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キャサリンはかなりいいマンションに住んでいた。ハリウッド大通りからほど近い七階建てのマンションで、オートロックのセキュリティつきだ。部屋は広い1LDKで、中は白を基調としたセンスのいい家具でまとめられている。ここなら街に出るにもすぐだし、かといって大通りの喧騒は聞こえない。住民も裕福そうな人が多い。
彼女が何の仕事をしているのか分からないが、普段は殆ど家に居る。夜時々電話がかかってきてごそごそ話しているが、早口なので俺には分からない。暮らし向きは結構余裕があるようだが、表に出ないで出来る仕事って一体何だろう。
その日は珍しくキャサリンが外出した。
普段彼女が外出している時は、俺は見ても分からないテレビを流しながらボーっとしているのだが、もうあれから十日くらい経つからそれにも飽きていた。
あれ以来何事もないし、この広いロサンゼルスで俺一人を見つけるのもそう簡単ではないだろう。俺は日本人観光客だし、もう日本に帰ったと思っているかも知れない。
俺は出かけてみることにした。ハリウッド大通りを越えて南側に十分ほど歩けばバス通りがある。そこからサンタモニカ行きのバスに乗った。ここまで来ていてサンタモニカを見ない手はない。
平日の昼間なのでバスは空いていた。
窓側に座った俺は外の景色を見ながらのんびりとバスに揺られていた。
何となく周りの景色が開けてくる。道路際にはやしの木が植えられ、空も何となく抜けているような感じだ。
バスを降りてみると、ハリウッドとは気温が数度違うのだろう、海風とあいまって涼しく爽やかだ。空はどこまでも青く、街の景色も色鮮やかに感じる。歩く人々も心なしか軽い足取りに見える。
バス停から半ブロックほど歩くと有名なサンタモニカの桟橋がある。当たり前だが、テレビで見たのと同じだ。写真を撮りたいところだったが、スーツケースごと失くした俺は当然カメラも持っていなかった。桟橋の横からビーチへと降りていった。
それにしてもここのビーチは広い。海岸線に沿って南北に伸びている長さもすごいのだが、波打ち際から砂浜が切れるところまでの幅がすごいのだ。つまり、縦横ともに日本のビーチとはスケールが違う。
砂浜の真ん中に自転車道路がある。自転車だけでなくローラースケートに乗っている人も沢山居て、まさに西海岸のイメージだ。本来なら俺もこういうことを楽しんで、今頃は日本に帰っているはずだったのに。
やっと海の側まで来た俺は、その辺にタオルを置いて、とりあえず海に足をつけてみた。
うわ、冷たい。これは泳ぐのは無理かなぁ。まあいい、オイルを塗って甲羅干しをすることにしよう。
波の音を聞いているうちに、いつの間にかうとうとしていたらしい。時計を見ると二時間くらい経っている。ちょっとお腹も空いてきた。どこかその辺で軽く食べて、そろそろ帰ろう。キャサリンも帰ってくるかも知れない。
海から街へは本当に近い。来た道、つまりバス通りを確認しながらサンタモニカの街に出た。
レストランは沢山あるけれど、それほどしっかり食べたいわけじゃない。コーヒーとホットドッグくらいで十分だ。
テラス席がある小さなカフェを見つけると、そこに入ってみた。それほど高くもなさそうだ。キャサリンにもらっていたから金はあったが、何となく人からもらった金で遊ぶのは気が引ける。
コーヒーはやはり薄かったが、ハーフでオーダーしたサンドイッチは結構いけた。軽く流れるサーフミュージックと潮風、久し振りに観光気分を満喫できた。
ちょっと気分が軽くなった帰り道、俺はバス停でバスが来るのを待っていた。それ程多くの人が乗るわけではない。俺と一緒に待っているのは数人と言うところだった。
と、目の前に、スモークガラスのカマロが止まった。何だか嫌な感じだ。
続いて何台かのちょっと古いアメ車がそのカマロに前後して止まった。
車から何人かの男が降りてくる。うわぁ、やばい。俺は逃げる間もなく囲まれていた。