第十六話 守りたいもの
「センセー!」
そう言って元気良く駆け寄ってくる子供を優しく抱きあげる。
あの日から私は血を飲むことを止めた。
否、飲めなくなってしまった。
どんなに美味しい純潔の血であろうとも、それを口に含んだ瞬間、胃の中のものと一緒に吐き出してしまう。
おチビを失った代償。
そして血を飲めなくなった私の力はみるみるうちに衰えていった。
今ではもう森を飲み込むような大きな炎は扱えない。
今ではもう拳で岩を砕くことはできない。
それに加え、少しずつではあるけれど老化の兆しが見えはじめてきた。
だからこうして人間の中に溶け込むことができる。
だからこうしておチビにできなかったことを子供たちに与えることができる。
記憶にはないけれど、おチビを失った私は一人この孤児院へと辿り着いたらしい。
そして孤児院を管理していた院長に拾われ、心が戻るまで世話をされていた。
それから私は失意のまま孤児院で生活をおくることとなった。
とは言え私にできることと言えば狩りと採取くらいしかない。
しかし食糧事情の良くなかった孤児院ではその特技がとても役に立った。
何気なく獲物を狩って帰える私を院長や子供たちは笑顔で迎え入れてくれた。
子供ばかりだからもちろん喧嘩も絶えない。けれど喜怒哀楽の激しい子供たちに囲まれているうちに死んだと思っていた私の心は再び火が灯った。
守りたいものが、また出来てしまった。
それから二年後、院長は老衰でこの世を去ることとなった。
それは息を飲むほどに穏やかな死に顔だった。こんな死の形もあるんだなと思うと涙が止まらなかった。
おチビはどうだったかな。
しかし当時のことを思いだそうとすると身体がバラバラになりそうなほど心が悲鳴をあげた。
今思いだしても私はおチビに優しくなかったと思う。
ああしておけば、こうしておけばと後悔ばかりが募る。
だから私が院長の跡を継いで孤児院を運営しているのも代償行為なのかもしれない。
それでも私は子供たちを育て続ける。
成人を迎えた子供からここを卒業していく。
今まで体験したことのない嬉しい別れ。
子供たちは一人前になると自らの力で人生を歩みはじめる。
でもそれまではずっと傍にいてね。私の可愛いおチビたち。