラスティア)に強制送還もできないことはない……それに……)


 実際にベルも行っていた退避方法を思い浮かべ、そして自身が纏っているローブに視線を移した。


 それは一昨日の夜にレクトルの固有スキル【我が内眠る創造の拠点(ラスティア・ラヘル)】によって製作したものだった。創った時にレクトルが願ったものは仲間を守る為の力だ。その願いに相応しい力がレクトルが身につけるローブには宿っていた。


 なら、後は嫌な未来を形にしないように、自分が守ればいいだけだ。そう、レクトルは覚悟を決めた。


「【立塞者(プロテクター)】【守抜者(ガードナー)】【走駆者(クイッカー)】【先天知(ハイセンス)】【守浮盾(フィジルド)】【護覆壁(マジリア)】」

「し、師匠……?」


 ギルドマスター戦で使用したバフ系統の魔術を重ね掛けするレクトル。サクラは【緋桜のリボン】の効果で状態異常に完全耐性を持つ為、状態異常耐性を強化する緑属性魔術【耐抗者(レジスタリア)】以外の全部をかけていた。


 とはいえ、元は初級魔術。これで万全とはいかなかった。


「よし」


 レクトルは意を決して立ち上がる。そしてベルと戦うペペルティアに向けて魔術を行使する。


「【遅延(モーラム)】」


 時空魔術に分類される遅延空間を発生させる魔術だ。対象を指定して発動した魔術は同空間内に入ったベルには効力が働かず、一方的にベルが優勢となった。


「やるじゃない」

「油断は禁物だぞ」

「わかってるわよ」


 ペペルティアもベルから複製した【怠惰】のスキルで遅延空間の打破を試みるが、複製物である為かそれには時間を要した。だが、そこに【嫉妬】の力も加わり効力は徐々に低下していく。


 それを見たレクトルは考え込みながらも横でベルの戦いを見守っていたサクラに言葉を投げる。


「こうやって俺が補助を行う。サクラはベルと協力してあの魔幻獣とやらの隙をついて攻撃するんだ」

「わかった」

「俺も、俺のできることをしよう」


 レクトルにはまだベルのように近接戦闘で魔王……魔幻獣と戦うような力はなかった。なら遠距離で戦うだけだ。


 そもそも魔術師とはそういうものなのだ。前衛で戦う者が敵を抑え、後衛が強力な魔術を放つ。そこにレクトルは支援魔術や治癒魔術をも織り交ぜ、少しでも前衛の負担が減るように魔術を行使する。


 ベルとサクラの連携はまだたどたどしいものだったが、レクトルの支援魔術の効果もあり、着実に魔幻獣を追い込んでいた。


「サクラ! ベル! 一旦下がってくれ!」

「やっとなのね」

「師匠!」


 上級魔術……その中でも複属性を主体とした星の魔術の詠唱を終えたレクトルは慣れない魔術の為、その巻き添えにならないように一度ベルたちをペペルティアから引き離した。


「【落陽煌(メルテアス)】……!」

『ギャオ!?』


 ズオッっとペペルティア目掛けて突如頭上に現れた特大の火球がゆっくりと落下していく。その火球はただの火球ではなかった。


 火というよりは高温のエネルギーの集合体。表面でも数千度を超え、その中心では一千万度を優に超えるそれはまさしく太陽そのものと言えた。


 レクトルが創作世界(ラスティア)で自身が夜明けを見ることができないが故に、太陽代りに使用しようとしていた魔術でもあった。


 形がない為に受けることもできず、また発生した事象であるが故に魔術での相殺も難しい。


 ペペルティアは6本の腕と展開する障壁でそれを受け止めるが、レクトルもそのまま押しつぶし跡形もなく消し去る為に力を込める。


 それを見守るベルやサクラにも凄まじい太陽の熱が伝わってくるが、それは表面の温度と比べれば耐えられる程度のものだ。通常であれば周囲もろとも熱波で焼き尽くすが、レクトルが仲間にそんな被害を与えるわけがない。【魔術制御】を以て対象となるペペルティア以外には影響が少なくなるように調整していた。その為にその目は逃がさまいとしっかりとペペルティアを捉えていた。


 だからこそ、集中していたからこそ突如聞こえたその声に気を持っていかれてしまった。


「暑いです! なんですかこれは!? いえ、それよりも……!」


 声の主はアシュリアだった。リスティを無事に寝かせつけられたので、そのお礼とアルストロメリアで何かがあったような感じだったのが気になってレクトルの元へと創作世界(ラスティア)から転移してきたのだった。


 一度王城を思い浮かべ、転移に成功しているアシュリアにはレクトルの元へ転移するのも手慣れたものだった。


 そして目にしたのは焼け野原となった自分の故郷。愛する王都。そして、太陽のように眩い灼熱に押しつぶされようとしている魔幻獣、オリエンス・ペペルティアの姿だった。


 圧倒的な悪意の塊。今までに感じたこともない強大な嫌悪感。過去王都に牙をむいた犯罪者など比較にもならない純粋な悪意。その姿を目にしてアシュリアは目を見開いた。


「な……んで……」

「ちょ、ま! アシュリア王女!」

「どうしてここに魔王が……! くっ……! 我が身に宿りし裁定の化身よ! 我に仇なす者に裁きの鉄槌を! 【断罪の手(コンヴィクション)】!」


 レクトルの制止も空しく悪を断罪する一撃が魔幻獣ペペルティアに向けて放たれた。それはまるで断頭台に設けられた刃の如くペペルティアの首元目掛け振り下ろされる。


『ギャギャ!』


 だが、それは何か不思議な力に阻まれて霧散する。それだけではない。その出来事に気を取られ、レクトルの【魔術制御】が一瞬緩んだ。その隙を逃さず、ペペルティアが【落陽煌(メルテアス)】の効果圏内から逃れ、アシュリアへと迫った。


「え?」

「しまっ!」


 急な事態に呆然とするアシュリア。レクトルもすぐさま気を取られてしまったことを後悔するが、ペペルティアはアシュリアへは攻撃を仕掛けずにそのまま通り過ぎて行った。


 何が起きたのかわからないレクトルとアシュリアだったが、それはペペルティアも同様だった。確かに攻撃の意思を持って仕掛けたのにアシュリアを素通りしたのだ。


『ギャ?』


 ペペルティアは自分の6本の腕に生えた爪を眺めながら首を傾げていた。


「……!」


 なんにせよ無事だったのだ。レクトルは再度ペペルティアの拘束に動いた。だが、いち早くそれを察知されてしまう。


 飛び上がってレクトルの拘束魔術を回避したペペルティアは周囲を見渡し、そして再度雷球を収束させ始めた。


「しつこいな……」


 レクトルが繰り返される攻撃にそろそろうんざりし始めた頃……ペペルティアは唐突に見当違いな方向へと雷球を放った。


「は……?」


 一瞬何を血迷ったのかと意味がわからなかったレクトルだが、ベルの言葉が耳に蘇り再び響き渡った。


 ――あいつらしい嫌味ったらしい動きをするようにはなってきた


 その言葉に嫌な感じがしたレクトルはペペルティアが放った方向に何があるのかを探る為に【魔術解析(アナライズ)】を実行した。


 そしてそこにあるものに気付き、思わず言葉がこぼれた。


「王……城……?」


 そう、そこにあったのは王城だった。そしてその中にはまだ国王の存在が確認されたのだ。


 そして思わず呟いたレクトルの言葉に、強く反応した者が一人。


「え? 嘘っ! ダメ! ダメです! お父様……!」


 アルストロメリアへと転移してから起きる事態に振り回されていたアシュリアだったが、こればかりは譲れなかった。


 家族の危機に動揺が隠せずうろたえる。そして、あることに気がついた。


「そ、そうです!」


 その瞬間、アシュリアの姿がぱっと光を纏い、かき消えた。


「え? ま、まさか……!」


 アシュリアが纏った光。レクトルにとってもはや幾度となく目にしたそれは創作世界(ラスティア)へと転移する時に発生する光だった――


次回2/3更新予定

次回で3章は終わりかな……ちょうど1年だし今度こそ終わるといいね。

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