不器用な伯爵令嬢のお見合い騒動記
ありがちな設定、ありがちなお話ですが、暇つぶしにでも読んでもらえたら幸いです。
――ある日。
「リリア、今日は何をしていたんだい?」
お父様が私の手元を見ながら訊いてきます。
「はいお父様。今日はハンカチに刺繍をしていました」
「刺繍! 大丈夫なのかい?」
心配げに問うお父様に私は自信に満ちた笑顔でハンカチを広げて見せました。
「そ…それは……」
なぜか、顔を引き攣らせています。
「大丈夫でございます旦那様。お嬢様の刺繍したハンカチは使用人がリサイクルしております。たとえ奇天烈な文様であろうと、それは見事な雑巾と化しておりますわ」
戦くお父様の声に涼やかな男性の声が応じます。
間違いありません。
何処か女性的な言葉遣いをしていますが、男性です。
「そ…そうか…」
少し引き気味なお父様は、何とか納得されたみたいです。
顔色が少し悪いみたいですけど、気のせいですね。
それにしても奇天烈な文様とは少しひどいです。
可愛いではないですか、うさちゃん模様。
なぜか、うさちゃんに見えない代物になっているけど気にしません!
そしてまたある日。
「それで、今日は何をしているんだい?」
再び私の手元を見て顔を顰めます。
目の前には、皮なのか実なのか原型を留めない野菜がゴロゴロ転がっていました。
「ジャガイモの皮むきですわ、お父様」
「はい?」
「大丈夫でございます旦那様。お嬢様のお剥きになったジャガイモは料理人たちがしっかりリサイクルしてくれております。それもまた見事な美味なスープと化しておりますわ」
「こ…これを食べるのかい?」
顔を引きつらせるお父様を無視し、私はひたすらにジャガイモの皮むきに勤しみました。
「リリア、君はまだあんなことを続けるつもりかい?」
春の日差しが柔らかくなってきた頃。
私はなぜかお父様に呼ばれました。
「もちろんですわ、お父様! 何事も練習あるのみです!」
「身になった事は一切ございませんが……」
宣言する私に茶々を入れるのは、男装の麗人――ではなく、本物の男性の使用人です。女性言葉で話し、性格もちょっと変わり者ですが、さりげなく毒を吐く毒舌家でもあります………。
「でもね、リリア。君はそんなことをしなくても良いのだよ」
「何を言いますか、お父様。人生何が起こるかなど誰にも分かりませんのよ。今から、何事にも動じない生活基盤を作ろうとすることの何処がいけないのですか?」
「無謀の極みですわ、お嬢様」
無謀でもいいのです。
人生何事も経験です!
そういうと、なぜか二人からため息が聞こえてきました。
「でもね、リリア。君はこのトリカラ領主、ハーヴグレイ伯爵の一人娘なのだよ」
「分かっておりますわ、お父様。ですから、こうして日々の生活のために精進しているではありませんか」
「間違えた精進の仕方ではございますが…」
「ルルは黙っていて!」
「申し訳ございません、お嬢様」
もう、いい加減茶々を入れるのは止めてほしいですわ、ルル!
男装の麗人にしか見えないルル――本当の名はルイシャン――は、年は25歳。見事な金髪と翡翠色の瞳をした超絶美人さんです。表情は能面のように動きませんが――それはもう、みごとな無表情ですよ――仕事はとても優秀です。
ルルの満面な笑顔?
それはきっと、太陽が西から上ってもあり得ない、です!
「はぁ〜」
「旦那様、ため息は良くはありませんわ。幸福が逃げて行かれると伝わっております。
お気持ち、お察しいたしますが、ことお嬢様に関してはお諦めになられた方が得策と存じますわ」
「そう言ってもいられないのだよ……」
「何かあったの、お父様?」
深く、それはもうどこまで落ちるのっていうくらい深くため息を付くお父様は、不意に顔を上げると、まるで可哀そうな娘を見るような目つきで私を見てきました。
なにがあったのですか、お父様?
「…リリア、君のお見合いが決まったよ」
何処か、愁いを含んでいます。
「私の…ですか?」
「それはまた…物珍しい事ですね。
いったいどちらの殿方ですか? お嬢様とお見合いを望む奇特なお方は?」
能面使用人ルルが珍しく眉を少しだけ動かしました。
相当驚いているからでしょう。
だって、私もびっくりです。
これでも私、16歳の頃からお見合いを10回ほどしました。
でも、なぜか会う方々に全て断られております。
見た目はそんなに酷くないと自分では思うのですけど、なぜなんでしょう?
お父様とよく似た夕闇に淡く光る銀糸の長い髪に、幼いころに亡くなったお母様に似た深く澄んだ青の瞳。顔立ちは、自分で言うのもなんですが、可愛い部類に入るとは思います。
それなのに、なぜか断られるのです。
見合いの席についてくるルルは、能面の如く表情で「また断られましたね、お嬢様」と言って、その時ばかりは口の端に微かな笑みを浮かべます。
断られたのを笑わなくたって良いじゃない!と八つ当たりすると「お嬢様は、お嬢様だけを見てくれるお方とご結婚されるべきですよ」と言って、なぜか頭を撫でられることもあります。
ルルは優しいのかいじわるなのか理解に苦しみます。
今年18歳になる私は、トリカラ領主の一人娘、リリア・ハーヴグレイと申します。
「――殿下だ」
「はい?」
聞き間違いでしょうか?
何か今、聞いてはいけない言葉が耳を通り抜けて行ったような気がします。
「申し訳ございません、旦那様。ルルの耳が何処か麻痺しているようです。もう一度お願いいたします」
ルルの表情筋がぴくりと微かに動きました。
またまた珍しい!
お父様は、頭を抱えるようにうなだれると「だから、この国の王太子、ロンディール様だ」と小さく呟きました。
「え〜〜〜っ!?」
「「あのバカ王子ですか!?」」
偶然にも、私とルルの声が重なりました!
びっくりです。本当に驚きです!
なんで、王族との縁談が私に来るのですか?
面識なんてありませんよ!
それも、バカ王子と名を轟かせている王太子様ですか!
あり得ません!
「旦那様、どのような経緯でお嬢様に縁談など持ち込まれたのですか? 無謀すぎませんか? いくらバカ王子とはいえ、相手は王太子ですよ。うちのお嬢様の噂を知らないわけじゃないんだろう? 何を考えてのお見合い話なんだよ、旦那様!」
ルル、言葉遣いが雑になっていますよ。
良いんですか?
相変わらずの無表情で怒鳴りつけるルルに、お父様は後退り気味です。
椅子に座っているから逃げ場はないけど……。
「それはだね、王様にね、泣き付かれたんだよ。王太子の馬鹿さ加減に誰もお嫁に来てくれないって!」
「それで?」
「大臣の一人がね、うちの娘の事を話題に出してね。
10回もお見合いを断られるくらいの娘なら、バカ王子の相手でも了承してくれるかもってね」
「なんですか、それは〜っ!」
あり得ないでしょう!
10回も断られてるから了承するって、どれだけ私を馬鹿にしているんですか!
「お嬢様の命運も、ここで尽きたようですね。合掌」
憤る私とは別に、なぜかルルは両手を合わせております。
「嫌なことを言わないでよルル! 私に王太子の嫁が務まると思っているの!?」
「無理ですわね」
「そう思うなら、何とかしなさいよ」
「それも、無理、というものですよ、お嬢様」
能面使用人は、すでにあきらめているかのように無理を連発しています。
どうしてこうなったのですか!
「断れないのですか、お父様!?」
翌日、抗議の為再びお父様の執務室に突撃いたしました。
「無理だね〜、もう日程も決まってしまっているからね〜」
「なんですって――!」
それを先に言いなさいよ〜!
「大丈夫です、お嬢様、冷静になりましょう。
良く良く考えてみたら、お嬢様が見初められる事はあり得ませんので、安心してお見合いをなさってください」
能面使用人ルルが、淡々とした口調で言いました。
見初められる事はないって、言ってること、酷くないですか!
「どういう意味よ!」
「そのままの意味でございます、お嬢様」
「そうだね〜、間違ってもリリアが見初められる事はないよな〜」
「お父様も!」
「だって、本当だろう?」
グッ…。
そうですよ…私は、10回も断られ続けていますよ!
見初められる、なんて諦めてますよ!
でも、面と向かって言われたら腹が立ちます!
「なら、今度こそお見合いを成功させようじゃありませんか! 相手がバカ王子だろうと私は負けません! 必ず私を選んでもらいます!」
「では、将来王妃となる覚悟があるのですか、お嬢様?」
「そ…それは――無理」
「ですよね〜。なら、断られるのが得策ですよ、お嬢様。しっかり対策を練って挑めば間違いなく断られますわ」
それもどうかと思うけど……。
ガクッと肩を落とす私の頭上でルルの冷笑が響きます。
能面のまま笑うって器用なことするのね、ルル。
ルルのお見合い対策――其の1
ルルを女装させて連れて行くこと。
「バカ王子とはいえ男性ですもの、明らかにお嬢様より美しい私に惹かれる事でしょう。大丈夫ですお嬢様、必ずおとして差し上げますわ」
その自信はどこから…?
私の淑女としてのプライドは?
「そんなものございませんわ、お嬢様」
あ、そう―――
ルルのお見合い対策――其の2
「お嬢様の刺繍なさったハンカチをプレゼントなさいませ。あまりの素晴らしさにきっと涙を流してお喜びになりますよ。そのあとの事はお嬢様も想像がおつきになりますでしょう?」
ええ、ええ、想像が付きますよ。
奇天烈な文様のハンカチなど、誰が欲しがりますか!
逃げますよ!
と言いますか、一度それでお見合い断られたではないですか〜〜〜!
ルルのお見合い対策――其の3
「お嬢様、心を込めてお菓子をお作りになり持参されたらいかがでしょう」
「初対面の人からのお土産など受け取ってくれないでしょう? ましてや、口に入れるものは特に難しいでしょう?」
「それは事前に伝えていただければ大丈夫ではございませんか? 得意のお菓子を持参致しました、ともなれば好感度うなぎ上りですよ」
「……ガタ落ち、の間違いでしょう…」
そうして迎えた、お見合い当日。
結果から申しましょう――見合いは大成功でした……はい。
どちら方面に大成功かと言えば、断られなかった方です………。
なぜ…? なぜ、あれで了承するの?
と言いますか、無理です、絶対無理!
対策通りきちんとこなしたのに、どうして断られなかったのよ!
ルルの対策其の1
殿下、貴方なぜ、ルルに惹かれないのですか? 男でしょう、美人が好きでしょう!?
なにその可哀そうな娘を見る目は!
貴方だって似たり寄ったりではないですか、確かに見た目は素晴らしいくらいの美形です、金髪碧眼なんて美形王子の定番ではないですか…て、なんで私殿下をほめているんですか!
でもね、貴方だってバカ王子と呼ばれているんだから、私をそんな目で見ないで下さい!
対策其の2
殿下、人の作ったハンカチ見て大爆笑、ってそれはないでしょう!
確かに動物モチーフですよ、見えないけど…。涙目になりながらそれが気に入った、と言われても信用できません、というか、どういう美的センスしているのよ!
其の3
殿下、折角の手作りクッキーを顔を引き攣らせながらも完食する根性は尊敬しますが、呆れているのは丸わかりですよ。
隠れて胃薬飲んでるの見えてます――
そんな私をなぜ気に入った、とおっしゃるのでしょうか?
明らかにおかしいでしょう?
こんな私を王妃なんかにしたら、国が傾きますよ!
それにそこの二人。
なぜ、二人で肩を叩き合って意気投合しているのですか!?
ルル、あなたも何「この殿下はお嬢様にぴったりですわ」なんて言ってるの!
必ず落とすって言ってたのはどこのどいつよ〜〜!
なんで了承するの!?
訳が分かりません。
でも、絶対に王太子の嫁なんて務まりませんから、今回ばかりは私の方からお断りさせていただきます。絶対に無理です〜!
と思っていたのに――
「こんな面白い人材、私が逃がすと思っているのかい?」
人材ってなんですか、人材って!
殿下、私は貴方の娯楽の為の王妃は務まりません。
他をあたって下さい。
「お嬢様、あきらめた方が得策です。王太子殿下は、捕えた獲物は逃がさない主義のご様子。逃げ切るのは無理ですわ」
何よ、それ!
どこのハンターよ!
「馬鹿なふりはするものだね。こんなに楽しい令嬢ならきっと退屈しないだろう」
馬鹿なふり〜!
殿下、貴方いったいどれだけタヌキの皮を被っているのですか?
馬鹿なふりしていったい何がしたいのか理解できません!
「殿下、それは保証いたしますわ」
ルルも何を言ってるのよ!
お見合い、壊すんじゃなかったの!
「楽しみが増えたよ、感謝するルイシャン」
って、なんでルルの本名殿下が知ってるのよ!?
「お眼鏡にかなってなりよりです、殿下」
ま…満面の笑み―――!
初めて見たルルの満面の笑みに、私はこの世の地獄を見ました。
太陽、西から上ってないよね?
明日は、天変地異?
逃げる用意、した方が良い?
恐怖に戦く私はまるで捕食された動物のように動けなくなりました。
に…逃げれるの…この二人から?
近づいてくる殿下、背後には逃がさないとでも言う様にルルが背中から抱き締めて――羽交い絞めともいう――いて、私は逃げ場を失いました。
「折角の獲物、私が逃がすはずはないだろう」
って、殿下、今、獲物って言った〜!
それに、何よその手?
なに私の顔に手を添えてるの!?
「そうですよ、お嬢様。折角お嬢様だけを見てくれる殿方が現れたのです。観念なさいませ」
どういう意味よ〜!
「そのままの意味ですわ、お嬢様」
心を読まないでよ、ルル!
「そなたの初めて、もらうぞ」
――――っ!
気づいた時には頭が真っ白でした。
確かに初めてです。
触れて来る唇の感触が、微かに身体をなぞる指の感触が、あまりにも突然すぎて、考える事を一瞬手放しました。
というか、ルル、あなたも何どさくさに紛れて触っているのよ!
「一つ、お教えいたしましょうか、お嬢様」
耳元に響く吐息交じりのルルの声。
「私は、殿下の命により、お嬢様を狙う不埒な男どもから守っていたのですよ」
な…なんですか、それは!
初耳です!
「お嬢様、貴女は幼少のころから殿下に狙われていたのですよ」
艶やかに囁かれるその言葉に戦慄しました。
万事休す、とはこのことを言うのですね…。
全部仕込まれていた事だなんて、知りたくもありませんでした。
と言いますか、私、殿下となんて一度も会った事ありませんが!?
いったい、どこで見たのですか!?
というか、貴方、本当に何者なのよルル!!
その後、私の気持ちなどそっちのけで、とんとん拍子に事は運び、1年後盛大な挙式が行われました。
隣には王太子殿下、そして目の前には――なんで貴方がそこにいるのよ、ルル!
貴方が、この国の大神官なんて、神への冒涜でしょうが!!
はたして、私の心の叫びは、神に届くことはあるのでしょうか……?
誰か…この二人から逃れる方法、教えてください――
ありがとうございました!




