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「ボビーがあんたに会いたがってる。一緒に来てくれ。」
はぁー、やっぱりか。
言葉は普通だが、全身から殺気があふれている。絶対に銃かナイフを隠し持っていそうだ。
逆らったらこの場であの世行きだろう。
「わかった。」
俺は古いアメ車の後部座席に押し込められた。七十年代くらいのリンカーンだろうか、全体に四角くて、とにかくでかい。作りがゴツくて戦車のようだ。今の日本車なんかとぶつかったら日本車は一瞬で鉄クズだな。
当然のように俺の横にも一人乗ってきた。見張りみたいなもんだ。
運転手席と助手席と俺の横に一人。揃いも揃って全身タトゥーだらけだ。よくもこれだけ悪そうな奴らが集まったもんだと思ったが、類は友を呼ぶという言葉もあるし、恐らく他の車に乗っている連中も似たりよったりだろう。
俺は一体これからどんな目にあうのか。
そんなことを考えているうちに頭が真っ白になった。周りの景色もまったく目に入らない。
気がついたらいつの間にかタバコを吸っていた。そういえば、俺は緊張すると無意識にタバコを吸う癖がある。
車は方向的にはハリウッドの方に向かっているようだ。だが、初めてのことなので正確には全然わからない。妙に安全運転なのがかえって恐怖をそそるが、途中からどんどんと寂れたエリアに入っていく。
やがて着いたところは殺風景としか言いようのないところだった。
緑などは一つもなく、ボロボロという言葉がぴったりの家ばかりが並んでいる。五軒に一軒は廃屋のように見える。舗装も荒れて道路もボコボコだ。こんなところは夜はもちろん、昼間だって歩きたくない。心なしか空気までが埃っぽいような気がする。
車はその中の一軒の家の前で止まった。どうやらここが目的地らしい。
「さあ、ボビーがお待ちかねだ。」
ああ、俺の人生もこれまでか。お父さん、お母さん、先立つ不幸をお許しください。
「お前たち、手荒な真似はしなかっただろうな。」
ボビーは手下たちをじろりと見て言った。あの時は一瞬だったのでそれほどちゃんと見ていなかったが、こうして明るいところで見ると、人間ってこんなに凶悪な顔になれるものかと思うほど怖い顔だった。
「ああ、何もしてないよ。黙ってついてきた。落ち着いたもんさ。」
落ち着いていたんじゃなくて、恐ろしくて何もできなかっただけだ。
「でもこいつ、大したもんだよ。車の中で俺たちに囲まれても、平気でタバコ吸っていやがった。」
いや、あれは無意識に吸っただけだから。何も考える力がなくなって、周りが見えていなかったの。
「そうか、大したもんだな。」
待って。誤解しないでくれ。それじゃ俺、ふてぶてしい奴みたいじゃないか。今すぐに泣いて謝っちゃおうか。それでも許してはくれないだろうな。
俺はボビーと向かい合ったソファに座らされた。体に力が入らない。どさっと座り込んだ。
「よう、久し振りだな。あんたに会いたかったよ。」
俺は出来ることなら二度と会いたくなかった。
「この傷を見てくれ。あんたにやられた傷だよ。」
ボビーは左の額にある大きな傷を指差した。
それは、あんたが自分で転んでつけた傷だろう。俺は何もしちゃいない。いや、むしろ夜中に襲われた俺の方こそ文句を言いたいところだが、とてもじゃないが言えない。
「俺はあんなにあっさりやられたのは初めてだ。あんた、腕が立つな。」
だから勘違いだって。どうしてみんなこうなんだ?
「それで、わざわざ今日来てもらったのはだな、どうだ、俺たちの仲間にならないか。」
仲間って・・・。俺に、ギャングの仲間になれと?無理!絶対無理!
俺はそういうタイプじゃないし、そもそも俺は日本に帰らなきゃならない。
「どうした?何で黙ってる?気に入らないのか?分かった。あんたほどの腕があれば無理もない。なら、俺と五分の兄弟でどうだ?本当は最初からその積りだったんだ。」
冗談じゃない!こんな奴と兄弟なんかになれるか!何とかしなきゃ。
俺は思い切って言ってみた。
「もし断ったらどうなる?」
「そしたらあんたにはここで死んでもらわなきゃならない。そうでないと示しがつかない。」
死ぬか、こいつと兄弟になるか。できれば他の選択肢も欲しかった。