第一話 目覚め
気が付くと、私の上に目の血走った半裸の男が跨っていた。
「ひぃいいいいいいいいいいい!!!」
私は驚きのあまり目の前にぽろりと零れていた下半身を思いっきり蹴りあげてしまった。
「うごっ…………」
私の上に跨っていた男が白目を剥き、泡を吹きながら私の上に崩れ落ちて来る。
「ひぃいいいいいいいいいいいいい!!!いやああああああああああ!!!」
私は恐怖のあまり男をゲシゲシと蹴りながら男の下から必死に這い出る。
一体なに!?なんなのこの状況は!
「はぁ…………はぁ…………な、なんなのこれ。もういや…………」
ようやく這い出ることのできた私は半泣きになりながらも周りを見渡して絶句した。
先ほど急所を蹴りあげた男と同じような格好をした男たちが、手に獲物を持って私の周りを取り囲んでいたのだ。その数は二十人以上。怖ろしすぎる。
ちょっと待って。さっきの状況、それに今の状況から察するに、も、もしかして私ってば今まさに強姦されようとしている!?
「た、助けて……」
む、無理無理無理無理!一人でも嫌なのにこんな人数に強姦なんてされたら死ぬ!絶対死ぬ!
「抵抗するな!大人しくしろ!」
そう言ってその中から四人の男たちが私に近づき、拘束しようと再び押し倒してきた。
「いやっ!た、助けて!誰か!誰かああああああああ!いやあああああああああああああ!!!」
必死に抵抗するも四人の男たちによって両手を固められ、足を掴まれ、もみくちゃにされる。
ああ無情。私の貞操はこのまま散ってしまうのか。
いやだいやだ!初めてがこんなのなんて絶対にいやだ!
手足を拘束され、身動きの取れなくなった私は最後の抵抗とばかりに上に覆いかぶさっている男の首に噛み付いた。
汗臭い匂いが口の中に入ってくる。
しかも舌当たったところがざらっとしている。もしかして垢?お風呂入ってないの!?おえ、気持ち悪い!
でも今はそれどころじゃない。顎に力を入れて思いっきり歯を立てると、血が出てきた。
男の血が口の中へと入ってくる。
うぷっ、なにこれ。びっくりするほど不味い!不味過ぎる!!!
でもえずいてる場合じゃない!犯されるなんて絶対にいや!
私は放してなるものかとますます顎に力を入れた。
「痛っ!この女ッ!いい加減にしろ!!!」
男はそんな私の髪の毛を乱暴に掴み、思いっきり引っ張った。
あまりに強い力で何本かの髪の毛がぶちぶちと切れる。
痛いっ!
私はあまりの痛みに思わず口を放してしまった。
そうして引き剥がされた私の顔を男が平手で思いきり叩いた。
痛い。ううん、痛いなんてもんじゃない。
これは絶対明日には腫れ上がってる。
もう最悪。なんで私がこんな目に合わなきゃいけないの…………。
「う、うぅ…………」
「最初からそうやって大人しくしておけば痛い目に合わずに済んだものを」
土にまみれて涙を流している私を見て、男はそういった。
絶対に嘘だ。これだけの人数に強姦なんてされたら痛い目見ないわけないじゃん……。
途方に暮れた私のもとへ再び男が覆いかぶさってきた。
…………あれ、でも今度はそんなに重くない。
大の男が乗ってるにしては全然軽い。もしかして気を使ってくれてるの?
でもだからって強姦野郎に情を抱くことなんてありえないけどね!
隙あらば抵抗する!それだけよ!
ふと腕を拘束している男の腰に吊るしてあるナイフが目にはいった。
腕の拘束もなんだか緩い気がする。
試しに腕を思いっきり払うと、簡単に手の拘束が解けた。
そして驚く男の隙をついて腰からナイフを抜きさる。
こんな男たちに犯されるくらいなら死んだほうがマシ!
でも、その前に一人くらい道連れにしてやる!
私は上に乗っかっている男の胸に向かって力の限りナイフを突き出した。
「な…………ごほっ…………」
男は何が起こったのか分からないといった目で私を見て、血を吐いて死んだ。
次に私の手足を拘束していた男たちの首へと順番にナイフを刺していく。
混乱している男たちにナイフを刺すのは凄く簡単だった。
だって動かないもの。
男たちの身体からおびただしいほど血が溢れ出て私の身体を染め上げる。
うわぁ……気持ち悪い……。
それにしても人体にナイフを突き刺すのってこんなに簡単なの?
もっと骨とかがあってなかなか突き刺さらないものかと思ってたのにザックザク刺さる。
「こ、こいつ!」
周りの男たちが次々と刃物を持ち出してきた。
剣とか槍とか。
対するこっちは囲まれているにもかかわらずナイフ一本のみ。誰がどう見ても絶体絶命。でもこれで私の貞操が散らされる心配だけはなくなったみたい。
だって、もう殺すか殺されるかだもの。確実に殺されるだろうけど。
私は上に乗っていた既に事切れた男を退かして、ナイフを手に立ち上がった。
しかしそこで私を取り囲んでいた男の一人が、声をあげた。
「騎士団だ!撤収!撤収しろ!!!」
男が叫ぶと私を取り囲んでいた男たちは慌しくこの場から走り去っていった。
た、助かったの?
緊張が解けた所為か、今更ながら怖くなった私はその場でへたれこんでしまった。ナイフを持つ手が酷く震えている。それでも私はナイフを放すことはなかった。
それからすぐに馬が駆けてきた。
また男の人だ。数はさっきよりも多い。三十人はいるだろう。…………怖い。
恐怖のあまり身を竦ませていると、その中の一人が私に話しかけてきた。
「賊はどこへ向かった」
賊……、もしかしてさっき逃げた男たちのこと?
私は男たちが逃げた方を恐る恐る指差す。
「追え!」
それを見た男は、周りにいた男たちに指示を出した。
その指示を受けた男たちは、馬に乗って賊の消えた方向へと消えていってしまった。
残ったのは指示した男と十名ほどの男たちだけ。
そしてその全員が金属製の重そうな鎧を身に纏っていた。
賊は確か「騎士団」と言っていた。
ということはこの人たちがこの辺りの治安を管理している騎士さんなのかな。
た、助かったぁ……。
安堵した私の方へと、指示をした騎士が再び振り返った。
「お前がこの賊どもを殺したのか?」
「は、はい……」
ま、まさか殺人罪に問われたりしないよね?私襲われてたわけだし、相手は賊だったわけだし。
騎士たちが無言のまま賊の姿を確認していく。
一人は下半身丸出し。
そして三人は私を捕まえようとした所為か変な体勢で縦に並んでいる。
その様だけで一体何が起こったのか分かるだろう。
「隙をついて殺したか。フンッ、賊どもに相応しい最期だな。我々も追うぞ!」
「はっ!」
そう言って騎士は振り返り、他の騎士たちを連れて賊の逃げたほうへと馬を走らせようとする。
え?私置いてけぼり?
「あ、あの!」
私が声を掛けると騎士が馬の歩みを止めた。そして振り返りもせずに聞いてくる。
「なんだ?」
「わ、私はどうすれば……」
「好きにしろ」
そして騎士たちは再び馬を走らせてそのままいってしまう。
え…………好きにって?
保護とかしてくれないの?というかここはどこなの?今どういう状況?なんでわたしはこんなところにいるの?そもそも私ってどこで生活してたの?
何一つ分からない。
私が誰で今まで一体どうやって生きてきたのか全く覚えがない。
これってもしかして記憶喪失ってやつ?
や、やばい。どうしよう!
「ひ、ひいいいいいいいいいん!」
今更ながらに事の重大さに思いいたった。
しかも周りを見る限り、街中っていうより野原って感じだし、近くに街は見当たらないし、一体どうすれば!
と、とにかくここを離れよう!いつまた賊が戻ってくるか分からないし!
私は訳の分からないまま、ナイフを一本握り締め、元々衛兵さんたちがやってきた方向へと向かって歩きはじめた。
肌にかかった血が乾いてきて気持ち悪い。どこかに川でもあればいいのに。