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094 再会


 魔王との闘いが本格化し出した頃、アシュリアは人間の犯した罪深さにただ呆然と現実が受け入れられずにいた。思考が停止し、ただ立ちすくすのみだった。


 襲い掛かるイルガイムに対し、最初に動いたのはリスティだった。


「姫様! ごめんなさい!」

「きゃあっ!」


 自身への殺気を感じたリスティはある望みにかけてアシュリアをイルガイムの向こう側へと投げ飛ばした。


「あぐっ、リ、リスティ!」


 地面に叩きつけられ、身体に激痛が走りつつもアシュリアはすぐさまガバッと顔を上げると自分を庇ってイルガイムに襲われたリスティへと視線を移す。


 そこには大量の血を流しながらも短剣片手に懸命に戦うリスティの姿があった。


「姫様はお逃げください! 早くっ!」

「そんな! リスティを置いてなんてできません!」

「私の事はお構いなくっ! すぐに追いつきますので!」

「無理です! こんな、こんなにいっぱいいるのに……」


 アシュリアはなんとかリスティを助けようと【聖罰の瞳】の力を発動させようとするが、頭に殺されたイルガイムの子供の姿がフラッシュバックし、力を発動できずにいた。


(どうして……! このままじゃリスティが……リスティが……!)


 アシュリアの力はよくも悪くも正義と悪意を判断し、裁く。だが、正義とは置かれる立場や視点によって大きく変わってくるものだ。


 戦争で活躍した英雄は相手の国からすれば殺したいほど憎い者となるだろう。


 アシュリアの固有スキル【聖罰の瞳】は真実を基に、アシュリアの視点によって判断が下される。故に国を愛するアシュリアの力は、過去、多くの悪意から国を守ってきた。


 だが、今回は引き金を引いたのは人間側だった。発端である魔物……イルガイムを生み出したのも南の地の帝国であれば、その子供を殺し挑発したのも本来民を守るべきはずの騎士団の一員だったのだ。


 勝手に生み出され、子供を殺されて、その報復をすることが悪ならば、人間とは一体どれほど傲慢な生き物なのだろうか。


 生きる為の糧として殺すならまだしも、至福を肥やす為に。


 そんなの、殺されても仕方がない。


 アシュリアはそう、思ってしまった。報復するのも当然だと。それを止める権利など自分にはないと。故に、アシュリアの力は発動しない。


 悪いのは自分たちなのだから。それを行ったのは自分たちではないにしても、それはイルガイムにとって重要な事ではない。


 アシュリア達がイルガイムの個体をきっちりと識別ができないように、イルガイムもまた、人間を一括りにしているからだ。故に報復の対象は子供を殺した者ではなく、人類全てとなる。


(どうしたら……!)


 こうしている間にもリスティの身体には傷が増えていく。普段は温厚な聖霊種とはいえ、その力はS(クラス)に分類されるのだ。類まれなる実力を持ち、王家に使えるリスティと言えど抗える相手ではなかった。


 それでも、アシュリアは諦めたくはなかった。例えこちらが悪くても、大切な人を失っていい事にはならない。リスティに投げ飛ばされたことで意識を覚醒させたアシュリアは少しでも気を引き、リスティからイルガイムを遠ざける為に魔術を放った。


「水塊よここに、潤せ【水球弾(レボル)】!」


 バシャっと、イルガイムの身体に水塊が接触し、その身体を濡らす。だが、イルガイムはチラッとアシュリアの方へ視線を向けはするが、すぐさまリスティの方へと向かってしまう。


「どうして……」


 アシュリアはまるで相手にされていないようだった。その間もリスティはイルガイムの猛攻を受け続け、いまや防御魔術を展開し、ただその攻撃に耐え続けているだけの状態だった。その防御魔術にも綻びが出来始め、長くは持たないことは一目瞭然だった。


「水塊よここに、潤せ【水球弾(レボル)】! 水塊よここに、潤せ【水球弾(レボル)】!」

「姫様……」


 何度繰り返しても、イルガイムがアシュリアの方へ向かってくることはなかった。狙われないのならば、逆に攻撃をと思うが、アシュリアには【聖罰の瞳】を用いない攻撃手段は水属性魔術しかなく、それはS級のイルガイムに通用するレベルのものではなかった。


 下手をすればいたずらにリスティの防御魔術を崩し、止めを刺すことに繋がりかねない。


「リスティから離れてください!」


 魔術でだめならと、今度は大胆にもイルガイムの尻尾を引っ張り、リスティから引き離そうとする。だが、それでもイルガイムはアシュリアに敵意を移動させることはなく、パシッと軽く払うだけでものともしない。


 アシュリアにできたのは、大切な者が傷つけられるのをただただ呆然と見ていることだけだった。


 レクトルにもらった腕輪を使うことも考えた。だが、それは自分が移動するだけだ。リスティまで含めようと思うと、必然的に暴走状態にあるイルガイムまで転移に巻き込まれる可能性があった。


 転移した先にいるのはアシュリアにとって一度失いかけた大切な友達なのだ。死んだと思っていた矢先にやっと出会えたのに、仇を取ると力強く請け負ったのに、そんな危険を孕んだ行為を行うことなどできなかった。


 なら、助けを呼んでくるか。そう思ってもここまでリスティの操馬の腕があってこそここまで短時間で来ることができていたが、アシュリアだけではどれだけ時間がかかるかわからない。……それにこの場所に再び戻ってこれる自信さえアシュリアにはなかった。その間リスティが耐えられる保証もない。


 残酷にも時間だけが過ぎていき、そしてついに、リスティを守っていた防御魔術がパリィンという音とともに砕け散った。


「……っ!」

「リスティ……!」


 アシュリアがリスティを助けようと手を伸ばしたその矢先、突如眼前を金色の光が迸った。


「……え?」


 その光に触れたイルガイムはまるでそこには最初から何もいなかったかのように、幻となってかき消えていく。


 その金色の光はアシュリアとリスティをも包み込む。だが、イルガイムのように消えるようなことはなかった。それどころか……


「あたたかい……それに傷が……これは一体? ……えっ!?」


 何事だと思い、顔を上げた瞬間アシュリアの目の前に金色に輝く見上げる程に大きな狐がいた。息を荒げ、フラついてはいるが、その狐はどこか見覚えのある優しい瞳でアシュリアを覗き込んでいた。


「はぁ、はぁ、……よかっ……た……」


 そして響く聞き覚えのある声。


「レア……姉さ……ま……?」


 アシュリアは確かめるように問いかける。だが、返事は返ってこない。それどころか、黄金に輝いていた狐はその輝きを失うと、ゆっくりと横に倒れて込んでしまう。


「え?」


 呆然とそれを眺めていたアシュリア。唐突な事態に反応できず呆けてしまう。すると、今度は倒れた狐から立ち上がる人の姿があった。


 その姿に、アシュリアの疑問は確信へと変わっていく。


「レクトル様……!?」


 だが、レクトルであろうその者もアシュリアの問いかけには答えない。フラフラと無言でアシュリアの方へと近づいてくる。


「あ、あの……?」


 いつもと違う様子に少し後ずさるアシュリア。それでもレクトルは気にした様子もなく歩を進め……そしてそのままアシュリアを通り過ぎていった。


「へ?」


 意味が分からずアシュリアは振り返る。そこでレクトルは生えていた樹に身体を預けるとそのまま――


「おぼろろろろろろ」

「ええっ!?」


 吐いた。それはもう盛大に。


 余りにもな状況に、アシュリアは事態が呑み込めず後ずさる。すると今度はレアと思わしき狐の方から呻き声が聞こえた。今度はなんだと耳を澄ませば、また、聞き覚えのある声がアシュリアの耳へと届く。


「お姉ちゃん……重い……」

「リアちゃん!?」


 その声は倒れた狐に挟まれていたリアから発せられたものだった。死の淵からなんとか生き延びたのも束の間、混沌とした状況に戸惑いつつも倒れた大きな狐に挟まっていたリアをなんとか助け出す。


「ありがとう」

「い、いえ。それよりも、少し聞きたいのですが……この大きな狐はレア姉さま……なのですか?」

「うん。でも、ちからをつかったから……」

「そう……ですか」


 大きな狐の姿のレアに再度視線を移す。倒れてはいるが、それは疲れて眠っているだけのようで呼吸も先ほどに比べ落ち着いていた。


 すると身体がまた光りだし、今度は徐々にそのサイズを小さくしていく。光が収まったその場所には裸のレアが横たわっていた。


「レア姉さま!」


 その姿に慌ててアシュリアが駆け寄ろうとしたところで、レアにふぁさっと布をかぶせる者がいた。


「レクトル様……」

「あぁ、王女様か。どうやら間に合ったようだな。大分落ち着いたが……お陰で酷い目に遭った」

「大丈夫なのですか?」

「あぁ。ちょっとあまりにもの揺れに酔っただけだ。大したことじゃない。取り敢えず、無事でよかった」

「助けに来てくれたのですか? でも、どうして……」


 レクトルの会話からどうやら自分たちを助けに来てくれたことを理解したアシュリアはレクトルへと問いかけた。ここはレアにとって悲劇の元となった原因が潜む場所なのだ。


 そんな場所に、自分を助ける為に。助けに来てくれた嬉しさと、レアをこの場に導いてしまった後悔がアシュリアを襲う。


「それだけレアにとってアシュリア王女……あなたが大切な存在だということだ。どうやら、俺が渡した【星屑の涙】が俺の従者ではない王女様には使えないんじゃないかということに気が付いたみたいなんだけど……な……? ……何故か知らんが、問題なく発動しているな」

「あう……それは……」


 なんとか従者以外にも使えるようにならないかと考えていたレクトルはある一つの可能性を考えていた。従者に対し登録をして創作物を持ち出す際に重要となるのは契約を通しての魔力供給だった。


 それならば、事前に創作物にレクトルの魔力を込めておけば従者ではなくても、登録をしていなくても外で使えるのでは? と仮説を立てたのだ。


 それを実践しようとしたところで、一応異常がないかアシュリアに対し【魔力解析(アナライズ)】をかけた所で気づく。その仮説を実行するまでもなく、【星屑の涙】の効果が問題なく発揮されていることに。


 そんなはずはないと、レクトルは経緯を思い出す。だからこそここまで急いで駆け付けたのだ。だが、アシュリアには心当たりがあるらしくレクトルの視線を避けるように横を向く。そこでまだ傷つき倒れているリスティの姿が目に入った。


「あぁっ!」


 思いがけない事態が続き、これまで自分を守る為に戦ってくれていたリスティの事を完全に忘れていた。危機が去ったとはいえ、尽くしてくれている配下になんて酷い仕打ちかと自分を殴りたくなる衝動を抑え、慌てて駆け寄った。


「リスティ、大丈夫ですか!?」

「姫様……無事で何よりです」

「傷が……」


 リスティが負った傷は思っていたよりも深く、助け起こしたアシュリアの手を真っ赤に染めた。黄金の光によってもたらされた癒しは軽いものでしかなかった。意識も朦朧としている。だが、アシュリアはまだ治癒の魔術を使うことが出来ないでいた。


「レクトル様……」


 助けを求めるようにレクトルを見つめるアシュリア。レクトルも先ほどの疑問を一旦保留にし、リスティの元へと歩を進める。


「俺も治癒の魔術を使うのは慣れてないんだが……」


 今まではハクナに頼むことが多かった。それ以外はもっぱら何でもありの【極光天(オーロラベール)】頼りだったのだ。だが、こんなところで使えば前回の二の舞となる。


 この国でも女神の羽衣(ヴィーナス・クロス)などという噂が広がることを良しとしないレクトルは効果が高そうな魔術を【知識書庫(アーカイブ)】で調べると、詠唱を開始する。


「我祈り捧げるは蒼空の天使、癒しの象徴、安寧の記憶」

「え?」


 レクトルの詠唱に従い、足元に複雑怪奇な魔法陣が展開されていく。その密度に、込められた魔力に、アシュリアは驚きを隠せないでいた。


 それはギルドマスター戦でレクトルが多用していた初級魔術とは異なり、明らかに最上級に匹敵する魔術だったからだ。


「恵みを此処に、威光を示し、綴る思いを聞き届けたまえ。我らに慈悲を。【涙癒滴(ティアドロップ)“天使”(“エンジェリア”)】!」


 詠唱を終えると一滴の雫がどこからともなく現れ、リスティの頭上へと落とされる。その瞬間、光輝く羽がいくつも舞い上がり、癒しの力が込められた淡い光がリスティを包み込んだ。


「傷が……」

「リスティ……! よかったです……」


 あれだけ酷かった傷がみるみる内に塞がっていく。【涙癒滴(ティアドロップ)】の魔術はその涙の種類によって回復の度合いが変化する。“妖精”、“精霊”、“天使”、“女神”の順にその効果は増していく。


 今回レクトルが使用した“天使の涙”は上から2つ目の効果を持つ魔術だった。階級としては聖属性魔術のランクAに相当する。扱える者が限られる魔術だ。


「その、ありがとうございます」

「いや、礼には及ばない」


 取り敢えず危機は脱したらしいことを確認すると、レクトルは今度はレアの元へと移動し魔術を発動させた。


「【快癒泡(バブルサーナ)】」


 それは傷や体力ではなく、疲労を回復させる魔術だ。実際、レアが倒れたのはここまで力をフルで使い続けた結果だった。傷を負っているわけではない。


「さて、どうしたものか」


 落ち着きはしたが、ここは魔物が蔓延る森の中だ。直に他の魔物がすぐにやってくる可能性が高かった。わざわざこんな場所で休憩することもない。


 アシュリアを無事保護できたこともあり、一旦創作世界(ラスティア)へ戻ろうかと考え始めた頃、レクトルの背後に転移する者が現れた。


「ここにいましたか……」

「え?」


 レクトルが振り返ると、そこに立っていたのはサクラだった。だが、普段と様子が異なることにレクトルはすぐに気がつく。


「その瞳……フェニア……か? いや、それよりも……!」

「探しましたよ……どうか、ベルフェゴール……を……」

「サクラ!」


 フラッと倒れるサクラを見て慌てて駆け寄り抱きとめるレクトル。お腹に空いた服の穴と付着した血に焦りはしていたが、どうやらもう傷は塞がっているらしいことを確認すると安堵する。


「一体、何があったんだ?」


 一難去ってまた一難。サクラはベルと一緒に街に出かけていたはずだ。それなのに……と、フェニアが残した言葉がレクトルの不安に拍車をかけていた。


次回11/25更新予定

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