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吸血女王  作者: 妄想日記
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第六話 嗜虐

 目を覚ますと窓もない全く知らない部屋で一人っきり。

 しかも手足をベッドに縛り付けられている。

 今まで全く何の役に立たなかった危機感が今更なってようやく警鐘を鳴らし始めた。

 これは誰が見ても非常に危険な状況であることは間違いない。貞操的な意味で。

 もし私に記憶を失ったとある国のお姫様という設定がなければ、この後私を待ちうける運命は火を見るよりも明らかだった。

 そして私には多分そんな設定はない。世の中そんなに甘くないということを私は身に染みて知っている。

 となると、不幸にも何度も男の人に襲われそうになる程度には外見の良い私は、今回も現在進行形で襲われているのかもしれない。かもというか襲われていることを認めざるをえない。

 だって、身寄りのない女をこんな部屋に閉じ込めるなんてそれ以外に考えられないでしょ?

 しかも手足は縛られてるし…………、そっちの趣味の人だったらどうしよう…………。

 痛いのは嫌だ。けれど純潔を散らすのはもっと嫌だ。もしそんなことになるくらいなら相手を道連れに死んでやるくらいの気概は持ち合わせている。実際一度死んだようなものだしね。

 とはいえ今のこの状態だと完全に蝶の標本。

 ナイフもないから男の人に組み敷かれたとしても一矢報いることもできない。

 うーん、この状態からどうやってアレを潰せばいいんだろう?

 縛られてるところまで口が届けばこの縄くらいなら噛み切れそうなんだけどね。

 今私にできることは…………しゃべることくらい、かなぁ?


 そんなことを考えていると、部屋に一つだけついている木造の扉が音を立てて開いた。

 そしてそこから現れたのは先ほど酒場に食事に来ていた領主その人であった。

 やっぱりこの人だったか……という思いが強い。タイミング的にこの人以外考えられないしね。紳士そうに見えたんだけどなぁ。どうやら私に人を見る目はないらしいです。


「目を覚ましたか」


 領主はそう言って私に近づいてきた。


「あ、あの、領主様、これは一体……」


 私は戸惑った振りをしながらそう言うと領主は突然気持ち悪い笑みを浮かべた。


「実は儂には人に言えない少々困った趣味あってな」

「こ、困った趣味…………ですか?」


 嫌な予感しかしない。聞きたくないよぅ。


「お前のような美人の造りだす悲痛の表情でしか興奮することができないのだよ」


 最悪だ。


「欲求を溜め込んだままでは執務に支障が出るだろう?そうして困るのは我が領の領民だ。だが領民に手を出してしまえば本末転倒というものだろう?だからこそあの酒場を利用しているのだ」

「え」


 あの酒場って私たちが働いていた酒場?


「おかしいとは思わなかったのか?目の付かない裏通りにあるにもかかわらず金のある上客しか来ない。そして店員は全て行き場を失った難民ばかり」

「それって……」

「あれは酒場などではない。人を売っているところだ」

「それじゃあ、酒場にいたみんなは……」

「今頃みな買い手の元にいるだろうな」


 みんなグルだったっていうの?エリーゼさんもマスターも料理を分けてくれたお客さんも、そしてそれを知りつつ黙認しているこの領主さえも。


「嘆かわしいことに我が国では奴隷が認められておらん。しかしそれも悪いことばかりではない。認められておらんからこそ、お前たちのような世間知らずの田舎者が簡単に騙され、儂らのような一部の人間が美味しい思いをできる。優越感を含めてな」


 本当に最低な人たちね……。あの楽しかった一ヶ月の裏にこんな腐った思惑があったなんて。


「反抗的な目だな。つまらん……。まぁ少し痛い目に合えばその目も変わるだろう」


 私の中で作戦を立てる。

 この状態の私にできることは噛み付くことだけ。

 男がアレを口元まで持ってくれば容赦なく噛み切ってやるところだけど、さすがに領主もそこまで警戒心がないことをするとは思えない。

 となるとキスに誘う以外に方法がないわけだけど、サディストがキスなんて行為に誘われるとも思えない。

 あれ?もしかして八方塞がり?


「さて、少し泣いてもらうか」


 そう言うと領主は短い鞭を取り出した。

 剣ほどの長さしかないそれは見るからに痛そう……。

 まさに痛みを与えるためだけに作られた拷問道具そのものであった。


「さぁ気の強いその目が歪むところを私に見せてくれ」


 領主の顔がくしゃりと歪み、私の地獄は始まった。

 領主は私の肌に赤い痕が残っていくのをまるで絵を楽しむ子供のように喜び、何度も何度もその手を振り下ろした。

 あまりの痛みに涙を流して意味もなく何回も謝ったけど、ついにその手を止めてくれることはなかった。

 そして赤く腫れ上がった痕に手を這わせて、私の反応を楽しんだかと思うと今度はその手で腫れ上がったところを叩きはじめた。

 いっそのこと気を失ってしまいたかった。けれど領主はその絶妙な力加減で私の目を覚まさせ、私にはただただ涙を流すことと痛みを絶え続けることしか許されなかった。


 そしてついには胸元の肌が裂け、血が滲み出してきた。

 領主は私の反応を見ながら傷口に舌を這わせる。

 しかしそこには一片の優しさもなく、舌先を堅く尖らせ、まるで傷口を抉るように私の肌を嬲った。

 その痛みで身を捩るも、ロープに縛られた身体では逃げ場はない。

 そして私の血を舐め取った領主は嫌らしい笑みを浮かべて…………死んだ。


「え……」


 領主は全身の穴という穴。毛穴までもから大量の血を吹き出しながら私に覆いかぶさり、そのまま動かなくなってしまった。


「なん……で…………」


 領主の身体から夥しく流れる血が口の中へと入ってきた。

 どろりとした感触に吐き気を覚える。

 どうして血ってこんなに不味いんだろう…………。

 流れ込んでくる血を吐き出せ吐き出せど、止まることの知らない血に、ついに私は飲み込むしかできなくなってしまった。

 必死に喉に絡まる血を飲み込み、息継ぎをする。

 おえ…………。

 まるで腐った生卵みたい……。食べたことないけど……。

 しかしそこで不思議なことが起こった。

 今まで叩かれて叩かれて動くことすら拒否していた身体が突然熱くなってきたかと思うと、力を込められるほど回復してきた。


「むぐぐぐぐぐぐぐ……」


 力任せに縛られた手を引っ張ると、ぶちっという音を立ててロープが千切れて両手が自由になった。

 よし、となればすることは一つ。


「ははっ、ざまぁみろ!」


 私はそう言って領主の身体を突き飛ばして唾を吐きかけた。

 本当はこの死体を野犬の餌にでもしてやりたいところだけれど、そんな余裕はない。

 そして両足のロープも引きちぎり、ベッドから起き上がったところで私は自分の身体を見て驚いた。

 なんと傷が治りかけていたのだった。

 なにこれ?


 よく分からないけど願ったり叶ったりよね。

 とはいえ今の私は鞭で服を叩き破かれ、領主の血で血塗れになっている。

 というか、もしかしなくとも私って領主殺しの罪で死刑になるんじゃないの?

 まずい……よね。

 私がここに攫われたことを知っているのは領主とマスターと、もしかしたらこの屋敷の人とエリーゼ。

 このままバレないように領外に逃亡する?

 いや、逃亡したところで領主殺しの罪から逃れられるとは限らない。というかこれだけ大きな町の領主を殺しておいて指名手配されないはずがない……よね。

 なら一縷の望みに縋って全員に口封じとして死んでもらうしか手はないということになる。正直そんなことが可能とも思えない。でも最低でも私を騙した奴らには恨みを倍返ししてやりたい。あいつらが私たちを売ったお金を見てほくそえんでいるかと思うと今でも腸が煮えくり返ってくる。


 そうと決まればまずは血を拭って着替えて武器を手に入れる必要となってくる。

 私はベッドシーツの汚れていない部分を引き裂き、顔と身体を拭った。

 傷はもうほとんど見えなくなっている。本当に不思議。

 部屋を見渡したところ着替えも武器になりそうなものも見当たらない。

 私は慎重に音が立たないようにゆっくりゆっくりと部屋の扉を開け、外を見渡した。

 よし、人はいない。


 扉を開けて廊下に出ると、この部屋以外に二つの扉があった。

 その一つを開けてみる。

 ベッド以外何もない。

 ただそのベッドに桃色の染みが広がっていたのが凄く気になったけど、どうせ碌でもないので思考を停止。

 次の扉を開くと……あった。

 武器になりそうなものがそれはもうごまんと。

 鞭やら良く切れそうなナイフやら蝋燭やらペンチやら手錠やらキリやらノコギリやら鉈やらロープやら……。

 それ以外にもとても口には出せないようなおぞましい拷問道具で溢れ返っている。

 一体こいつらのうちどれだけが私に使われていたんだろうと想像するとぞっとするなんてレベルじゃない…………。本当に死んでくれてよかった。

 ともあれ今の私には好都合。

 鞭は殺傷能力が低いからいらない。

 とりあえずナイフと鉈。おっ、服はないけど黒い布がある。

 何に使うつもりだったんだろう?

 よく分からないけどこれに身を包んでロープで縛ってローブの代用にしよう。

 ちょっと着物っぽいかな?

 後は胸元にナイフを忍ばせて、袖の中に鉈を忍ばせて、ペンチも拝借しよう。

 そうそう。どうせならこの胸糞悪い屋敷を糞領主ごと焼却処分するべきだよね。それで死体が分からなくなってくれれば儲けもの。

 私はマッチを使って蝋燭に火をつけて領主の死体の転がるベッドに燃え移る位置へとおいた。

 さすがにすぐ燃えてもらっちゃ困るからね。

 この屋敷にいる人間を殺して私が逃げるだけの時間は必要だから。


 見た感じこの屋敷はそんなに広くない。

 多分あの糞領主が趣味のために秘密で所持してる屋敷なんだろうと思う。

 だからそんなに人も多くないはず。

 そして私のその予想は的中した。

 二階建てのそれほど大きくない屋敷。

 一階にいたのはおばさんただ一人。多分屋敷の管理と私の世話をするためにいたんだろうね。

 私は相手が一人なのを確認して音を立てずに忍び寄り、腕で首を締めて声が出ないようにして背中からナイフを突き立てた。

 けれど首を締めた瞬間ゴキリという音がして首の骨が折れた。ナイフは余分だったかもしれない。


 ともあれナイフの切れ味は確認できた。

 さすが元糞領主の所有物だけあって切れ味は凄く良い。

 屋敷の中にはもう動く人影はない。

 しかし廊下の窓から外で衛兵が立っているのを確認している。

 多分糞領主の護衛なんだろうね。

 さて、どう殺すか。

 今頃ベッドに火が付いていてもおかしくはない頃合だと思う。うん、それを利用しよう。

 私はナイフを片手に玄関扉の後ろに隠れた。

 ほどなくするとバチバチという燃える音がして衛兵が駆け込んできた。

 その数二人。


 近い方の衛兵の背後へと忍び寄り、その首をナイフで掻き切る。

 そして衛兵が崩れ落ちる音に反応してこっちに向いたもう一人の衛兵の頭を振り向きざまに鉈でかち割ってやった。

 うわっ、グロ…………。


 私は衛兵の身体を蹴って鉈を顔から引き抜くと、再びローブの中へ刃物を隠してその場を後にした。

 屋敷にいた人は多分これで全員だと思う。

 死体が燃えてくれたら儲け物。

 多分火元の部屋にある糞領主の遺体が一番原型を残さないはず。

 あとは他にこのことを知っている人たちを殺してこの街を去れば何も問題ない……よね。


 幸い屋敷の外へ出ると、そこは見覚えのある道だった。

 というのも私はこの一ヶ月。もらったお給料で同僚と買い物を楽しんでいたからだ。

 領主が言ったことが本当ならみんな売られたんだよね……。

 ……ごめん。みんなを助ける余裕は今の私にはない。でも代わりに私たちを嵌めた奴らは絶対に地獄に送るから。

 そう心に誓って私はナイフを強く握り締めた。


 私は真っ先に酒場を目指した。

 あの糞領主の口ぶりからしてまたあの場所で同じことを繰り返すつもりだと思う。

 きっと今頃私たちを売ったお金で何の罪悪感も感じず楽しく酒でも飲んでいるに違いない。

 そう予想を立てて酒場へと足音を立てずに近づき、耳を澄ますと、女のあられもない声が聞こえてきた。


 まさか売られた同僚がここで!?

 同じ女としてそんな理不尽許せるはずがない。

 私は居てもたってもいられなくなって、酒場の中へ飛び込もうとして手をかけたところで違和感に気づき、止まった。

 この声は嫌がっている声じゃない……。


 それだけならまだクスリでも使われた可能性がある。

 でもこの声は…………エリーゼ。

 間違いない。聞き間違えるはずがない。これは私を嵌めて騙して裏切った声だ。

 私は音を立てないようにゆっくりゆっくりと扉を開き、中を覗きこんだ。

 すると腐った人間が二人、お互いの欲望をぶつけ合っていた。

 その姿があまりにも滑稽で私はたまらず笑い出してしまった。


「あははははははははっ、腐った餌で醜く肥え太った豚どもが発情っ!発情してるわ!」


 その二人とはまさにエリーゼとマスター。まさか二人がわざわざこんな無防備な状態で待っていてくれてるとは夢にも思わなかった。


「マ、マリー!どうしてここに!?」


 二人が行為を止め、驚愕している。


「その名前で私を呼ぶなッ!!!」


 私はエリーゼを怒鳴りつけて近くにあった二人に向かって近くにあった椅子を片手で投げつけた。

 二人が悲鳴をあげて身体を庇うが、椅子は直撃し、鈍い音がして二人とも倒れこんだ。


「ふふふっ、私のことなんて気にせずさっきまでやってたことを続けてくれたらいいのに」


 あんな滑稽な見世物はもう二度と見られないと思う。

 もう少し笑いをこらえる事ができたら最期まで見れたのかな?でもまぁあんな見世物を見せられて笑うなって言う方が無理よね。


「りょ、領主様がお前を逃がしたのか……」


 マスターが喉から声を絞り出して聞いてきた。


「領主?ああ、あの糞サディストね。あいつなら全身から血を吹き出して勝手に死んだわ」

「し……」

「でもまぁ領主殺しの罪を着せられるのは嫌だから、今目撃者を全員殺して回ってるところなの。ねぇ?あの屋敷にいた人間とお前たち以外に私があの領主に買われたことを知っている人間って他にもいるの?」


 私がそう投げかけると、エリーゼが私に近づいてきた。


「た、助けて!私も脅されてたの!私もあなたとおなじ!みんなこのおと……」

「エリーゼッ!」


 私の足元へすがり付こうとするエリーゼとそれに向かって怒鳴るマスター。

 ほんっと。


「五月蝿いッ!」


 私はナイフの柄でエリーゼの喉を突いて潰した。

 喉の潰れたエリーゼはその場でのたうち回る。

 さすがに良いナイフだけあって柄の部分もしっかりしている。


「さて、逃げられても困るし逃げられないようにしよっか」


 そう言って私は二人に笑顔を向けた。

 逃がしたくなければ歩けなくすればいい。

 私は鉈を取り出してエリーゼの両足を切断して、必死に逃げようとするマスターに向かって鉈を投げつけ、片足を切断した。

 部屋の中が血の臭いで充満する。

 私の顔に飛び散ったエリーゼの血をぺろりと舐めてみるがやっぱり不味い。

 不味いけど後を引く。けれどやっぱり不味いのが分ってるからもう一度舐めようという気は起きなかった。

 さて、早く殺して逃げなきゃいけないわけだけど、売られた娘たちの恨みをしっかりと晴らさなきゃね。


 うーん、拷問ってやったことないしやりたくもないんだけど、ここは気合入れて頑張らせていただきます。

 それにしても悲鳴が本当に五月蝿い。まずはこの騒音をどうにかしなきゃね。

 私は自分に活を入れると、ペンチを取り出して人間を壊す作業を開始した。



 それからどれくらい時間が経っただろうか。

 気が付くと二人の心臓は止まり、私の仕事は終わりを告げていた。

 達成感はない。けれどこれでみんなの恨みを多少なりとも晴らすことができていたらいいんだけど。

 さて、後はできるだけ遠くに逃げなきゃ。

 まずは旅の準備として、身体を洗って新しい服に着替えて何着か着替えを用意する。

 食料は堅いパンさえあればいいかな。あれ結構癖になるんだよね。

 それと水もいるかな。水袋を貰っていこう。

 これでよし。

 あとお金だけど……この店の有り金全部持って行ってもいいよね?

 みんなには悪いけど残していっても意味ないしね。


 こうして私はこの街へと入ってきた手順と同じように塀を乗り越えて旅立った。

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