105 反撃の狼煙
「落ち着いたか?」
「うん……」
時は少し遡り、ライアミッツ王国の辺境都市カドラックの南にある森の中、周囲は未だサクラの放った攻撃により熱気がこもっていた。
レクトル達がいる周辺にのみ緑が残っているという異様な光景の中でレクトルに抱かれて散々泣き続けたサクラはやっと落ち着きを取り戻していた。
「何があったのか……聞いても大丈夫か?」
あれだけ泣きわめいていたのだ。またその時の事を思い出して再び泣く事を繰り返さないかを心配していた。それでも、気になって仕方がないレクトルは恐る恐るサクラへと問いかけた。
「ベルベルとご飯を食べようとしたらいきなり……そうだ! ベルベルは!?」
「ベルなら創作世界で眠ってたぞ。怪我もしてなさそうだったし、大丈夫だ」
「そうなんだ……よかった……」
サクラは言葉ではそう言いつつも、まだどこか不安に瞳を彷徨わせていた。それを見たレクトルはこの場所で話を聞くのも周囲の状況もあって躊躇われたので、一旦きりあげることにした。
「そうだな。一度創作世界に戻るか。ベルもいるしな」
「うんっ。ベルベルに謝らないと……」
「何があったか知らないが、別に気にしなくても大丈夫だと思うけどな」
「ううん。ベルベルに言われた通り、すぐに逃げたら私も、ベルベルも傷つかなかったから……」
「そうか……」
レクトルは落ち込むサクラに何か気のきいたことを言いたいと思いつつも、元いた世界でもあまり人と関わりを持とうとしなかったツケか、ただそう呟くことしかできなかった。
それでも、取りあえずベルと会わせて安心させようと創作世界へ向かう為に、今この場にいるメンバーに話をするため振り返る。
「創作世界へ戻るが、問題ないよな……?」
それは相談というよりも決定事項の同意を得る為のものだったが、それを悪く思うものはいなかった。
「は、はい」
「うん」
「それは大丈夫ですけど、レクトル様……この惨状……どうしますか?」
「……………………」
同意するレアとリアに対し、アシュリアは周囲を見渡しながらレクトルへと問いかけた。それにはレクトルも気付いていたので、選択を迫るものではなく、同意を求める形で問いかけたのにとレクトルはアシュリアをジト目で見つめた。
「え、え~と……」
アシュリアはその視線を受けて視線を彷徨わせるが、そこに飛び込んでくるのは視界全面に広がる焼け野原だ。そこには元の森の面影はどこにもなかった。黒く焼け焦げた大地や未だ燻る炎から、またこの地に森が蘇るだろうとは微塵にも思えなかった。
これだけの規模の攻撃だ。きっと前で戦っていた騎士団たちにも何かしらの被害が出ているであろうことは明白だった。
ここの領主のことは気にいらないアシュリアだが、森の前で戦っていた騎士団たちには何の罪もない。領主であるラウド辺境伯に手を貸していた者たちは別だが、それは騎士団全てではないだろう。
元々この地の異常に対処する為に王女としてこの場へやってきていたのだ。この惨状を引き起こした事情を知っているが故に、無責任にこの場を離れることを躊躇っていた。
だが、だからと言って起きた事情を説明することはアシュリアにはできなかった。大切な者の主であるレクトルの仲間。正直に話せば捕えられる可能性が高かった。
それにその少女が放った一撃を説明しても信じられるものがどれだけいるのか。それほどまでに放たれた一撃は途方もないものだった。過去に森一体を吹き飛ばす剣撃など聞いたこともない。自分より少し年下程度の少女が持つ力とは思えなかった。
そんな力を持つ少女のことが明るみに出れば、あちこちから我がものにしようと企む者たちが現れるのは眼に見えていた。【聖罰の瞳】という貴重なスキルを持つアシュリアに関しても似たような事態が起きたのだから、アシュリアとは違い王族の立場も適用されない平民であるサクラにはどんな手が伸びてくるか想像もできなかった。
この場に留まっても何も説明できないのであれば意味がない。嘘をつくと言う選択肢は【聖罰の瞳】という善悪を判断する固有スキルを持つアシュリアには最初からなかった。ぼろが出る前に立ち去った方が都合がいいと結論づける。
この地の責任はここの領主が取ってくれるだろう。元々逃げられないように、責任を押し付けようとしてきたのは向こうなのだ。そこにはちょっとした仕返しの気持ちも込められていた。
「わかりました。私たちも同行します。この場に残っても何も説明できませんし」
「まぁ、そうだな。助かる」
その言葉の意味を瞬時に理解したレクトルはサクラのことを思って秘密にするといった王女であるアシュリアに礼を述べた。
「大丈夫です。レクトル様はレア姉さまの主なのですから。レア姉さまが悲しむことはしません」
「……それでいいのか、一国の王女が」
「いいんです」
笑顔で本人にそう言わればこれ以上何も言うことはないとレクトルはこの場にいたサクラ、レア、リア、アシュリア、そして未だ気を失ったままのリスティを連れてライアミッツを後にした。
創作世界に着くや、リスティのことをレアが背負いながら星屑の屋敷へと向かった。
最初は唯一の男であるレクトルが背負おうとしたのだが、筋力値が低いレクトルでは転生前よりも弱くフラついていた。サクラを抱きかかえた時のように魔術を使用しようとしたところでレアが名乗りを上げたのだ。
奴隷である自分がいるのに主に手間をかけさせることはできないと、レクトルからリスティの身体を受け取った。
そんなこと気にする必要はないと魔術があることもあって声を上げようとしたが、リスティの事をまるで負担に感じる様子もなくひょいと背負うレアを見てレクトルは伸ばしかけた手を下げた。
(いい加減、筋力や守力関係の魔力以外の力を上げる方法を考えないとな……)
現状【星桜刀】を振るうようになったサクラにすら負けていた。一応、星屑の館に住まう者たちの中では主に当たるのに、一番力が弱いのはどうかと思ったのだ。一番力が弱そうなリアですらその筋力は400近いのだから。
見た目よりも能力値が物を言う不思議な世界に文句を抱きながら屋敷に到着すると、アシュリアとレアたちはリスティを休ませる為に2階へと上がった。
レクトルとサクラはベルがいるはずの居間へと向かう。
「あれ……?」
だが、サクラが駆け足で扉を開いた先には静かな空間が広がるのみで居間には誰もいなかった。
「ん……どうした?」
「ベルベル……いないよ?」
「そんなはずは……」
部屋へと足を踏み入れたサクラがそこで立ち止まったのを不思議に思ったレクトルはサクラに声をかけると返ってきた言葉に耳を疑った。
サクラの横から居間を覗きこむが、確かにそこには誰もいなかった。ベルがいた席にはカップとソーサーがあるだけでベルの姿はない。椅子にはレクトルがそっとかけた布が背もたれに掛けられていた。
「起きてまたどこかに出かけたのか?」
カップを持ち上げ、その中身が空であることを確認すると、レクトルは【魔力解析】で屋敷内を探るがベルの存在はどこにもなかった。
その言葉に、サクラの不安が大きくなる。胸に手をあて、きゅっと目を瞑る。まるで無事でいてと祈るように。
「ベルベル……」
「……アルストロメリアに行ってみるか」
「わ、私も行く!」
「……わかった」
魔王がいる場所に再びサクラを連れていくことに迷いを見せたレクトルだったが、サクラには創作世界からの移動権限を与えている。待てと言っても今のサクラからはついてくることは容易く予想できた。
権限を一時的に取り上げることも可能だが、さっきのこともある。また不安から暴走されたらたまらないと許可を出した。サクラのことは何があっても守ればいいのだと覚悟を決める。
「レア!」
「はい、ご主人様!」
レクトルが2階へと呼びかけると、レアが駆け足で降りてきた。別にそこまで急がなくてもと思いつつも、用件を伝える。
「居間にベルはいなかった。俺とサクラはアルストロメリアに行ってくるから後の事を頼む」
「え?」
いきなりの主の発言にレアは不安げにサクラに視線を向けた。さっきの事もありサクラの事を心配しているのだろうと悟ったレクトルは努めて冷静に答えた。
「大丈夫だ。俺が付いているからな」
「は、はい。サクラ様とベル様をお願いします」
「あぁ」
「ご主人様も、どうかご無事で」
「わかってる」
レアは何とサクラが戦ってきたのかを知らないが、以前のレクトルの焦りや、サクラの服に染みついた怪我の痕跡からタダ者じゃないということだけは悟っていた。
そこに向かうというレクトルたちを心配しつつも、そこにはきっとベルがいるのだろうと、彼女を助けに行く主の邪魔をしてはならないとそれを見送った。
そしてレクトルがベルを思い浮かべ、その場所へと転移して……姿が変わったベルに出くわしたのだった。
「えっと……どちら様?」
ベルの声が聞こえたと思って振り返れば、そこにいたのはベルに似た人ではあるものの、20代に見える大人の女性だったのだ。
「もしかして、ベルのお姉さん……とか?」
レクトルがその見た目からまず思ったことを口にした。
「は、はぁ……? 私よ、私! わからないの!?」
その一言にベルが状況を忘れて自分だと気付かない主に怒り、詰め寄った。その時に腹部に激しい衝撃を受け地面へと倒れ込んだ。
「ベルベル!」
「きゃあ!」
サクラがやっと会えたベルに喜び、飛びついたのだ。
「サ、サクラ……よかった。ちゃんと目を覚ましたのね。……それで? サクラと違って私の事に気付けなかったご主人様は何か言うことはないの?」
「……悪魔って成長が早いんだな」
「はぁ……」
まるで期待した私がバカでしたと言わんばかりのため息にレクトルが文句を言おうとした瞬間、背後で迸っていた雷がひと際激しい光を放った。
ベルの思いがけない姿の変わりように思わず意識をほとんど持っていかれていたレクトルだったが、状況は未だ魔王との交戦中だったのだ。
それに、事態はさらに悪化の一途を辿っている。
「魔王の姿が変わっているな……。魔幻獣オリエンス・ペペルティア? それに街も酷いありさまじゃないか……」
「そ、それは……」
レクトルの呟きにベルは目を伏せた。この災厄を招いたのは恐らく自分の存在が原因だったからだ。主であるレクトルには迷惑をかけまいと怠惰の悪魔に似合わない戦いをしてきたが、結果として何一つうまくいかなかった。
サクラは傷つき、魔王核は奪われ、街は崩壊、勇者一向も魔王の前に倒れた。
唯一の救いは死人が出ていないことだった。しかしそれは先に挙げたメンバーの中での話であり、元々街に住んでいた人たちの事は含まれていなかった。もとより、ベルには見知らぬ人まで守る義理などない。それはレクトルも同じだった。
たったひとりの人間が全ての者を救うことなどできないのだ。それは人々の味方である勇者とて同じだ。
現に勇者は現れず、その代行者たるカレンディナも魔王の前に倒れたのだから。
ベルはこの惨状を招いた言い訳をしようとした。だが、その前にレクトルから予想だにしないことを言われ、その感情はどこかへと消え去った。
「なぁ、ずっとその姿のままなのか?」
「え?」
ベルは一瞬何の事と視線を降ろし自分の身体を見てレクトルの言わんとしている事に気がついた。どこかからかうように胸に手を当て答える。
「ふふっ、言った通りだったでしょ? ホントの私はボンッキュッボンッなのよ!」
「……前の方がよかったな……」
自分の胸を誇らしげに張り、いつぞやに聞いたセリフを再び放ったベルを見て、レクトルはボソッと呟いた。ベルがそれを聞き逃すはずもなく……
「は、はぁ!? この素晴らしい身体が目に入らないわけ!?」
「い、いや、前のベルの方が可愛かったなと思っただけだから」
「か、かわっ!?」
実際には大人の女性になったベルに、本来大人の男であるレクトルは内心かなりドギマギしていた。
だが、今はベルとはひとつ屋根の下で一緒に暮らしているのだ。いつものベルと今目の前にいるベルが入れ替わったとした時、レクトルは……海里星一は平常でいられる自信がまるでなかった。
平穏なあの空間を手放したくなかった故の呟きだった。だからと言って前の方のベルが可愛いというのも嘘というわけではない。今のベルは可愛いというよりも、どこか美しさを感じるものだったからだ。
「仕方ないわね!」
思いが通じたのか、ベルの身体が突如光り出し、その光が収まった後には元の、子供に戻ったベルの姿があった。
「おおう、やっぱベルはこうでなくちゃな」
いつもの姿に戻ったベルの頭を盛大に撫でるレクトル。元に戻れることにホッと安堵の吐息をこぼした。
「もう! だからって子供扱いするんじゃないわよ! それに、私のこの姿を望んだんなら、あれはあなたがなんとかしなさいよ!」
「え?」
いまだ撫で続けていた主の手を撥ね退け、ベルが指をさした先にあったのは今にも放たれそうな状況にある魔幻獣ペペルティアの雷撃だった。
一度防がれたこともあってか、それに内包された力は先とは比べ物にならないほどに膨れ上がっていた。
「オイオイマジか」
「頑張ってね♪」
「はは……」
にこやかに笑みを浮かべるベルを見て乾いた笑いを浮かべるレクトル。
『グギャオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!』
その瞬間、壮大な叫び声とともに雷球はレクトル達の場所目掛けて放たれた。
「【縮退星】!」
もはやレクトルの十八番となりつつある魔術を放ち、雷球に対抗する。だが、ここは創作世界の外にあり、創作した力を創作世界以外でも使えるようにする固有スキル【疑似拠点】の領域から離れた位置ということもあり、ペペルティアが放った雷球は【縮退星】に吸収されどこかを彷徨うことなくせめぎ合い、レクトル達の方へとなおも進み続けた。
「ぐっ! マジか! 流石魔王……とか関心してる場合じゃないな。夜の帳を降ろせ! 【夜の帳】!」
レクトルは本来の星の魔術の効果を発揮させる為に創作世界の一部をこの世界に引き寄せる固有スキル【夜の帳】を発動させた。
今となっては契約者が増えたこともあり、持ち出しに星の魔術を登録すれば【疑似拠点】同様に創作世界外でも力を使うことが可能なのだが、レクトルはそこに気付いていなかった。
レクトルの上空を中心に無数の星が煌く夜の世界が広がっていく。
【夜の帳】の効果範囲に入ったことで本来の力を取り戻した【縮退星】は雷球を瞬く間の内に吸収していく。あっという間に飲みつくすと、辺りは静けさを取り戻した。
『ギャオオオオ!!』
だが、その静けさもすぐさま騒がしさを取り戻す。雷球を再び防がれたペペルティアが咆哮をあげたのだ。まるで怒り狂うように今度は6つの手を闇色の魔力が覆う。
そしてそのままレクトル目掛けてとびかかってきた。
「げっ!」
レクトルは魔術に関してはかなり高い……というよりも異常な能力値を誇ってはいるが、守りや物理的力に関係する能力値は軒並み低い。下手をすれば一般人にも及ばない値だった。
「【火球弾】!」
『ギャオ!』
レクトルは取りあえず近づかれないように初級魔術を連射する。だが、それは初級魔術とはいえど、緻密な【魔術制御】によってその数や威力は通常の上級魔術を上回っていた。
だが、ペペルティアはその火球の嵐を6本の拳に纏った闇の魔力をぶつけ、器用に相殺させていく。
「ヤバイヤバイヤバイ、ベ、ベル……!」
「もう、私の主ならもうちょっとちゃんとしなさいよね」
「私も!」
急な展開に焦るレクトルの前に、ベルと、そしてサクラが魔王の前に立ちはだかった。主と共にあるベルとサクラには、もう魔王に対しての恐怖や不安は何もなかった。
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