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「遅かったわね。どこに行ってたの?」
「ああ、ちょっとボビーの所へ。」
「はぁ!?あなた、何言ってんの?」
俺はボビーの所に行ってからの一部始終を話した。途端にキャサリンは笑い出した。
「あはは。あのボビーがねぇ。よっぽどあなたにやられたのがショックだったのね。でもすごいじゃない。これで、ハリウッドの半分はあなたのものよ。もう表を歩く時に回りに気を配らなくてもいいし。」
「じゃ、俺、日本に帰れるかな?」
「ああ、多分それは無理ね。きっとあなた、見えないところにボディガードがついてるわよ。おかしな動きをしたら、すぐボビーのところに連絡が行くわ。」
それじゃ、ボディガードじゃなくて監視役じゃないか。
「それに、近々ロミオのところと一戦交えるって噂だから、手はいくらあっても足りないわ。きっとあなたも呼び出される。あなたくらい腕が立つ男なら、すごい戦力だものね。」
「ロミオとは?」
「ああ、ボビーとあなたがハリウッドの半分を持っているとしたら、後の半分を仕切っている男よ。元々は移民の子らしいんだけど、ここ数年で小さなグループをどんどん吸収して力をつけてきたわ。これまではボビーとはぶつからないようにしていたけど、最近縄張りを広げようとちょっかいを出してきてるみたいなの。ボビーも決着をつける気でいるみたいよ。」
参った。命を狙われているかと思ったらギャングの親玉と兄弟分になって、今度は抗争か。俺、普通の人間なのに。なんでこんなことになっちゃったんだろう。神様ってのがいるとしたら、俺の運命で遊んでないか?
ボビーと兄弟になったことの効果はすごかった。
ハリウッドの街を歩いていても悪そうな奴は皆挨拶してくるし、道を開けてくれる。レストランやカフェで飲み食いしても請求書が来ないどころか、注文していないものまでどんどん出てくる。ギフトショップや洋服屋は自分の店に寄って行ってくれとうるさいし、靴や着るものも沢山プレゼントしてくれる。たまたま小さな揉め事がある所に出くわすと、俺の顔を見ただけで逃げて行く。いさかいの仲裁も何度か頼まれたし、余所者が暴れていたりしたらその対応にも呼ばれた。もちろん、その時は俺の「ボディガード」がどこからともなく現れてすべて片付けた。
何だか自分が強くて偉い人間のようでちょっとだけ気分がよかったが、でもそれは俺の力じゃない。周りの奴らが勝手に勘違いして俺を祭り上げてるだけで、本当のところは俺は何もしていないし、第一、俺は強くとも何ともない。分不相応な待遇でかえってむずかゆい感じだったし、ここで偉そうにしてしまうと、いざ化けの皮が剥がれた時にどんな目に合うか分からない。
俺の目に見える範囲にボビーの手下が顔を見せないことがせめてもの救いだった。どこに行っても金を払わせてもらえないのはしょうがないとして、せめて偉ぶらないでいよう。
ズルをしていい目を見ているような、半ば後ろめたい気持ちのまま二週間ほどが過ぎた。
ボビーがくれた携帯電話が久し振りに鳴った。
「今週の金曜日、ちょっとしたイベントをやるからトオルも来てくれ。」
ボビーの声だった。
「夜九時ごろに迎えの車をやるから。じゃあな、兄弟。」
来た。とうとう来た。イベントなんて言ってるけど、絶対嘘だ。ロミオとの抗争に違いない。
金曜日と言ったら明々後日じゃないか。どうしよう。どうしよう。そんなところに行ったら、俺、死んじゃうよ。
不安な気持ちのまま金曜日が来た。
キャサリンのマンションの前に、見たことのある古いリンカーンが止まった。
「銃にだけは気をつけてね。」
キャサリンはあっさりと送り出してくれたが、どうやって銃に気をつけるというんだ。
大体、俺は本物の銃を見たことすらない。もちろん、弾の避け方も知らない。
そんな俺の気持ちを知ってか知らずか、運転手は無言のまま車を出した。ひょっとしてこいつも緊張しているのか。
車は二十分ほど走って古い工場跡のようなところについた。暗かったし道には詳しくないので正確にはどのあたりかわからない。しかし、よくこんなところを見つけたなと思うくらい、大人数がこっそり集まるのにぴったりの場所だった。
中に入ってみると、数百人というのは大げさとしても、二百人近くは居るだろう。こんな沢山の人数で抗争をやるのか。話し声一つしないのがかえって不気味だった。
俺は前の方に通され、その集団と向かい合って立った。隣でボビーがにやりと笑った。