093 勇者代行
「あ、あの、ご主人様? なんといいますか、その、こそばゆいのですが……」
「え? あ、わるい、無意識に撫でていたみたいだ。レアの毛は気持ちがいいな」
「気持ちいい……。いえ、その、今はアシュリーが大変な時なので……ご主人様に気に入っていただけるのは嬉しいのですが、集中が、その……できないので……」
「いや、完全に俺が悪かった。走るのに集中してくれ」
「はい」
レアに跨りそんなやり取りをしながら地を駆ける中、レクトルは突如ブルリと身を震わせた。
「どうしたの?」
「いや、なんでもない」
リアの問いかけにそれとなく返すレクトル。フェニアのつぶやきが届いたわけではないだろうが、レクトルは寒くもないのに寒気を感じたことを不思議に思いながらも前を向いた。
「あとどれくらいかかりそうなんだ?」
「わかりません。私も正確に距離を把握しているわけではないので……」
「そうか、そうだよな」
レクトルが元いた世界とは異なり、この世界にはカーナビもそもそもGPSのようなものもない。大雑把な地図による方角と、移動手段によるおおよそのかかる日数がわかっているだけだった。
もちろん、魔術道具を用いた詳細なデータを保有している者もいたが、それは王族や貴族、一部の商人などに限られていた。
この世界でも同じようなものは創れないかと考えた所で、レクトルはあることに気が付いた。
「あれ? そういえば、前にも似たような事があったな」
「ご主人様?」
いつだったかと思考を巡らせ、思い至る。
「そうか、ギルドを探していた時だ」
そう、どこにあるかわからず、地図を求めたのだ。そして、その時の対応が今に結び付く。
(やってみる価値はあるな)
レクトルは意識を集中する。あの時は街全体を俯瞰するように魔力を周囲にとばしていた。だが、今回はあの時とは少し目的が異なる。
(レアが走ってる方向が合っているとするなら、前方に、少し範囲を広げる為に扇状に、対象はそのままアシュリアを……ついでに森に集まっているという魔物の調査も兼ねて……と)
今回解析をかける範囲は前回とはさらに比較にならない。レクトルは膨大な魔力をかき集め、使い道を定め、放つ。
「【魔力解析】……!」
ズオッと魔王がこの場にいても卒倒しそうな量の魔力がものすごい速度で消費され、レクトルの前方に向けて放たれた。それは通過した先にある人や魔物を捉え、さらに突き進んでいく。
「結構遠いな……あっ、確かに森に魔物が多い……かなりの数だな。アルストロメリアの西の森に増えていた魔物より断然多いな」
「ご主人様……?」
レクトルがなにやら始めた事に気付いたレアが恐る恐る問いかけるが、レクトルは集中していたためそれに気づかない。【魔力解析】によって判明した先にどんどんと意識を飛ばしていく。
「むっ、大量の人の気配……街か。これがカドラックなのか? だとしたら方角は問題ないな。でもあの王女様は……街にはいなさそうだが……」
「一体どうやって……」
「すごいしゅうちゅうしてる……」
レアがレクトルの顔の前で手をヒラヒラしてもレクトルは気づかない。目を瞑って、アシュリアの捜索に全力で気を飛ばしていた。そして、ついに……
「いたっ! 森の中だったか……でも、これは……」
「え? 森? ご、ご主人様? アシュリーは無事だったのですか!?」
「無事……なんだが……」
「なんだが?」
レクトルはその先の言葉を言うべきか迷ったが、こちらに顔を向けるレアに黙っていることはできず、告げた。
「魔物に囲まれている。それもS級の聖霊種? の魔物だ。2匹、3匹の話じゃない……10匹は軽く超えている」
「――っ!」
その瞬間、レアの身体が大きく震えた。レクトルは一瞬転げ落ちそうになるが、なんとかバランスを保ち、堪えた。
「ご主人様……私にその場所を、教えてもらえますか?」
「え? でも……」
「お願いします」
「あ、あぁ」
レクトルはレアの強い意志に負け、その場所をレアへと伝えた。それは前回、サクラやハクナに地図を譲渡した時と同じように無意識に【魔力解析】での解析結果をそのままレアへと伝えてしまった。
それは場所だけではなく、アシュリアが現状置かれた状況をそのまま、ぼかすことなくレアは知ることとなった。
「アシュリーっ!!!」
「うおっ!」
ドッっと大気が震えた。それはレアの跳躍により生じたものだった。友の危機にレアはさらに速度を上げ、目的地を目指す。今度は明確にアシュリアのいるところに向けて。
「これは……」
「きれい……」
その姿は金色に煌いていた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「やっときたわね」
「勇者の一味か……」
ベルは待ち望んでいた魔王に対抗できるあてがやっときたことに胸をなでおろした。だが、この時のベルの見込みは甘かったと言える。
「さぁ、いきますわよ! 高貴なる我が身に集いし思いたちよ、わたくしに力を貸しなさい!」
ふわっとカレンディナの周りに色とりどりに輝く宝石が出現する。それは色、形、大きさが揃っておらず、バラバラだった。ただ、そこに秘められた力は普通ではなかった。それはカレンディナに集う数々の絆の結晶と言えるものだった。
「リサ。あなたに代わり、わたくしが勇者代行としてこの街を救ってみせますわ!」
ひと際大きく、明るい輝きを放つ宝石が天に手を掲げるカレンディナの真上へと移動する。宝石はそのまま光となり、カレンディナへと吸収されていく。
その光はカレンディナのドレスを彩り、鎧のようなものを構成していく。その姿はまさしく勇者といえた。
「いきますわよ、ロロット! あなたはわたくしのサポートを!」
「はい、お嬢様!」
家から家へ、跳躍し魔王の元へと駆けるカレンディナ。その手には剣が握られていた。豪華な装飾が施されたその剣はおよそ少女が持てるサイズではなかったが、それを苦も無く携え魔王に立ち向かっていく。
「形勢逆転ね」
「何を言っている? 寝ぼけているのなら我が起こしてやろう」
「きゃあ!」
勇者の従者の到着に気を落ち着かせたベルは事実を突きつけるが、オリエンスは何の冗談だとベルを襲い掛かるカレンディナの方へと蹴り飛ばした。
「魔王覚悟!」
「へぁあ!? ちょ!!」
ベルは無理な姿勢からいきなり斬りかかってきたカレンディナの剣撃を間抜けな声を上げながらもなんとかギリギリのところで【堕落鎌】で受けきった。
「いきなり何するのよ!」
「それはこちらのセリフですわ! 罪もない人々を恐怖に陥れ、無慈悲に蹂躙する魔王はここで朽ち果てなさい!」
「そ、それはあっちでしょ! 私はもう魔王じゃないわよ!」
ベルは【堕落鎌】に力を籠め、カレンディナの剣を押し返すとビシッとオリエンスの方を指さしながら体裁も気にせずに断言した。
「そんな姿で何を言っていますの!? どこからどう見ても魔王じゃありませんの! わたくしをばかにしているのなら、容赦しませんわよ!?」
「へ? あ、こ、これは見た目だけよ。ほら、私はか弱い女の子なんだから!」
ベルはこんなところで勇者の従者まで相手にしてたまるかと、スキル【存在偽装】を発動させ、元に戻っていた角や羽を消し、普通の少女だと言い張った。
「わたくしたち以外で魔王とやりあえる普通の女の子がいると思っていますの!? まだ言い訳を続けるなら容赦しませんわよ!? だいたい、その身から感じる瘴気が何よりの証拠じゃ……あり……ませんの……?」
今更過ぎる言い訳に切れそうになったところで、カレンディナは自分で言いながらある違和感を感じて言葉が尻すぼみしていく。
「ロ、ロロット……?」
「お嬢様……私にも、彼女から瘴気は感じられません……」
「どういうことですの?」
「だから、さっきから私は魔王じゃないって言ってるじゃない!」
「ほ、本当に……?」
カレンディナは自分でベルの身をいくら調べても瘴気を感じられない事実に困惑していた。なにせ、この戦いに乱入する前に目の前の赤い髪の少女が金髪の魔王に立ち向かうところを見ていたのだ。
自分たち以外でそんなことができる者にカレンディナは心当たりがなかった。可能性として考えられるのは……
「あなた、もしかして昔にリサと友好を深めたことがあったりするのではありませんか?」
「ないわよ。あなた達と一緒にしないで」
「では――」
「さきほど、あなたは“もう魔王じゃない”と言いましたね?」
「ちっ、目敏いわね……」
カレンディナがでは何者なのかと問いただそうとした瞬間に、カレンディナと一緒にこの場に現れたメイドであるロロットが気づき、問いただした。
うっかりと口走っていた言葉に回答に詰まるベル。今は魔王ではないにしても、元魔王ともなれば勇者の従者である彼女たちはよしとしないだろうことは明白だった。
「魔王が継承された……? まさか、前魔王が生きたまま代替わりがあったというんですの!?」
「そんなことはどうでもいいのよ。大事なのは、今問題を起こしているのはあっちの魔王ってことでしょ!?」
「それは……」
気にはなる。だが、カレンディナはもう一人の金髪の魔王へと視線を向け、感じる力に、瘴気の濃さに、息をのんだ。確かに、目の前の赤髪の少女とは比較にならない程に強力な、明確な魔王だった。
「そのようですわね」
「わかればいいのよ」
ベルはなんとか魔王と勇者の従者、両方を相手にしなければならない事態を回避できたことに安堵した。だが、油断できないことに変わりはない。レクトル達仲間とは違い、敵なのにかわりはないからだ。
「ですが、あなたの言い分を認めたわけではありませんわ」
「結構よ。まずはあいつをぶん殴るその邪魔さえされなければそれでいいわ」
「敵対していますの?」
「そうね。あいつは私の大切な人を傷つけた。許すわけにはいかないのよ」
「あの時の桃色の髪の少女かしら? それは戦う理由としては十分ですわね」
「……気づいていたのね」
「今のあなたをどこかで見たことがあるような気がしただけですわ。気づいたのはロロットですもの。そういうことなら、あの時のお礼として、一時休戦を認めますわ」
カレンディナはどこか魔王らしくないベルに不思議な感情を抱きながらも、共闘を決意した。今なお動く気配はないが、もう一人の魔王の強大さは尋常ではなかったからだ。
ベルとのやり取りの間も神経を研ぎ澄まし、行動を監視していた。
「茶番だな」
だが、それはオリエンスも同じだった。本来であれば、巻き起こる戦闘で相手の情報を少しでも手に入れようとしていたのだ。だが、蓋を開けてみればコントのようなものを繰り返すだけで対して力を引き出すことさえなく状況は落ち着いてしまった。
これ以上の収穫も期待できない。ともなれば、もう用はないとオリエンスは行動に移した。
「お嬢様!」
「舐めないでくださいまし!」
オリエンスが突如起こした行動にいち早く気づいたのはメイドのロロットだった。その声に反応したカレンディナがすぐさま対抗する。緑に輝く宝石を自身と魔王の間に介入させるとその力を解き放った。
それはカレンディナ達を優しく包み込むように展開し、オリエンスが放った魔術を見事に受け止めた。
「へぇ、やるじゃない」
「相変わらずメイナの盾は強固ですわね」
「はい。あの子は不器用ですけど、その思いは誰にも負けてません」
「えぇ、あなたの思いは魔王にも打ち勝ったと伝えられるように、気を引き締めますわよ」
「はい、お嬢様!」
勇者リサ・ルクウィーリトゥム・セキハラの2人目の友達であるカレンディナに与えられた勇者装備は“貴族のお嬢様”をモデルとした豪華なドレスだった。元より貴族であるカレンディナにとっては本来のコスプレにはまるで当てはまらないのだが、その装備によってカレンディナの固有スキルは本来のものから書き換えられた。
【貴族の責務】。それが新たに得たカレンディナの力だった。それは自分を慕う者の力を借りて、自分が守るべき者の為に戦う為の力。
結ばれた絆を宝石として具現化し、それを切り替えることで様々な力を発現させることが可能となる。それは結ばれた絆が強固であるほど、思いが強いほど強くなるその人の人望が問われる力だった。
相性がよければ複数の同時発動も可能となる。カレンディナの元に集った力の大半は《勇者の楽園》のメンバーだった。相性が悪いはずもなく、カレンディナは何の負担もなく複数の力を発動させていく。
各々の仲間が得意とする力を一時的に借り受け、我がものとする。
それはカレンディナ自身が慕う勇者リサのものまで含まれる。瘴気に打ち勝つ力。勇者としての特性すらその身の纏い、カレンディナは勇者リサの代わりに魔王へと立ち向かう。
次回11/18更新予定




