第二話 眠り
半日ほど歩き続けると木の柵が見えてきた。
半日歩き通しでもそんなに疲れを感じないんだから私ってば意外と健啖らしい。うん、いいことだよね。結局川もなくて血で汚れて気持ち悪いままだけど。
それにしてもあの柵、どう見ても人工物だよね?もしかして村かな?
近づいてみるとやっぱり村だった。
その入り口にはさっきの騎士の人たちみたいに鎧を着た男の人が二人立っていた。
近づく私に気づいたのか、男たちはぎょっとした目をして声をあげた。
「な、なんだお前は!」
血塗れだもんね。そりゃあ警戒されるよね。
私はその男の人たちの警戒を解いてもらえるよう、今日あったことを懸命に説明した。
すると意外にもあっさり私に対する警戒を解いてくれた。
何でもこの周辺に賊が出没することは既に噂になっていたらしい。
そして私はなぜか賊に襲われたショックで記憶喪失になってしまったという設定にされてしまった。
うーん。状況的に間違ってはいないと思うんだけど、何せ襲われる前の記憶がないからなんとも言えない。
しかもありがたい事に屯所にある井戸まで使わせてくれることになった。
本当に助かります。もう臭いわ汚いわ気持ち悪いわで一刻も早くこの汚れを洗い流したかったんだよね。
それにしてもやっぱり男は男。
親切な人たちかと思ったら井戸使ってるところをしっかり覗かれたし。
まぁ大事なところは布でカバーしましたけど。ほんと男なんて信用できない。
着ていた服も洗濯させてもらって、それが乾くまでの間は大きめの毛布を借りて包まることにした。とは言っても当然服が乾くのには時間がかかる。
仕方なくじっと待っていると、年若い兵士さんがスープとパンを手に私のもとへとやってきた。
「あ、あの。これ……ど、どうぞ!」
男はどもりながらも私にスープとパンを差し出してきた。
「ありがとうございます……」
食べ物を受け取った私は、とりあえずパンを口に含んでみた。堅い。
でも堅いパンは嫌いじゃないんだよね。この噛めば噛むほど味が出るような感じがなんとも。はむはむ。私はスープにパンを付けることなく、時間をかけてスープとパンを別々に食べ続けた。
その様子を男がじっと見てくる。
何だろう。じっと見られてると食べにくいんですけど……。
そんなことを考えていると男が突然大きな声をあげた。
「あ、あの!」
突然大声をあげられ、驚いて危うくスープを零しそうになったが何とかバランスを取って耐えてみせた。
「な、なに?」
「行くところがないなら良かったら僕の家に来ませんか?」
「いえ、結構です」
「そ、そうですか……」
きっぱりと答えると男はがっくりと肩を落としてしまった。
反射的に答えてしまったけど、多分貞操の危機再びだったよね?
というか記憶がないから私に貞操があるのかどうかは知らないんだけどね。
もしかすると記憶を失くす前はビッチだったりするかもしれないし。
とはいえあれだけ男に酷い目に合わされそうなったわけだから、当分男なんていらないし、信用する気もない。
もそもそとパンを食べ終えると私は食器を返しながら男の人に改めてお礼を言った。
「ありがとうございました」
「いえ、その……それでこれからどうするつもりですか?」
この人。もしかしてまだ諦めてないの?
私は毛布の下に隠し持っていたナイフを強く握り締める。
どうしよう。このままここに一晩泊めてもらうのも正直怖い。力の強い男の人しかいないし、私を知っている人は多分誰もいない。しかもここへ来るまでの間、他の村の人にも会っていないからもしここで何かあったとしても周りには分からない。もしかしなくても今のこの状態ってかなり危険な状態じゃない?
だとしたら一刻も早くこの場を離れないと……。
「服が乾いたら次の街を目指します」
「え!?い、いくらなんでも無茶ですよそれは!」
男が慌てて詰め寄ってくる。
「だ、大丈夫です!あなたにご迷惑はおかけしませんから!」
強く拒絶するも、男に肩を強く掴んでくる。いたいっ!
「ど、どうせ死ぬならいいよね」
そう言って男が顔をますます近づけてきた。
な、なに!なんでいきなり発情してるの!?ま、まさかこのままキスする気!?
いいわけあるか!それに私は死ぬ気なんてないのよ!
「やめ、て!」
男を突き放そうとするが力では叶わない。
最悪にもほどがある!何で一日でこう何回も襲われないといけないわけ!
やっぱり私の推測は正しかった。この人の家になんて行ってたらどうなってたか分からない。
とはいえ、今まさに危機が目の前へと迫っている。
あの賊たちに比べたら多少はマシ…………とはいえ、いきなり身寄りのない女に襲いかかるなんてまともな男のすることじゃない!
こんな男に抱かれるなんて絶対にいや!
「だ、誰かああああああ!!!助けてえええええええええええええ!!!」
力の限り声をあげると、その声に答えるかのように遠くから男の叫び声が聞こえてきた。
「ぞ、賊だああああああああ!!!!」
その声に私を襲おうとしていた男の動きがピタリと止まった。
そして次第に男はガタガタと震えはじめた。
「お、おしまいだ……。賊なんかに襲われたらこんな小さな村ひとたまりもない……」
「は、離して!早く逃げないと!」
「…………お前だ。お前の所為だ。ああそうか、分かったぞ。お前が賊を連れてきたんだな!!!」
男が血走った目で私を見てくる。
この男、狂ってるの?
「説明したでしょ!私も襲われたのよ!」
「俺は騙されないぞ!お前は俺たちを差し出す代わりに助かるつもりなんだろう!」
「そんなわけないでしょ!」
必死に抵抗するも、男に突き飛ばされて机に思いっきりぶつかって倒れてしまう。
痛い。逃げなきゃいけないのに腕が動かない。何でこんなことになるの?助かったんじゃないの?
「クソッ!クソッ!騎士団の奴ら何やってやがるんだ!高い税金を取るだけ取ってクソの役にも立たないじゃないか!」
男は喚き散らしながら何度も何度も私を踏みつけた。
顔だろうと足だろうとお構い無しに踏んでくる。
口の中に血の味が広がっていく。
痛い。熱い。もう動けない。身体に少し力を入れただけでも痛みでのたうちまわりそうになる。
「う、うぅ」
私は涙を流しながら身体を庇うように丸くなった。
「そ、そうだ!この女を人質に取れば逃げられるかもしれない!」
何でそんな発想になるの?本気で私が賊の仲間だと思い込んでるのっていうの?
「おい!立て!」
「う……」
男に無理やり立たされて、腕で首を固められ、剣を突きつけられる。
あまりの痛みに悲鳴をあげそうになるが、首を固められているのでそれすらもできなかった。
「いくぞ」
男は周囲を警戒しながら建物から出た。
するとそこには見知った姿があった。
そう、最初に私を襲った賊たちだ。
あの衛兵の人たちは結局賊を逃がしてしまったのか。
「お」
賊のうちの一人が私に気づいた。
「お、お前たち!この女が生きたまま欲しかったらここを通せ!」
男がそう言うと、賊たちは顔を見合わせて笑い始めた。
「ハハッ!馬鹿だろお前!」
「な、なんだと!?」
男が賊たちの言葉に反応した瞬間トスンッという音がして男の額にナイフが突き刺さった。
男の身体が力を失って崩れ落ちる。
「ひぃ!」
おかげで私は男の腕から逃れることはできたが、足に力が入らずこけてしまった。
それを見ていた賊たちが再び笑い始める。
「ククッ、つくづくツイてねぇなお前」
「うぐ」
それでも私は地面を這うようにして賊たちから少しでも距離を取ろうとする。
「心配するな。もう誰もお前さんを襲おうなんて奴はいねぇよ」
そんなの信じられるはずがないじゃない!
「だってなぁ……次にお前さんを見つけたら問答無用で殺すことに決まってたんだわ」
男が話し終えると何人もの賊たちが一斉に私に向かってナイフを投げるのが見えた。
太いナイフが私の肌に深く深く突き刺さる。
頭に、腕に、胸に、足に。そして私は大量の血を流しながら深い絶望の中死んでいった。
「長生きの秘訣は即断即決ってな。ってもう聞こえてねぇか」
聞こえてるわよ、馬鹿。
主人公
名前 なし
種族 吸血鬼
能力 不死
下僕 0人
殺害者数 4人
死亡回数 1回