第五話 まぼろしの休息
仕事を紹介してくれた愛嬌のある笑顔を見せる女の人は『エリーゼ』さんと言うらしい。見たところまだ20代にも見える明るく良く笑う人だった。
その人の紹介してくれた酒場は町の裏通りという分かりにくい場所に立地している割には繁盛している酒場で、井戸水で臭くなくなった私を住み込みで働かせてくれることとなった。そう、私は臭くないのである。大切なことなので二回言わせていただきました。これは試験に出ます。
店のマスターも良い人で、賄いを作ってくれるだけじゃなくて、余ってたという私服をくれた上、きちんとお給金まで支払ってくれた。そして名前のなかった私に『マリー』という名前をくれた。
酒場っていう話だったから、どんな荒くれ者が集まってくるのかと思ったら、客層は意外と紳士的な人が多くて、揉め事や喧嘩もなかった。
いや、それどころかこっそり私に食べ物をくれたりなんてこともあった。たまに見つかってマスターにお小言をもらったりもしたけどね。
そしてこの酒場には私以外にも行き場を失った難民女性が何人か住み込みで働いていた。
共通点は二つ。ひとつはみんな可愛いこと。ということは私も可愛いってことだよね!ね!
ふたつめはみんな賊に追われて住んでいた村から逃げてきたってこと。
私も一応難民っていう設定だったから、あの賊に襲われた村を説明してみたんだけど、みんな「そんな村あったっけ?」って首を傾げるばかりで誰も知らなかった。
うーん、あの村マイナー過ぎたのかな。
まぁ小さな村だったしね。
そして働き始めて一ヶ月が経とうという頃、なんとこの辺り一帯を管理しているという領主さんがお店へとやってきた。
さすがに領主をやっているだけあって貫禄のある男の人だった。男の人って言っても、私のお父さんくらいの歳かな?お父さんの記憶はないけど。この領主さん、マスターが言うにはかなり立派な人らしい。この人のおかげでこの町は活気があるのだとか。確かに立派でした。主にお髭が。
マスターの指示で私が注文を取って料理とお酒を運んだ。
もしかして私ってばできる女としてマスターに認識されてるのかも!
確かにこの中では一番仕事を覚えるのが早かったし、注文間違いや、転んだりお皿を割ったりなんてミスはしたことがない。
私が料理を運び終えると、領主さんがじっと私の顔を見た。
な、なに?
何か変?もしかしてさっきまで食べてたクッキーのくずでも顔に付いてる?
「ふむ」
領主さんがそう言うと横のいた衛兵によって私は下がることが許された。
な、なんだったんだろう?
入れ違いでマスターが呼ばれ、領主さんと何やら話をしている様子だった。
もしかするとマスターは凄い人なのかもしれない。
それから何の問題も起こることなく領主さんが食事を終えて帰っていき、その日はそれで店を閉めることとなり、私たちはいつもどおり賄いを食べたところであまりの眠気に意識を手放してしまった。