ep4
武器屋。
「そんなこんなで武器屋にやってきたわけじゃな」
不知火が武器屋の入り口の前で仁王立ちではっはー、といった面持ちで胸を張って得意げに鼻をフンと鳴らす。
「そんなこんなってどんなこんなよ……武器買いに来ただけじゃない……不知火、そこ邪魔」
「むー、いけずめ」
「ほら、行くわよ」
上質な木の扉をキイッという木が木とすれ合い軋ませながら開けると、いらっしゃいませーという筋骨隆々の髭をたくわえた店主の挨拶とともに鉄と少しばかりの油のにおいが三人の鼻孔を刺激してきた。
見渡すと朝の早い時間帯だというのに数人の客が難しい顔をしながら品を定めていた。流石にこんなにも早い時間に武器屋に顔を出している客というべきか客は使いこまれた大剣や何度も改修を重ねただろうと思われるボウガンなど、各々自分の思い思いの装備を携えている。
「へえ、武器屋って結構綺麗なんだな」
新九郎がこの店を見渡して、率直な感想を述べる。
確かに店内は、武器屋という一見殺伐としていそうな店にも関わらず日差しの入り具合も計算されているように見え、元の世界ならば小洒落た喫茶店をしててもおかしくない小奇麗な雰囲気を醸し出していた。
「んー、ここ以外の武器屋を見たことがないからなにも言えないけれど……言われてみれば結構綺麗よね……異世界でも商売は商売って感じなのかしら……?知らないけれど。杖系統ばかりだけれどレディスのコーナーなんてのもあるのもそう言われてみればなんか不思議よね……こっちの世界では刃物に関する意識は意外とカジュアルだったりするのかしら」
みなりが首をかしげて、近くのすらっとした柄の先に不格好に重厚な斧のついたハルバードに目をやる。刃の部分だけでなく、柄までもピカピカとしたそれは、この武器屋の端念な手入れが隅々まで行き届いていることを伺えた。
「……私たちも建国だなんてたいそれたことをやるんだから将来的には経済含め、内政とかもやることになるわけよね……不安だわ……」
武器屋のテカテカとした床を見ながら独り言のように言葉を続けるみなり。
急に今までみせたことのなかった真剣な面持ちになったみなりを見て新九郎は少しドキリ、としてしまう。
「……コホン、そういえば少し気になってたんだけど異世界に連れてこられたのにチート的な能力が身に付いた感じがすこしもしないんだが、みなりにはそういう能力とか授けられてないのか?」
異世界に来て、少し余裕が出来た時からずっと抱いていた疑問をみなりに投げかける。
その言葉を聞いたみなりは、真剣な顔持ちから目を開いてキョトンとした顔に変わる。
「……異世界に行ったらチート能力がつくものなの?初めて聞いた」
「ん……いや悪いこっちの話」
……異世界に行ってもチートも無いのか……。ハーレムも……無い……な……。
……誰だよ異世界に行ったら高確率でチートハーレム出来るとか言った奴は……。
新九郎がうなだれる。
うなだれる新九郎の肩をポンと叩いて不知火がぬっと新九郎とみなりの間に割って入る。
「ほれほれ、主らそんな所でなーにぼけっ、と突っ立ているんじゃ新九郎の得物じゃが、これなんかはどうじゃろうか」
そういう不知火の手元に目をやると、一振りの剣が握られていた。その一振りの剣はお世辞にも綺麗とは言い難く、錆こそ刀身に見られないものの、全体的に修飾がなく。こじんまりとした印象を見る者に与えるみすぼらしいとは行かないまでも素朴、や地味といった表現が適しているように思われた。
「なによこのぼっろい剣」
みなりが訝しげに剣を手に取る。
「ん、これか? あっちのご自由にお取り下さい的なコーナーに置いてあったわ」
不知火が店の隅にあるがらくた置き場のように刀剣が積まれている一角に指をさす。
「ふーん、なるほどそれじゃこれでいいわね」
特に疑問を持つことなくみなりが決定を下す。
「ちょっと待って」
それをみて新九郎が焦る。
「……何よ」
訝しげに新九郎をみやるみなり。
「いやいやいやいやちょっと待ってって!! いや普通に考えておかしいだろ! 何で俺の装備、これなんだよ!」
「安いからよ」
「さっきの真面目な顔には少しドキリとさせられてしまったがやっぱりお前守銭奴だよな! 鬼! 悪魔!」
「失礼ね貴方。私だって普通の女の子よ、まあるっこくてキラキラしたものが好きなね」
「嘘つけ!」
「まあるっこくてキラキラしてて、そんでもって店で使えるものが好きなの」
「金じゃん!」
「女の子はお金が好きなもんなのよ」
「リアル! 確かにそうだけども! 俺の女の子に対する幻想を返せ!」
「……うるさいわね、はい撤収。……武器屋のおじさーん! このぼっろい奴勝手にもってってもいいのよねー?」
店の奥から店主のおーう、という野太いいい声が聞こえてくる。
「んじゃ、まあそういうことで……なにしてるの? 置いてくわよ」
店主の了承が出た瞬間にさっさと武器屋から出ていくみなりが新九郎に言う。
「……災難だ……」
この剣が後に色々引き起こすことになるのだが、この時の新九郎がそんなことを知るよしもなく、今はただ武器屋の床に新九郎の深いため息が染み入っていくだけだった。