-11-
「さあ、行きましょうか。」
キャサリンの赤いBMWに乗り込んだ俺達は、フリーウェイ101号線を南に向かった。
ハリウッドエリアから外にはあまり行ったことがないが、今日は移民局に永住権の面接に行くために早起きをした。
キャサリンは白いワンピースにゴールドのネックレス、バッグも白に金のワンポイントだった。ふちの赤い大きなサングラスをしていて、見るからに涼しげだ。
俺は薄いブルーグレーのスーツを着ていた。さすがに移民局の面接にジーンズとTシャツで行くわけにも行かず、仕方がなく一着作ったのだ。
まだ通勤ラッシュの前なのだろう、フリーウェイは空いていて、二十分ほどでロサンゼルスのダウンタウンに着いた。近くの駐車場に車を停めて、移民局の建物に向かって歩いた。
建物の前に着くと、まだ7時を過ぎたばかりだと言うのに沢山の人が並んでいる。ラテン系が多いようだ。
「ちょっと早かったかしらね。」
キャサリンは時計を見ながら言った。確か約束は七時半だから、あと十五分くらいはある。俺が列の後ろに並ぼうとすると、キャサリンはさっさと入り口に向かって歩いていく。
「おいおい、皆並んでるんだから俺達もちゃんと並ばないと。」
「いいのよ、あの人達は半分以上はこれから申請するために書類を出しに来た人達だから。それに、私達が行くところはあの人達が行くところとは違うの。お腹が空いてきたから、早く済ませちゃいましょうよ。」
キャサリンはそう言うと、入り口に立っている警備員に言った。
「局長のミスター・ロバート・オーウェンに取り次いでくれるかしら。キャサリンが来たと言ってくれれば分かるわ。」
五分後、俺達は移民局の局長室に通されていた。
「グッドモーニング、ロバート。ご機嫌いかが。」
「これはこれはマダム・ハリウッド。こんなむさ苦しいところへようこそ。」
「今日はプライベートだから、その呼び名はやめてちょうだい。」
マダムハリウッド?
「で、この男が君の言っていた“彼”かね?」
「そうよ。彼はいろんな意味で今のハリウッドになくてはならない男なの。だから、永住権を取りたいのよ。」
「わかってるよ。他ならぬ君の頼みだ。最優先で手続きするよ。写真と指紋だけは置いていってくれ。写真室は三階、指紋は地下の一番奥の部屋だ。封筒に入れて受付に渡しておいてくれればいい。」
「わかったわ。じゃ、よろしくお願いね。」
キャサリンはそれだけで席を立った。
部屋を出る前に俺はロバートと握手する時、こう言われた。
「おめでとう。二週間もすれば、君は合法移民だ。」
写真と指紋を取って受付に渡し、俺達は移民局の建物を出た。
「お腹が空いたわ。何か食べていきましょうよ。この先に、ブリトーの美味しい店があるの。」
着いた所はキャサリンの白いワンピースには似つかわしくない、屋台に毛の生えたようなお世辞にも綺麗とは言えない店だった。店の看板には「Kosher Style」と書いてある。どんなスタイルなのかよく分からないが、俺達が買ったブレックファスト・ブリトーはとにかくでかく、重かった。縦横七センチ、長さは二十センチくらいもある。朝からこんなに食べられるものだろうか。なるほどアメリカ人は大きいわけだ。
空いている席に座ると、一口かじってみた。
中にはスクランブルエッグ、ハム、玉ねぎ、ソーセージ、チーズ、メキシカンライスなどがぎっしり入っていて、トルティーヤの皮も二重になっている。これを全部食べられたら、昼ごはんは食べなくてもよさそうだ。
「驚いたでしょ。」
「ああ、こんなブリトーは見たことがない。しかも、美味しいよ、これ。」
「おまけに、安いのよ、ここ。」
キャサリンはコーラを飲みながら話した。俺は、このブリトーに炭酸を合わせるとひどい目に合いそうだったのでコーヒーにした。
「トオルには話さなきゃならないと思ってたんだけど。」
「うん?」
「私の仕事のこと。」
「ああ、それは興味があるな。さっき移民局の局長が言っていた“マダム・ハリウッド”のこととか。君は一体何者なのか、教えてくれよ。」
「短く言うとね、私は高級コールガール組織の経営者なの。」
「コールガール組織?」
「それも、一流の顧客を持った、ね。私の顧客にはハリウッドの有力者とか、役人とか、有名な映画監督やプロデューサー、俳優なんかも沢山いるわ。ハリウッド警察の上の方は皆私の顧客だし、さっきの移民局の局長もそう。国会議員にも顧客がいるわ。もちろん私自身は体を売らないけど、ハリウッドにいる女の子達の中には、お金が欲しかったり、権力に近づきたかったり、チャンスが欲しかったりする子が沢山いるのよ。そういう子達と、立場があっておおっぴらに遊べない人達を結び付けてあげるのが私の仕事ね。パーティや接待に女の子を派遣することもあるわ。」
「なるほど、それで合点がいったよ。この間の車と火事の件といい、今日の事といい、全部君の“力”ってわけだな。」
「そうよ。気に入らなかった?」
「いや、大いに助かったよ。ありがとう。と言うか、俺は最初の日から君に助けられてばかりだな。感謝してるよ。」
「ううん。あなたは私が見込んだ男だもの。ねえ、考えてみて。あなたがハリウッドの裏社会を仕切る帝王だとしたら、私はハリウッドの夜を司る女王ってところね。私達二人一緒なら、大概のことは出来るわ。」
「そうか、すごいな。」
「またそんな、他人事みたいに。」
「まあいいじゃないか。今のままで結構普通に楽しくやってるんだから、このままでいようよ。わざわざ面倒を起こすこともないじゃないか。」
「まったくあなたらしいわね。」
俺達は声を合わせて笑った。