パパがロボットになった
僕はある日、すごい力を手に入れた。
人以外の言葉が分かっちゃう力だ。
すぐにママに言ってみた。
「ネコさんが、お腹空いたって泣いてるよ」
「タクくん。さっきあげたばかりじゃない」
「他のネコさんに食べられちゃったみたい」
「どうしてそんなことが分かるのよ」
「ネコさんの声が分かるようになったんだ」
「バカなこと言わないの。幼稚園に行くよ」
なんでか、ママは信じてくれなかった。
パパにも言おうと思ったけれど、もう仕事に行っちゃったみたい。
幼稚園に行く途中、太陽さんが、「もう少ししたら休もうかな」って言ったから、ママに「傘を持ってきてね」って言ってみた。
ママは「そう言えば、天気予報では午後から雨だったわね」って、帰っていった。
幼稚園に着くとナオちゃんが泣いていた。
「どうしたの?」って聞くと、ネコに引っかかれたみたいだった。
ナオちゃんが、慌てて走って来た先生に連れられて、幼稚園の中に行ったあと、
「どうしてあの子を引っかいたの?」って、ネコさんに聞いてみた。
「だってあの子、私のしっぽを引っ張ってくるから痛かったんだもの」
ネコさんは手をなめながらそう言った。
僕が、なるほどなって思っていると、
「あの大きい人たちに追われる前に逃げなくちゃ」って、ネコさんは走って行った。
それから色んな声を聞いてみた。
「今日はお天気がいいから、お外で歌を歌いましょう」って先生が言って、演奏会が始まった時、
風さんが走り抜けて、「気持ちいい」って叫んで行った。
土の上ではミミズさんがにょろにょろ。
「土があったかいなあ。でも、そろそろ冷たくなりそう」って笑ってた。
いろんなものがにぎやかに話す中、同じことしか話さないのが、遊具だった。
ブランコは「ギーギー」しか言わないし、
滑り台は、どれだけ話しかけたって何も言わないで座ってた。
どうやら、人に作られた物は返事をしてくれないみたいだ。いろんなものに話しかける僕を見て、「たっくん変なのー」ってナオちゃんが笑ってた。
そのうちに、お母さんが傘を持って迎えに来る。
演奏会が終わった後、すぐにお日様はかくれちゃって、雨さんが悲しそうに、「しくしく」って言いながら落ちてきた。太陽さんが隠れちゃって悲しいんだって。
その夜、いつものように晩御飯を食べて、パパが帰ってくるのを待っていた。
晩御飯は焼いたお魚さんだったから、おしゃべりは出来なかった。お刺身だったら、しゃべりだしたのかもしれない。
「ただいま」
やっとパパが帰って来た。
「おかえり」って言おうとして、びっくりして何も言えなくなった。
パパは「ただいま」以外、何も言ってないのに、「疲れた」って聞こえたからだ。
朝から色んな声を聞いていたら、ナオちゃんも先生も、ママも、もともと話せる人の心の声は聞こえなかった。聞こえたのは、ネコとか太陽とか、人以外の声だった。
どうしてだろうって思ってパパを見て、次はもっとびっくりした。
なんと、パパの手や足が、ロボットみたいになっていた。四角い足でガチャンガチャンン。手は二本の指でガションガション。
歩くたびにウイーンガシャ、ウイーンガシャって鳴っていた。
次の日は頭が四角になって、「シゴトニイカナイト」なんて言っていた。
ママは変わりないけれど、やっぱり声が変みたい。「イッテラッシャイ。キヲツケテ」
僕がなんとかしなくっちゃ。
いつものように出かけようとするパパを追いかける。
「パパ、待って!」
「イッテキマ……どうした? タク?」
不思議そうなパパとママ。
「えっとね……えっとね……」
「いつもありがとう」
二人とも、もっと不思議そうな顔をしたけれど、すぐに笑ってくれた。
「タクは不思議な力を持っているんだな。ありがとう。疲れがどこかへ飛んで行ったよ」
もうパパの体はすっかり元通り。ゴツゴツした手で僕の頭を撫でてくれた。
「行ってきます」
「いってらっしゃい。気をつけて」
ママの声も元通り。
僕はまた、すごい力を手に入れた。
それは誰でも使えるから、自慢したりできないけれど、とってもとっても大事な力。
ネコさんが笑って「にゃあ」って鳴いた。