第四話 美味過ぎた話
街の中を歩いていると、みんな私を避けていく。
もしかすると裸足ローブだから乞食みたいに思われてるのかな。
概ねその認識は間違っていないんだけどね……。
とは言えこれからどうすればいいんだろう?
服が欲しくてもお金がない。
仕事を探すにしても服がない。
衣食住が保障されて私のような素性の知れない人間を雇ってくれるところなんて…………きっと春を売るようなお店しかないよね。
お仕事でやってる人たちには悪いけど、私は嫌だなぁ。本能的に無理。やっぱり人には向き不向きがあるってことだよね。
あとは服を盗んでそれから仕事を探すって言うのも手だけど、それをやっちゃうと人として終わっちゃう気がするし……。
うーん、どうしよう……。
「ねぇ、そこの乞食のお姉さん」
どこかに全裸でも雇ってくれる健全なお店はないのかなぁ。
「おーい、乞食さーん」
突然女の人が私の行く道を妨げた。な、なに?
「お姉さんもしかして難民の人?」
「な、難民って?」
「そのままの意味だけど。賊に村が襲われて住むところを追われた人かってこと」
もしかして私。何か疑われてるの?
ここは話を合わせておいた方がいいのかな。
「そ、そうなの。突然私のいた村が賊に襲われて着の身着のままでこの街に……」
そう言って私は目じりを拭った。もちろん嘘泣きである。
「ということは仕事探してるよね?良かったら紹介するけど?」
なんて美味しい話!でも怪しい。これ以上ないほどに怪しい。
こういうのって押し売りと一緒で向こうから持ってくる話っていうのはとりあえず疑ってかかった方がいいんだっけ?欲しい物があれば自分で探すようにしようってどこかで習った気がする。
真っ当な仕事なら私みたいに見ず知らずの人間より、もっと身元のきちんとした人を雇うだろうし。
ということは、やっぱり売春かな。
「仕事は欲しいけど、春を売る仕事は私には無理ですから……」
多分、思わず男の人の大事なところを潰すと思う。確実に。
「春を売るって……、ははっ!お姉さん面白いこと言うねぇ。つまりお姉さんの身体は春っていうわけか。うんうん、それは確かに否定できないなぁ」
あれ?春って通じない?もしかして自画自賛してると思われた?
「残念だね。お姉さんの春ならたんまり稼げるだろうに」
そう言って女はニンマリと笑った。
「…………」
「じゃあ春を売らない仕事ってのはどう?」
「欲しい!…………も、もちろん内容によるけど」
私はすぐに飛びついた。
今の私なら売春以外だったら何でも我慢できる気がする!だってもうこれ以下はないってほど仕事を選べる立場じゃないことは十分に自覚しているから。
「大丈夫大丈夫!普通の接客だから。私の知り合いの酒場屋さんがちょうど住み込みの女性店員を募集しててね。ほら、男の人だってどうせならお姉さんみたいな綺麗な女の人にお酒を運んでもらいたいでしょ?」
「…………私って、綺麗なの?」
「え!?自分で気づいてなかったの!?お姉さん自分の顔も見たことないの?」
うん、ない。そりゃあ、賊や衛兵に襲われるくらいだからそれなりなんだろうって気はしてたけど、あの人たちがただ溜まっていただけの可能性もあったし、もしかすると顔はどうでも良かったのかもしれないし。一応胸は人並みにあるみたいだから…………ね。
「綺麗な紅い瞳にウェーブがかった長い黒髪。背もすらっと高いし胸も大きいのに腰は細くてお姉さんは珍しい色の美人さんだよ。そんなに真っ黒な髪してる人なんて初めて見たし。汚くて臭いけどね!」
「え!?く、臭い?私ってそんなに臭いの?」
女の人は鼻を摘んで本当に臭そうに顔をしかめている。
ショ、ショックだ……。確かにあの井戸を借りた日以来身体を洗ってないけど、それにしたって…………。
「もうね。お姉さんの近くにいると鼻で息できないから。鼻を付く臭いっていうか鼻に残る臭いって言うか、生ゴミと死体を足して二を掛けたような臭い?」
「そこは二で割ってよ!」
「無理無理!私は嘘を付かないのがモットウだから!」
自分で全然分からないのは慣れたかななのかな……。嫌過ぎる。
通りでみんな私を避けていくわけだね……。
「あ、もちろん洗ってもその臭いが取れなかったらこの話はなしだからね」
「え、ええ。さすがに取れないことはないと思うけど……」
心からそう思う。さすがに私イコール臭いみたいになるのだけは勘弁して欲しい。
「じゃあ、さっそく酒場に行って身体洗わせてもらおうよ!」
女の人は明るく笑って私の手を引っ張った。
「う、うん。ありがとう。この恩は絶対にいつか返すから」
「いいっていいって!困ったときはお互い様。それにお姉さんみたいな美人紹介したら紹介料もらえることになってるしね」
「それでも恩を受けたのには変わらないから」
「くすっ、お姉さんって本当にイイヒトだね」
こうして私は見事騙されてしまったのである。