ep2
三日後。
ログハウスの隣で薪を割る作業をしている、二つの影があった。ひとつは、斧を振り上げて薪を割る男の姿。ふたつめは割った薪をそばに積み上げ新しい薪を男の前におく小さな女の子。ただ、その頭には狐の耳が生えている。
その男の方が、おもむろに作業の手を止め、隣に話しかける。
目を合わせ頬笑みながら話しかけるさまは二人が親しくなったことを語っている。
「なあ、不知火」
「なんじゃ? 新九郎、急にどうした……?」
「いや俺の事をみなりが助けてくれたのもわかるし、本当なら命の恩人にこんなこと言っていいのかどうか分かんないんだけどさ……みなりって事もってさ意外と人遣い荒いよな……」
「阿呆め……、神遣いも荒いわ……」
「……」
「……」
立花みなり、新九郎にとっては命の恩人といってもいい少女であったのだが、三日ほど暮らしているうちにひたすら決まりなどに厳しい様には流石に辟易とさせられた。
黙りこみ、作業をまた始める二人。
暫くして。
「のう、新九郎」
「なんだ、不知火」
「ああ見えてもあれはあれで必死だと思うてはどうじゃろうか、考えてもみい。本来ならば学生としてオシャレもしたい恋愛だってしたい年頃じゃろう……。なにがなんやら分からんうちに連れてこられて異世界は怖い、知らない世界は怖い、嫌だ。なんて思っているのは順当な事じゃろう。それを押し殺して気丈に振舞っている……、俗に言う萌え萌えな心情って奴じゃな」
「もうお前が萌えだとか絶対領域だとかやたら新しい言葉を使うのはなれたけどさ……むうん、不知火、お前はみなりの事をそう思ってるのか?」
「思わん」
不知火が即答する。
「……」
「……」
しばしの沈黙が二人の内に流れる。
「不知火! 新九郎! ちょっと! ちょっと来てよ!」
沈黙を破ったのは不知火でも新九郎でもなく、みなりだった。
ログハウスから翠の長い黒髪を揺らして、二人の方へ走ってくる。
「……なんじゃみなり、そんなに慌ててどうしたんじゃ?」
「え……聞こえないの?」
息を切らして寄ってきたみなりが一旦呼吸を整えてからみなりがその白い肌に弾けるような笑顔を点して、言葉を続ける。
「新九郎聞こえるか?」
「いやなんも」
「祭り! 祭りよ! 下の街から花火の音が聞こえてくるじゃない!それに前降りた時に市のおばさんが近いうちに祭りがあるっていってたのよ! ほら!不知火! 新九郎!明日の朝早くに出発するんだからから準備しなさいよお! 置いていくわよ!?」
「聞こえるか?不知火」
「いや、さっぱり」
「んもう!ああ!まつりったらまっつりがあるのー! りんご飴でしょ?射的でしょ?金魚すくいでしょ?あとなんといっても花火でしょ!? いや^全部無いのは分かってるんだけどね? 異世界の祭りってどんなものなのかしらねー」
クルクルとハイテンションでみなりが回り出す。
「どれだけ祭りが楽しみなんだよ……どっかの残念アニメのopでもあるまいし、クルクル回りすぎだろ……」
新九郎がボソッといった言葉に反応して今まで回っていたのをピタリとみなりが止める。
「あのね」
ずいッと体を新九郎に寄せてみなりがため息をしながら、髪をかきあげる。ボリュームのある谷間が服の間から覗き白い肌があらわになる。
「いい?新九郎……祭りっていうのは日本人なら絶対に、……いや人間である限りテンションが上がらなければおかしい行事なの! それなのに新九郎がそんなにひっくいテンションなのが理解出来ないわ……。死ねばいいのに」
「死ねばいいのに!? そこまでの行事なのか祭りって!?……それこそあっちの世界に居たころは親父に連れられて毎年祭りに行かされてたがそんなこと一回も聞いた事ねえよ! どれだけ辛辣なんだ!」
「ま、…毎年!?あんた毎年祭りに行ってたの?」
「ん……ああ、別におかしくないだろ……」
「ふうん……」
数瞬驚いてから急に静かになるみなり。
「……まあ、いいわ支度しなさいよ……祭りっていうのは本当はおまけ、主目的はあんたがそんなティーシャツにジーパンとかいうだっさい服装じゃ可哀相かなー、と思ったから剣と一緒につくろいに行くことよ……? 食糧も少なくなってきてるしね」
「……意外と色々なこと考えてるんだなお前」
新九郎な素直な感想に意表をつかれたみなりの顔が赤くなる。
「あ……当り前よ! 意外ってなによ意外って! 当然の間違いじゃないの!!?」
赤くなった顔を見まれまいと横を向いた先に不知火が居た。
「ほうほう、みなりは褒められる方には耐性がなさそうじゃの……? ぬふふ、可愛いのう」
「ば……馬鹿不知火! あんたはさっさと準備してなさいよ!」
「おお怖い怖い……その前に主、新九郎に当たっておるその牛のようにおおきゅう胸をなんとかしてやらねば、の?」
くっふっふ、と笑って不知火がログハウスのほうへ歩いていく。
みなりが己の胸元に目をやると、確かに胸が新九郎に当たっている。
みなりが一度新九郎の顔に目をやる。
そして、また自分の胸元に目をやる。
当たっている。
胸が。
当たっている。
「ば…ば…ばっかあああああああああああ!!!!!!!!!!!!」
「俺のせいじゃねええええええええええ!!!!!」
悠久の青空に、理不尽な悲鳴が轟いた。