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永住権も無事に届き、俺は平和な毎日を過ごしていた。
「永住権って“グリーンカード”って言うけど、緑じゃないんだね。」
「いつの時代の話?昔は緑色のカードだったらしいけど、その後ピンク色とかになって、今のカードになったって聞いたわ。」
俺とキャサリンはハリウッド大通りにあるカフェで遅い朝食を取っていた。
チャイニーズシアターから二ブロック西に行ったところにあるオープンテラスの店だった。
トーストにハッシュブラウン、卵を二個使ったオムレツとカリカリベーコン、それとコーヒー。絵に描いたようなアメリカの朝食だ。
ポカポカとした陽気が心地よかった。
食事を食べ終わり、コーヒーをおかわりしてくつろいでいた時のことだ。
目の前に一台の車が止まり、するすると窓が開いた。
「死ね!トオル!」
パン、パンと、何回か乾いた音が響く。
耳の横の方に焼けたような熱さを感じる。
キャサリンの悲鳴が聞こえる。
鉄が焼けたような匂いがした。
男達が怒号を上げ、車とバイクが十台ほど飛び出していく。
「逃がすな!絶対に捕まえろ!」
誰かが叫ぶ。
一瞬何が起こったか分からなかった。
が、それもすぐにわかった。俺は銃で撃たれたのだ。
幸いにも俺の体には当たらなかったようだ。
だが、キャサリンは?俺のすぐ隣にいたキャサリンは?
「キャサリン。大丈夫か。」
「私は大丈夫。だけど、これを見て。」
キャサリンのバッグが銃弾で撃ち抜かれていた。
ちょっとそれていたら、キャサリンに当たっていたかも知れない。
俺はともかく、彼女の命までが危ないところだった。こんなことをする奴は許すわけにはいかない。
俺は頭に血が上るのを感じた。
最近は平和に暮らしていたし、このままでいいと思っていたが、やはり俺はそういう世界に身を置いているのだ。
俺達にこんな事をしたらどういうことになるか知らしめなければなるまい。
しばらくして、俺を撃った車を追いかけていった奴らが帰ってきた。
「すまん、トオル。逃げられた。まだ何人かあたりを探してる。」
「お前達、車種と色は覚えてるだろうな。ナンバーは見たか?」
「ナンバーは半分しか見えなかった。でも、車種は覚えてる。」
「よし、お前ら、ボビーとロミオに言って、三十分以内に全員を集めろ!一人残らず全員だ!」
俺達は警察が来る前にそこから離れた。
連絡を受けたボビーとロミオはすぐに俺達のところにやって来た。
「トオル、大丈夫だったか?」
「どこのどいつだ、こんなことしやがったのは。」
「それは分からん。だが、俺はちょっと考えが甘かったようだ。うちは所帯もでかいし、こちらが侵略しなければ抗争になることはないと思っていたが、こんなことをされるんじゃあ、俺達に手を出したらどういうことになるかきっちり見せてやらなきゃならないだろう。」
やがて全員が集まった。裏通りの駐車場とは言え、こんな街中で全員が集まっていたら、遅かれ早かれ通報される。
ボビーとロミオが状況を説明し、さっき犯人を追いかけて行った奴が車の特徴などを説明している。
いつもならそこで解散となるところだが、今回はあえて俺が皆の前に出て話した。
「いいか、お前達。何が何でもポリスより先に犯人を見つけて俺の前に連れて来い!この落とし前はきっちりつける。俺達に手を出したらどういうことになるか、思い知らせてやれ!」
自分でもびっくりするほど大きな声が出た。よほど頭に血が上っていたのだろう。
そして俺の声より何倍も大きな、男達の叫び声が返ってきた。
俺もとうとうこの世界に染まってしまった、そう思い知った。