092 大罪の力
「ベルフェゴール君!」
「ギルドマスター? これは一体何があったんだ!?」
ベルが投げつけられた建物へと駆けつけるロイエン。そこに駆け付けた冒険者がやってきた。だが、ベルは何事もなかったかのように平然と立ち上がる。
「大丈夫なのかね?」
「私なんてどうでもいいのよ! サクラは!?」
ベルは介抱しようとするロイエンの手を振り払い、建物から飛び出る。そこには血を流しながらこちらに手を伸ばした姿勢で倒れ込んでいるサクラと、魔王核を取り込み、高笑いを響かせるオリエンスの姿があった。
「サクラっ!!!」
その姿を目にした瞬間、悲痛な面持ちでサクラの元へと駆け寄るベル。「サクラ! サクラ!」と身体を揺さぶるが、意識は戻らない。
「おい、あの姿……あれって魔王じゃないのか!?」
「いや待ちたまえ。彼女は……」
ベルの姿を見た冒険者ゼンが叫ぶが、ロイエンが戦闘態勢に入るゼンを制止する。
「どういうことなの? ギルマス。説明してちょうだい」
「時間がない。今は彼女は味方と思ってくれて構わない。今回襲撃してきたのはあちらだ」
ロイエンが指し示す先にいた魔王を見やり、セルビアは無意識に後ずさった。
「あれが魔王? 冗談よね。あんなの……勝てる訳ないじゃない……」
「無論、君達にやり合ってもらうつもりは毛頭ない。だが、今この場から逃げるのも控えてもらいたい。過去の記録が本当なら、あの魔王は逃げる者に容赦がない。守れる保証はないよ」
「戦う事もできず、逃げることもできないなら、どうすればいいのよ」
「私が魔王をここから遠ざける。もしくは彼女が戦ってくれればよかったのだがね……」
ロイエンが視線を向けた先にいたベルは必至にサクラを起こそうとその身を揺さぶっていた。ロイエンはあの強気な魔王とは思えないその所業に困惑気味だった。
「そんな、お願い、起きなさいよ! あなたが死んでしまったら、私は……彼は……」
「クハハハハ! これは素晴らしい! やはり、我が魔王核は身体に馴染む!」
そんなベルに対し、オリエンスは久々に取り戻した自身の核よりあふれ出る力に歓喜していた。
「後はベルフェゴール。貴様の力を奪えば、我が計画は成る」
「私の力……? さっきからなんなのよ! 私が……私たちが何したって言うのよ!」
嘆くベルにオリエンスの剣が迫る。振り下ろされた剣。サクラを失ってしまえばレクトルに合わせる顔がないとベルの反応が遅れる。だが、そこに割り込む者があった。
「サクラ……?」
そう。それはベルの前に倒れていたサクラだった。だが、その瞳の色は薄桃色から緋色へと変わっていた。オリエンスの剣撃を受け止めながら、呆然としているベルへと言葉を投げる。
『情けないですね。それでもかつて魔王だった者ですか? サクラをあまり失望させないでください』
「なっ!? その言い方、あなたフェニックスね!?」
『聞くまでもないでしょう。もしかして、それすらわからない程に耄碌しているのですか?』
「言ってくれるじゃない。あなたこそ、サクラのことちゃんと守れるんでしょうね」
『当然です』
「ぬっ!?」
そうベルに返した瞬間、フェニックスは【星桜刀】に魔力を込めると、そのままオリエンスを押し返した。振り抜きざまに【緋焔】を飛ばし、追撃とともに距離をとる。
お腹に開いていた穴も燃え上がり、徐々にその傷を塞いでいく。
『とはいっても、長くは持ちません。あなたの指示通り、サクラの王子へと助けを求めましょう。それまで耐えられますか?』
「耐えられるかどうかじゃない。耐えるのよ。いえ、そうじゃないわね。あいつに一泡ふかせてやらなきゃ気が収まらないわ」
『ふっ。流石ですね。あなたはそうでなくては。それでこそ、サクラが憧れた者の一人です』
「え? それってどういう……」
『では、最後に一撃を加えて私は離脱します。ご武運を』
「え、えぇ」
サクラ(フェニア)の背後に炎の翼が出現する。フェニックスが持つスキル【天翼】によるものだ。フェニアが表層に出てきているときは、フェニア自身のスキルを使用することが出来ていた。その羽ばたき、そして炎の推進力を以てオリエンスへと肉薄するサクラ(フェニア)は【星桜刀】へと魔力を込める。
「まだ人間に味方する悪魔がいるとは! この悪魔の面汚しどもめ……!」
『私が味方するのは人間ではなく、サクラです。ひとまとめでしか見れないあなたにはわからないでしょうが』
そして放たれる一撃。それは悪魔であるフェニックスが持つ力と、サクラが持つ力の合わせ技だった。
『不死桜の焔剣』
それは【星桜刀】を覆うように現れた巨大な大剣だった。それを一閃、横薙ぎに振り払う。それはオリエンスが持つあらゆる障壁を透過し、オリエンスに深々と大きな傷を刻んだ。
「バカな……!」
サクラが持つ固有スキル【過剰解釈】によって【星桜刀】が持つスキルが現れた焔剣へと適用されるように解釈した。
それはつまり、【反応強化】によって敵を捕らえ、【理論剛体】によって壊れることはなく、【障壁透過】によってあらゆる防御は意味をなさない。防ぐこと叶わぬ力で振るわれた『不死桜の焔剣』はフェニアが持つ【炎の化身】の力をそのまま叩きつけることとなった。
刻まれた傷を起点に膨大な爆発が巻き起こる。オリエンスはそのまま大地へと叩きつけられた。
「がはぁ!」
確かな手ごたえを感じたフェニアはこのままサクラを傷つけた相手を殺せないかという葛藤が生まれるが、魔王核を失った今、まだ馴染み切っていない悪魔であるフェニアの力はサクラに負担を強いる。例え復讐を成せたとしても、それでサクラが傷ついては意味がない。
サクラ(フェニア)はベルへと視線を転じる。
『それでは後を頼みます。危なくなったら、あなたも退却していいのですよ』
「わかってるわ。彼もそれを責めないでしょうね。でも、街が消えるのも望みはしないわ」
『そうですね。私が言えるのは、引き際を間違えないように。それだけです』
「ご忠告どうもありがとう。大丈夫よ。それよりさっさと行きなさい。すぐ戻ってこれるわよね?」
『あの場にいれば、ですが。では』
フェニアは予定通り創作世界へと転移した。サクラの王子、ベルの主であるレクトルへと助けを求める為に。
「悪魔ごときがやってくれる。ただでは済まさんぞ」
崩れた瓦礫の中からオリエンスが現れる。刻まれた傷も瘴気が蠢き、徐々にその傷を塞いでいた。
「あなたの相手は私よ」
「いいだろう。貴様の力を以て、さっきの人間も悪魔もろとも殺してやる」
「いい趣味してるわね。やれるものなら、やってみなさい! 【魔王の矜持】“覚醒”――」
ベルは天使戦で見せた覚醒状態を再度発動させる。瞳がまるで獣の瞳のように鋭く、色鮮やかに変化していく。だが、今回は前回のような負担は発生しない。レクトルの魔術【極光天】によってベル本来の力を取り戻したからだ。
変化はそれだけにとどまらない。ベルの背からは闇の魔力がまるで何かを求めるように広がり、翼を形成していく。それはまるで大きな掌のような形状をしていた。
「我祈るは絶望の具現。死の象徴たる闇の意思よ。希望を抱く夢見者に悔いすら与えぬ牢獄を。嘆き苦しめ【霊怨手】!」
ベルの詠唱に従い、発生した魔法陣から大量の手が出現しオリエンスを拘束せんと迫っていく。まるで陰から伸びたかのような黒いそれは地獄へと引きずり込む誘いの手、A級の闇属性魔術だ。
「無駄な事を。むっ!?」
「油断したわね」
軽く躱そうとしたところでオリエンスは動きを止めた。いや、正確には止めさせられた。それはベルが持つ魔眼スキル“硬化”によるものだった。視界に含めた対象の動きを一定時間拘束する。その身をさらに魔法陣から出現した【霊怨手】が掴み、からめとっていく。
「これ……は」
拘束された身に違和感を感じたオリエンス。徐々に自身が展開する障壁が弱体化していた。しかも、その弱体化は障壁だけでなく己の能力値にまで及んでいた。
「“怠惰”の悪魔を舐めないことね」
ベルが持つ固有スキル【怠惰】の効果を発動させ、オリエンスが持つありとあらゆる能力を堕落させ、弱体化を図るベル。レクトルからの魔力供給をフルでつぎ込み、全力で弱らせていった。
そして、オリエンスの周囲を黒剣が円を描くように切っ先を中央に向けた状態で3重に展開し、力を集束させ放つ。
「消えなさい【魔天契合】」
それは光と闇、相反する力をぶつける事で発動する反魔の技【相殺転絶】とは比較にならない程の力の衝突によって引き起こされる秘奥の技。天と魔、つまりは天使と悪魔。それが操る神力と瘴気。相反する2つの存在を共鳴させ巻き起こす究極の一撃。
それは魔王の身にあり、天使セピアや水神子ハクナとレクトルを通じて繋がっているベルにだからこそ成せる技と言えた。その力は魔力の否定に留まらない。その空間に存在するもの全てを否定し、無へと還す。
だが、本来の領域を超えた力。瘴気を失い、天使ともレクトルを介した2つの契約を通して辛うじて繋がっている状態のベルには負担が大きいものだった。
(身体のあちこちが痛むわね。わかってはいたけれど、治りも遅い。同じ力はもう使えないわね。これでだめなら……)
レクトルから供給される膨大な魔力を以てしても、その許容値を越えた負荷はベルに重く襲い掛かった。強引に発動させた反動だった。かろうじて繋げたパスももう使えない程にズタズタになっていた。
望みをかけてオリエンスがいた場所を見つめるベル。姿は見えないが、そこからは変わらず気配が感じられていた。
「ほんと、嫌になるわね」
「それはこちらのセリフだ。流石に今のは少々肝を冷やしたぞ?」
言葉とは裏腹に平然と佇むオリエンス。装備が一部ダメージを負いはしていたが、その身に変化は感じられない。
「嘘でしょ。あれを受けて無傷なんて」
「何、簡単な話だ。弱体化されたなら、その分強化すればいいだけの事」
「私の【怠惰】がたかが強化魔術でどうにかできるわけないじゃない!」
「あるではないか。貴様と同格の力が」
「そんなの……まさか!」
「そう、貴様と同じ大罪の力だ。【憤怒】」
オリエンスの力が膨れ上がる。それはベルが【怠惰】の力で弱らせた力を回復させるだけでなく、それを上回り、さらに高まっていく。
「どうして……一体どうやってその力を……」
「気づいているのだろう? 貴様が一番よくわかっているはずだ。少なくとも、生きている者の中では」
「何を……言っているの?」
「言っただろう? 貴様で最後だと。あと一つで我が計画は成ると。他の6つは既に我が手中にある」
「嘘よ……」
「なら、その身で確かめるといい。【暴食】」
「――っ!?」
バクン。と空間が消失したかの如く何かに呑み込まれた。手を翳したオリエンスを見て辛うじて躱したベルの翼をそれは抉り取っていた。
ベルにはその力に見覚えがあった。気高き悪魔の友ベルゼブブが持つ固有スキルだ。ありとあらゆるものを喰らい、己が力に返還する。先の【憤怒】も、叛逆の悪魔サタンが持つ固有スキルだった。ベルの持つ【怠惰】とは異なり、ありとあらゆる力を強化する。精神を高揚させ、やる気を高める効果がある。
2人とも、ベルとは比較にならない力を保有する、魔王に最も近き悪魔だった。そして理解した。オリエンスの言葉が嘘ではないということを。
「みんなを喰らったのね」
実際のところ、昔の連れに何かあったのではないかということには気づいていた。それはベルのスキル欄に【大罪の責務】というベルたち七つの大罪の力を統括するスキルが出現していたからだ。
それは本来ベルが持つスキルではなかった。七つの大罪の中でもリーダー的な立ち位置にいた【傲慢】のルシファーが持っていたものだったのだ。
その力が自分の元に。ルシファーに何かがあったのだとしても、他の誰かに出現してもいいものが何故自分に。疑問に思ってはいたが、今の生活が充実しており現実から目を背けていた。それがひとつの警告だと理解していたにも関わらず。
「すぐにかつての仲間の元へと送ってやる」
「遠慮するわ。私はまだ、終われないのよ!」
再び、ベルとオリエンスが激しく力をぶつけ合おうとした瞬間、その間を眩い光線が駆け抜けた。
「な、何!?」
「また横槍か、鬱陶しい」
この戦いに介入するとは何事かとベルとオリエンスが光線が飛んできた方角へと視線を向ける。そこには建物の上に立つ2人の少女の姿があった。
「おーほほほ! わたくしが来たからにはもう安心ですわ! 後はわたくしに全て任せてあなたは逃げなさ……あら? ねぇ、ロロット、あれはどちらが魔王なのかしら? 金髪の男? それとも、赤髪の少女?」
「お嬢様……」
高笑いとともに颯爽と登場し、少女のピンチを救う。まさしく勇者と意気揚々と現れた金髪縦ロールのお嬢様は、目の前の2人がどちらも魔王の様相を成しており、困惑とともに隣にいたメイドへと助けを求めた。
だが、それもつかの間、すぐに気を取り直すと、言葉を続けた。
「まぁいいですわ! 魔王! このわたくしが来たからには覚悟なさい! 《勇者の楽園》のNo.2、カレンディナ・フェルム・ピスカがお相手して差し上げます!」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
その頃、創作世界へと戻ってきたサクラ(フェニア)は誰もいない星屑の館でぼそりと呟く。
『何故、いないのですか。サクラの危機に、仲間の危機に、颯爽と現れるのが王子様でしょう!』
それはレアがレクトルを連れ出してから僅か10分後の出来事だった――
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