096 新たなる乱入者
すみません、今週忙しく少し短めです。
「はてさて、どうしたものかね」
ロイエンは戦闘を繰り広げる魔王とベル、そして合流した《勇者の楽園》のカレンディナたちを遠目で眺めながら、自身の持つ武器【千変万化】へと視線を落とす。
そこには度重なる戦闘の末にすり減り、無残な姿となった世創道具の姿があった。魔王との闘いに駆け付けようにも、これでは多様な武器を活用する戦法を得意とするロイエンは十分な力を発揮することができなかった。
「やっと見つけたわい」
「……! なぜ、ここに……?」
「お主がわしの努力を無駄にしよったようじゃからな」
「むぐっ」
そんなおり、ロイエンの元へとやってきたのは冠位の座につくデミラスだった。
「【神聖領域】の改善案を思いついたんじゃが、どうやら間に合わんかったようじゃな」
「それは……そうだね、相手の方が思っていたよりも一枚上手だったようでね」
「お主の爪が甘いんじゃろうが」
「手厳しいね」
「そんなんじゃからせっかくの世創道具も泣いておるんじゃ。貸してみぃ」
「あ、あぁ」
ロイエンはデミラスにボロボロになった【千変万化】を差し出す。いつもなら散々愚痴を聞かされたり、理不尽な対価を要求される為、こちらが頼む前に対応に動いてくれたデミラスに少し戸惑い気味だった。
流石に魔王との闘いともなれば冠位と言えど協力的になるのだろうかと思考にふける。するともうオリハルコンの補給が終わったのか、デミラスが【千変万化】を差し出した。
「ほれ」
「ありがとう。助かったよ」
ロイエンがそのまま受け取ろうとした時、デミラスがひょいとロイエンの手をかわす様に【千変万化】を持ち上げた。
「無論、ただじゃあねぇわな」
「……だよね。何をすればいいのかね?」
緊急事態と言えど、やはり平常運転かと断ることもなく対価を聞く。反論したところでロイエンに勝ち目がないことはこれまでのやり取りで理解していたからだ。
「何、難しい事じゃないわい。件の少年と、連絡はとれるんか?」
「件の少年? それはレクトル君のことかね?」
ロイエンは最近話題になったと言えば、魔王や天使、王女様の件で騒ぎとなったレクトルのことがすぐさま浮かび上がった。
だが、レクトルとデミラスとの間にある繋がりといえば、この間【神聖領域】の製作の為に渡した【聖宝珠】のことかもしれないとロイエンは予想した。だが、あれは森からロイエンたちギルドの人員が回収したもので、レクトルが製作したわけでも、見つけてきたわけでもない。
あの素材を渡した時にデミラスはテンションが高かった為、さらに数を要求しようとしているのかもしれないと身構えた。だが、デミラスの反応は予想とは違っていた。
「あぁあぁ、そんな名前じゃったな。連絡つくんなら、また工房に顔だせぇ言うといてもらえるか」
「へ? それだけかね?」
「んあ? そうじゃな。細かい話はそれからじゃ。お主に用はないわい」
「わかったよ。それにしても、いつの間に彼と知り合いになったのかね?」
「あー、秘密じゃ。秘密。安心せい、変なことするっちゅうわけでないでな」
それだけ伝えると、デミラスはヒラヒラと手を振ってこの場を去っていった。
「相変わらず自由人だね。でも、お陰で何とか戦えそうだよ」
ロイエンは体積を取り戻した【千変万化】を使いなれた大剣の形状へと変化させる。使用に問題がないことを確認すると、ロイエンはこの場に駆け付けていた冒険者たちに声をかけた。
「もう大丈夫だろう。君達は引き続き避難誘導に当たってくれたまえ」
「わ、わかった」
「えぇ」
いきなりの冠位の登場に失礼があってはいけないと存在を薄くしていたゼンとセルビアは近くで力が入らなくなっていた屋台の男を引き連れその場を離れていった。
魔王がこちらに対し特に何かしてくる様子もないことを確かめると、何故かまたベルと戦い始めたカレンディナたちを止める為にロイエンは駆け出した。
通常、【色欲】が持つ力の最たるものは色に訴えかけた洗脳、傀儡化だが、ベルが持つ【怠惰】のように効果はそれだけにとどまらない。
系統として特徴的なのは精神、心に働きかけるものが多い。強力だが、相手を選ぶもので効果の現れ方には個人差が大きく出る。
実際にカレンディナやロロットは勇者の従者ということもあり、精神支配には強い耐性を持っていた。
魔王であるオリエンスと言えど、強制的にカレンディナたちに命令を与え、従わせることはできなかった。
だが、今カレンディナ達は明らかに先ほどとは異なり、ベルへと敵意を向けていた。それは強制的にオリエンスから命令を与えられたわけではなかったからだった。
オリエンスが行ったのは認識の置換だった。つまり、ベルとオリエンス、カレンディナが認識している2人の存在を入れ替えたのだ。
行動を制御するのではなく、判断の元となる材料を入れ替えただけ。行動を選択するのはあくまでもカレンディナたち本人となる為、操られているという自覚すらなかった。
とはいっても、これはベルとオリエンスという同じ魔王という似たような存在だからこそ可能となったものだった。流石のオリエンスと言えど、まだ力の制御が万全ではない状態で自身の魔王という認識とカレンディナが慕い、尽くす勇者との認識を入れ替えることは現状できない。
だが、将来的にはそれすらもオリエンスは視野に含めていた。そんなことはつゆと知らず、カレンディナはベルに向けて叫ぶ。
「わたくしをよくもいいように使ってくれましたわね。その罪、その身を以て味わうといいですわ! ロロット!」
「はい、お嬢様!」
フワリ、とロロットのスカートが翻る。その瞬間、無数の短剣が地面に突き刺さった。それだけではない。ロロットの周囲を靡くようにキラキラと光り、揺れ動くものが漂っている。
それはロロットの手から延びた糸だった。ロロットが駆け出すと、その糸に引かれ短剣が宙を舞う。
「影縫」
「しまっ!」
その短剣を巧みに操り、ベルの影へと突き刺し奥義を発動させる。それは行動を阻害する暗器術のLv.5奥義。そこからさらにベルへと糸が巻き付くようにまとわりつく。
「【弱呪】」
捕縛、そして弱体化。流れるような所作でカレンディナのサポートを行うロロット。タイミングを見計らったかのようにそこにカレンディナが勇者の特性たる光を纏わせた渾身の一撃を放つ。そこには確かな信頼関係があった。
「魔王、これで終わりですわ!」
「ああもう! あなた達がその気なら、こっちも容赦しないわよ!」
ベルはまるで拘束が意味を成していなかったかのように簡単に、バラっとロロットの糸を振り解くと瞬時に【魔王の矜持】の覚醒状態に移行し、手の形をした黒紫の翼によってカレンディナの剣を受け止めた。
「なっ!」
「お返しよ!」
剣を翼で掴むと上へ持ち上げる。そのままがら空きになったカレンディナの胴へ手を添えると純粋な魔力を撃ち込んだ。
「かふっ!」
「お嬢様!」
カレンディナはその衝撃を受け、そのまま吹き飛ばされると建物へと叩きつけられ轟音を響かせる。自身の失態により招いた主の悲劇にロロットは悲痛な声とともにカレンディナの元へと駆け寄った。
瓦礫をどけてカレンディナを助け起こすが、気絶しているのか意識がはっきりとしていない。
「あくまで殺さずか。悪魔にあるまじき甘さだ。相変わらずだな、ベルフェゴール」
「誉め言葉として受け取っておくわ」
「ふん」
その光景を見ていたオリエンスは焦った様子もなく、ただ事実を確認し思ったことを口にした。だが、内心はいまだ測り切れないベルの力に戸惑いを隠せないでいた。
数十年前、ベルとオリエンスが誓約を交わした時はベルは確かに魔王候補と言われる大罪の悪魔に名を連ねる上位の悪魔だったのだ。それ故に身に漂う赤黒い瘴気も色濃く、魔王核の譲渡によってその濃度はさらに増していた。
それが今や影も形もない。それどころか、生粋の魔王の力を取り戻した自身ですら手こずる勇者の力をものともしていないのだ。瘴気を抑える術を手に入れたなどという話ではないことはすぐに理解できた。
「だが、あれしきのことで我が【色欲】が解けると思わぬことだ」
「あら、もう自分のもの気どり? コソ泥が聞いて呆れるわね」
「直にその生意気な口もきけなくしてやる」
「やれるものならやってみなさい」
強気に返すベルだったが、内心焦りは消えていなかった。なんとか凌ぐことはできても、ベルにはオリエンスに与えられる有効打がないからだ。
望みであった【魔天契合】でさえオリエンスの護力を上回ることはできなかった。また、効いたとしても同じ力はしばらく使うこともできない。
それ以外でベルが持つ力は【堕落鎌】と【黒剣】による物理攻撃と火と闇の魔術攻撃、それに大罪としての力があるだけだ。どれも生半可な出力ではダメージすら与えられない。
ベルが考えられるオリエンスへの有効打は、別れ際にフェニックスが放った一撃だった。サクラが持つ【星桜刀】に込められた【障壁透過】に【理論剛体】、【切味調整】と攻撃に特化した力、【反応強化】や【認識阻害】といった当てる為の力。
重要なスキルをたった一つの武器で揃えた破格の性能を誇る【星桜刀】。それに力を籠め、不意の一撃を魔王核に叩き込めれば……。
そう、ベルにできることはただ仲間を待つことだけだった。
それまで生き延びる事。
だが、無情にも物事は思うようには進まない。突如ベルへと向けられた殺気。ゾッとする気配に振り向いたベルの視線の先にいたのは、黒い服に身を包む金髪の少女と赤と白の服に身を包む黒髪の少女。
金髪の少女シュゼリアはカレンディナの治療にあたっていた。祈りによって現れたやわらかい光がカレンディナを包み込むと、その身を癒していく。
対してそれとは真逆に殺気をむき出しにしてベルの方へと歩を進めるキサラは腰の刀を引き抜き、徐々にその足を速めていく。
どこかサクラに似た格好。
サクラの服は巫女風ではあるが、ワンピース状で淡いピンクの桜模様だ。それに対し、キサラが着ているのはまるで血で染まったかのような真っ赤な色のミニスカートの巫女服だった。
殺気にのまれてか、呑気にそんな比較を頭の中で行っていたベル。だが、すぐにこのままではマズいと激しい危機感とともに理解する。
「わが友を傷つけた報い、その身で受けよ」
「――っ!」
その一言とともにキサラの姿は掻き消え、まるで【絶影】を発動させたロロットであるかのようにベルの背後に移動し、その刃を振り下ろした――
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