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101 進化の引き金


「くっ……!」

「ほう、これに耐えるか。いよいよもって貴様のその力に興味が湧いてきたぞ」

「【怠惰(アケーディア)】の力は知っているでしょう?」

「そんなことを聞いているのではないことはわかっているのだろう?」

「……………………」


 ベルはオリエンスの質問には答えずに、再度周囲を見渡す。自分がこの場を離れた僅かな時間に一体何があったのか。焼け焦げ、崩れ、面影も残らない街が眼前に広がっていた。


 眼下にいる勇者一向やギルドマスター以外の命の鼓動は周囲からは確認できなかった。避難しているのか、それとも何かしらの攻撃で死に絶えたのか、ベルにはわからなかった。


 それはベルがいる場所周辺を中心として直径2km近くの範囲にまで及んでいたが、外側に行くにつれて被害は少なくなっているようだった。


「これをあなたがやったの?」

「ふん……」

「答えなさい!」

「なら、こちらの問いにも答えるべきだろうに。……まぁいい」


 オリエンスは眼下の街に瞳を向けながらも、毛ほども興味がない声色で呟いた。


「我が未熟さが生んだ悲劇……とでも言っておこう。我が人生の汚点だ。忘れるがいい」

「何を……」


 事実、オリエンスにとっても今の事態は望んで起こしたものではなかった。大罪のスキルが所有者の性格にまで影響を及ぼし、感情を制御しきれなくなった末路だった。


 だが、かといってオリエンスにとって今の事態は特段困るものでもなかった。結果として最後のピースであるベルは見つかり、勇者一向を始末することができたのだから。


 なら、残す目的を達すればいい。オリエンスは手を掲げると、魔術を発動させる。


「【霊怨手(カスティゲーラ)】!」


 焼けた大地に魔法陣が広がり、数重にも及ぶ恨みつらみが籠った悪霊の手がベルへと襲いかかった。


「……!」


 それの対処にベルが動こうとした瞬間、それを妨げるようにオリエンスが告げる。


「《抗うな》。《逃げるな》。《這いつくばれ》」

「なっ!」


 途端に対処に放とうとした魔術が霧散する。だが、それはオリエンスの力によって消されたわけではなかった。ベルの意思で力を解除したのだ。


 当然、それはベルの意図したものではない。それでも、そうせざるを得なかった。身体が勝手にその選択をしてしまう。


 対処を阻まれたベルを無数の怨霊の手が掴み、巻きつき、拘束していく。ロロットにつかまり、カレンディナに斬られそうになった時のように【怠惰(アケーディア)】の力による拘束力の低下も働かない。


 いや、正確には働かせることができなかった。


 オリエンスがルシファーから奪い取った固有スキル【傲慢(スペルビア)】が持つ力。それは格の低い相手を従える力。それはアスモデウスが保有していた固有スキル【色欲(ルクスリア)】とは異なり、心ではなく在り方に働きかけるものだった。


 その力は生命体だけでなく、事象にまで及んだ。


「ようやくだ。ようやく、この時が来た」


 捕えたベルを前に、オリエンスが笑いを堪えるように額をわし掴む形で手を当てる。


「何をする気?」


 【色欲(ルクスリア)】で操られていた、正確には認識を入れ替えさせられていたカレンディナ達とは異なり、大罪の力について把握しているベルは正確に自身が陥った状況を理解していた。


 それでもなお、冷静を装い問いかける。僅かな希望を信じて、少しでも時間を稼ぐ。


「不安か? だが恐れることはない。今こそ我が計画は成り、我が身と一つになるのだからな」

「あなたと一つに? 冗談じゃないわ」

「そして我が身は更なる高みへと昇る。他の魔王など意に介さない、勇者など足元にも及ばぬ……真の魔王へとな!」


 ベルの言葉は届いていないのか、オリエンスは言葉を続ける。その言葉の中にあった一文にベルが反応する。


「真の魔王ですって?」

「ふっ、そうだ。光栄に思うがいい。貴様はその礎となるのだからな」

「……覚醒のことを言っているのではないのよね」

「当然だ。あんなのと一緒にするな。……いいだろう。冥土の土産に教えてやる」


 オリエンスは高ぶる気持ちを抑え、ベルへと語り出した。


「この世界には進化や特殊な成長を呼び起こす引き金となるものがいくつか存在する。“セカイの鍵”、“双月の瞳”、“三種の神器”、“四聖の霊核”、“五行の天符”、“六道の映戸”、そして……“七つの大罪”」

「……………………」

「無論それだけではないが、今は不要だ。これらは“セカイの鍵”を除き、基本的に複数存在する。ただ一つを保有しているだけでは恩恵は薄く、進化には至らない」


 オリエンスは自身の手の上に6つの光を出現させる。それはベルが持つ【怠惰(アケーディア)】を除いた大罪の力だった。


 ルシファーが保有していた他を従える力……【傲慢(スペルビア)

 サタンが保有していた力を引き上げる力……【憤怒(イーラ)

 レヴィアタンが保有していた場を乱す力……【嫉妬(インヴィディア)

 マモンが保有していた望みを呼寄せる力……【強欲(アヴァリティア)

 ベルゼブブが保有していた力を取込む力……【暴食(グラ)

 アスモデウスが保有していた心を操る力……【色欲(ルクスリア)


 その輝きを見て、一度は理解していたとしても、もういないかつての連れに思いをはせる。その思いは、馴れ合っていた時よりも一層強くなっていた。


 それは今の主が仲間を大切に扱うところが大きいのかもしれない。一時の関係ではなく、一度繋いだ縁を大切にするレクトルの気持ちが、思いが、ベルにもしみ込んでいた。


 だからこそ、続いて発せられた言葉にベルは耳を疑った。信じたくなかった。この事態を招いた自分の選択に後悔した。


「そんな顔をするな。じきに一つになれるのだからな。その時には貴様の内に眠るその力ごと我がものとしてくれる。おおよそ察しはついた。貴様の力の秘密……それは契約によるものであろう? なればこそ、それは我が力の領域にある。進化を果たした折には契約ごと貴様の主とやらを引き寄せ、喰らい、その者ごと我が力に昇華してくれる……!」

「……っ!」


 自分が消えるだけならいい。元はと言えばオリエンスと誓約を交わしたことが発端なのだ。今となってはくだらない欲に負け、愚かな決断をした自分を呪うだけだ。


 だが、それでも、主だけは。あの、幸せに満ちた空間を壊すことだけはしてはならない。


 そんなことを自分の失態で招いてしまうなら、このままオリエンスの一部となりこの身が滅ぶのなら、最後まで抗うのが彼への手向けになると信じて。


「む!?」


 ベルの身体が濃密な魔力を帯びる。起きる異常にオリエンスが更なる拘束をベルへと施していく。


「……許さない……」

「何?」


 ぼそりとベルが呟いた言葉にオリエンスが反応する。その顔をキッとベルは睨みつけると叫んだ。


「舐めるんじゃないわよ! そんなのは……この私が許さない!!」

「なっ! 何が起きている!? この力は……そんな……まさか!」


 レクトルから供給される魔力が荒れ狂う嵐となって吹き荒れる。高ぶる感情に【怠惰(アケーディア)】の浸食が、ベルを堕落させようとする思考の波が押し寄せるが、ベルはそれもろとも押しのけなおも叫ぶ。


「彼と誓ったのよ! サクラを助けるって……静かに暮らしていくって……こんなところで……こんな形で……終わるわけにはいかないのよ!!」


 ベルの身体がひと際強く輝くと魔力の嵐が周囲へと逃れるように爆散、オリエンスをも吹き飛ばした。


 先ほどオリエンスが述べた進化の引き金。それらが進化を呼び起こすのは各々が持つ効果故か。答えは“否”だった。大罪のスキルが個々でしっかりと力を持つように、引き金たる力もそれは同様だった。


 では何が進化を呼び起こすのか。それは秘められた力の大きさだった。力を発揮する為に内包する膨大な力。それらが、必要な数だけ集まり、ある過程を踏んだ時に進化は、特殊な成長は呼び起こされる。


 だが、それは100%行われるものではない。相性や元から保有する力の大小も関わってくるだろう。


 故にオリエンスは入念に準備を重ねた。調査を実施した。確実に進化に至る為。最弱の魔王という汚名を晴らす為。


 そしてついに、今日、進化を目の当たりにした。


 だがそれはオリエンスをはるか高みへ、真の魔王へともたらしたわけではなかった。


 オリエンスが睨みつける先には先と比べ物にならない規模の魔力を身に纏い、大人へと成長を遂げたベルフェゴールの姿があった。


次回1/3更新予定

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