010 レヌアの村
出された食事はパンにジャム、そして果物だった。それらを籠に入れて行商人 (ジアムさんというらしい)が差し出してくれる。
「すみません、今はこれくらいしかなくて。目的地も近くのためあまり在庫がなくてですね」
そう言ってジアムさんはお茶まで淹れてくれている。それを受け取り口に含んで見ると、緑茶に近い味がしてなかなかにおいしかった。
「いえいえ、十分です。そんな中私たちの分まで用意していただきありがとうございます」
「それは助けていただいたのですから当然です。遠慮せずいただいてください」
「では、お言葉に甘えて」
ハクナはもう食べ始めている。そういえば、さっきからやたら無口だな。まさか俺以上に人見知りなのか? こういう対応は苦手なんで変わってほしいんだが……
そう思って睨むがハクナは気にせずパンにジャムをぬり食べる手がとまらない。意図的に避けているようにすら感じる。
「よほどお腹をすかせていたのでしょう」
「はは、そうかもしれません」
「それにしても可愛いらしい方じゃないですか。お若いのにうらやましい限りです」
「はは……」
返答に困る。会話が続かない。やっぱりあんまり人と関わりを持つのは避けるべきだったか。俺には対人交渉力がないというのをほとほと実感する。
仕事でも基本的に話の主導権は誰かに任せ、技術的な意見や自分にとって都合の悪い方に話が進みそうな時だけ意見する事が多かった。
流石にそこで尻ごみして黙っていると、いずれそのツケが自分に返ってくるからだ。そういう時は割かし周りがあまり質問しない時でも進んで行ったせいで変にやる気があると思われていたのかもしれない。
取りあえず、早急に食糧事情については対策を打たなければ。
「そういえば、レヌアの村に向かわれているとのことでしたね」
俺はなんとか会話を続けようと情報収集も兼ねて問いかける。
「えぇ、あそこでは上質な紅韻石がとれるのですよ。今回はそれを仕入れるのが目的なんです」
「おひとりなんですね。護衛とかはつけないんですか?」
「先のような魔物と遭遇するのは普段はあまりなく、稀なんです。毎回護衛を雇っていると収支が厳しいものですから」
「なるほど」
「レヌアは小さな村なので、そこでの商売ではあまり利益を得られませんからね。基本的には仕入れが目的ですから出費は極力抑えたかったんです。今回はそれが仇となってしまいましたが」
紅韻石とは火属性の性質を持った鉱石だそうだ。【魔術適正:火】を持った魔術師が使う魔術道具などに使われるもので、火属性の威力がアップするものらしい。
なかでもこの村でとれた紅韻石で作るアイテムは他の所で採れるものより効果が高く、人気なんだそうだ。
しかし魔術道具……世創道具以外にもそういうアイテムはあるらしい。聞く限りでは人に製作できないものが世創道具に該当するみたいだ。
「それは興味がありますね。私も後で寄ってみようと思います」
「それでしたらご一緒しませんか?」
「よろしいんですか?」
「えぇ、その代わりもう距離はありませんがまた魔物が現れた時に助けていただけると助かります」
チラッとハクナを見る。今の俺には戦闘力はあまり期待できないのでそのあたりはハクナ頼りだ。
ハクナは口にパンを詰め込んだ状態だが、うなづいて答える。どうやら話はちゃんと聞いていたらしい。ていうか、俺の分残しとけよ? 気づいたらなくなってそうだ。
「問題ありません。よろしくお願いします」
「こちらこそ」
取りあえず村に寄ることに決めた。まずはこの異世界がどんなところか知るところから始めないといけない。個人的にきつそうな感じだったら、食料事情だけどうにかして後は創作世界で過ごそうと思う。
せっかくの異世界だが、元の世界でも海外とか自分が知らない、行ったことがない土地はあまり好まない性格だった。
それに関しては何気に万能スキルな創作世界には救われる。実に俺好みで、スキル本来の力にも期待できる。
さっさと試してみたい気持ちが強いが、腹が減っては戦はできぬといわれる通り何があるか分からないので一通り準備はしておいた方がいいだろう。
便利なスキルだと思いつつも、今はその食料が問題だ。しかもハクナを見る限りかなりの食いしん坊っぽいのだ。炊事を任せて本当に大丈夫なのか心配になってくる。
あんまり神様が料理をしているところってイメージが湧かないんだよな……俺の偏見かもしれないが、神様が料理するという物語もあまり見かけないような……?
食事を終えると馬車に乗せてもらい、レヌアの村を目指す。倒した魔物の素材は毛皮や爪、牙など使えるものをはぎ取り、ジアムさんに買い取ってもらうことができた。ただ、Fランクの魔物ということで価格自体は安いとのこと。
ただ、無一文の身としては貴重なお金だ。ちなみに、この世界の通貨は紙幣はなく貨幣製だった。てっきり銅貨や銀貨、金貨だけかと思っていたら、基本的に魔法金属を使ったものらしい。ざっと聞いた感じでは価値観はこんな感じだ。
・財貨:日本円で約1円
・銅貨:日本円で約10円
・銀貨:日本円で約100円
・大銀貨:日本円で約1000円
・金貨:日本円で約1万円
・大金貨:日本円で約10万円
・晶貨:日本円で約100万円
・虹貨:日本円で約1000万円
・神貨:日本円で約1億円
最後の方になると驚きの1億円だ。貨幣1枚で豪邸が買える。だが、日本ですら金貨の金額までしか紙幣もないというのに、1億円なんて使い道あるのだろうか? 一体、どんな時にそんな金額が動くというのか……流石異世界、恐ろしい。
ちなみに晶貨はミスリルで銀色に輝いているそうだ。銀貨よりも鏡面度が高く、サイズも大きく意匠も豪勢らしい。
虹貨はアダマンタイトでできており、なんでも虹色に輝く物質らしい。別に濃い色ではなく、聞いた感じのイメージ的には水たまりに零れたガソリンが太陽に反射してできるような……例えが悪いな。真珠とかパールの表面にみえる虹のような日の当て方によって見え方が変わる……そんな感じだ。
そして神貨はなんとオリハルコン!? でできているらしく、透明の金属の中に光の粒子のようなものが見えるとか。なんというファンタジーチックな異世界金属。ちょっと、というかかなり見てみたい。
まぁ、一番驚いたのは貨幣自体が全て世創道具ということだった。なんと、通貨自体を重ねて念じることで合算や両替ができるのだ。例えば、財貨を5枚重ねた状態で念じ力を加えると財貨1枚になり、中に5の数字が刻まれる。
この数字が両替できる条件を満たした状態で捻じれば、念じた通りの貨幣として分かれるらしい。余った分はきちんと残りの枚数が刻まれた貨幣になる。そのため、神貨などを溶かして防具の材料に……といったことはできないとか。
そうだとしても便利過ぎる。実質9種類の貨幣しか持ち歩く必要がない。いや、全財産を持ち歩くことも可能だ。ただ、盗まれた瞬間に人生が終了しそうだが……。
もちろん合算だけではなく、分割も可能だ。じゃないと支払いができなくなるしな。セカイの意思というのは不思議なもので、人の意思を読み取り変換を実施するそうだ。
セカイの意思については神だけでなく、一般の人にも常識のようだった。
また、情報版に貨幣を収納することもできるらしい。世創道具ならではのコンボだなと関心したものだ。
しかも情報版は所有者の魔力に溶け込ますことが可能で、他人には取り出すことができないらしい。試しにやってみると掌に消えるように入って行った。なんとも不思議な感じだった。
情報版自体は儀式を行えば簡易的なものなら誰でも入手できるとのことだった。行う儀式によって種類は異なれど、基本的には全ての人が持っているものらしい。なのでこの世界には財布も銀行も存在しない。
……スリも涙目だな。物しか盗めないわけだ。後は取引の瞬間か。
どんな田舎から来たのですか? とジアムさんには笑われてしまったが、いろいろと重要な情報を入手することができた。
幸い、魔物にはあれ以上出くわすこともなく村に着く事ができた。道中、村の情報についても仕入れることを忘れない。
どうやら村には炎神様の加護があり、魔物が寄ってこれない結界がはってあるらしい。その為小さな村だが、魔物などには怯えず暮らしているそうだ。
紅韻石は隣接する鉱山から採取される。その鉱山には炎神様が祭られており、巫女がその世話をしているとのこと。ただ、紅韻石の乱獲や余所からの介入により炎神様を怒らせないようにする為、祭壇の場所は秘密にされておりその巫女の姿も村の者以外は見たことがないのだそうだ。
炎神というからにはハクナとの関連も気になるところだが、当の本人は気にする様子もない。関係ないのだろうか?
「それでは私はこれで失礼いたします」
「えぇ、ありがとうございました」
「滅相もない。こちらこそ助けていただきありがとうございました。本日はゆっくりと村でお過ごしください」
「はい、そうさせてもらいます」
ジアムさんとは村の入り口で別れた。気づけば話をしていたのはずっと俺で、ハクナは結局一言も会話に参加する事はなかった。
「これが加護か」
「そうですね。確かに火属性の性質を持った障壁のようです」
俺たちは村の入り口でドーム状に広がっている赤、というよりピンクっぽい? 色に輝く加護障壁を眺めていた。
遠くで見ていた時にはあまり分からなかったが、このドーム状の加護障壁で魔物の侵入を防いでいるらしい。ドームはどうやら中央と村の4隅にある柱で構成されているみたいだ。
こういうのを目の当たりにするとやっぱり異世界なんだなとしみじみに思う。




