第十五話 私だけの宝物
私は帝国によって英雄に祭上げられた。
仮面の英雄。
鎧と仮面により私が化け物であること。そして女であることが隠された。
しかし誰もが気づいている。気づいていても口にはしない。
なぜなら奴らは人間だから。
口にしてしまえば自分たちの命が何によって保たれているか嫌でも自覚してしまうから。
だけど敵は違う。敵国は私が黒い悪魔であるということを早々に見抜き、帝国を糾弾し、私を戦えなくするため、もしくは捕らえるために様々な方法を試みていた。
尤もその試みも私の力技によって全て灰と化したんだけどね。
人間たちの犬となってしまったけど、結局やることは変わってない。
人間を殺しておチビの血を啜るだけ。
幸い人間たちは約を違えることなく、おチビの生活は保障されていた。
そして遂に帝国は大陸全土の四分の一をその手中に収め、周辺国に対して力づくで停戦協定を成立させることに成功した。
ここに漕ぎ着けるまで僅か四年。
帝国の王は野心家ではなかった。そしてこの国の人間は何よりも休息を望んでいた。だからこその停戦協定。
そしてその条件が……。
「私なわけ?」
「すまぬ…………」
「へぇ、約束を破るんだ?」
「不自由はさせぬと約束しよう」
「舌の根も乾かないうちからいけしゃあしゃあと……」
停戦の条件。それは帝国と周辺国による私の監視及び監禁。
戦争を終えても私を手放せない帝国と、安全を確認したい周辺国との間で利害が一致したのだろう。
私を使役できるのはあくまでおチビを監禁している帝国だから、帝国にデメリットはない。
だけどそれは私の提示した五番目の条件『役目を終えたら馬鹿な考えは捨てて指を咥えて私たちを見送ること』を反故にするものだ。
まさかこいつら、私には餌さえ与えておけば満足だとでも思っているのだろうか?
「ムカつく」
「すまぬ……、それでも今帝国はクイーンを手放すことはできぬのだ」
「あらあら、ご立派だこと。ホント今すぐ殺してやりたいほどだわ」
そして私は各国の監視が付いた屋敷へと幽閉された。
食事は週にたったの一度きり。それも相変わらず何百という兵士たちに取り囲まれた中で行われることになっていた。
この屋敷に着いて初めておチビを再会した。
おチビを見上げる。
確か今年で二十二歳になるんだっけ?人間にしてはかなりのイケメンになったけど、血の味は年月に合わせてより深みが出てきている。
イケメンなのに純潔とはこれいかに。
そんな童貞のイケメンが憂いを帯びた目で私を見詰めている。
「クイーン…………これは一体…………」
「あー、なんか停戦の条件に私がこの屋敷で監禁されることになったみたい。おチビは今までどおり私に血を差し出せばいいから」
「そんな!それでは約束がっ!」
「あれ、教えてなかったっけかな?人間って約束を破る生き物なのよ?」
「しかしこれではあまりにも!」
数多なる矢を向けられた中おチビが憤りを見せる。
本当に珍しい。
もしかするとおチビがこうやって怒るのは初めてかもしれない。
でも駄目よ。今は危ないから。
「いい?お前は馬鹿なことを考えずに私に血を差し出せばいいの。こんな状況に甘んじるのもお前の寿命が尽きる数十年だけよ。永遠を生きる私にとってはそれほど長い時間ではないわ」
半分は本当だけど半分は嘘。おチビがいてくれるなら数十年をこの屋敷で過ごすのは嫌だけど耐えられないものじゃない。けれども未だ二十数年くらいの記憶しかない私にとって決して短い時間ではない。それでもいい。
「クイーン……」
「この世界でお前だけ。お前さえいれば私の生は充実する。だから……」
私はおチビの首に手を回し、爪先立ちになって抱き着く。
「お前の血を私に……」
そして私はその首筋に…………。
痛っ!
突然首筋に痛みが走った。
「まさか…………」
「…………ん」
「や、やめなさい!!!」
おチビが私の首筋に歯を立て、血を啜っている。
慌てて突き放すが既に遅い。おチビは私の血を……………………飲んだ。
おチビの口元が私の血で染まっている。
「あなただけでも自由に……ごほっ!」
おチビが口から血を吐き出した。でもあれは私のじゃない。おチビの血だ。
「ダメ!ダメよ!吐き出しなさい!吐いて!お願い!お願いだから!」
「私は、あなたに拾われて…………幸せというものを知りました…………」
おチビが私に向かって微笑んだ。
私の血は人間にとって猛毒。
領主が全身から血を吹き出して死んだのも私の血を口にしたから。
皇帝は戦後のことを考えて私という種を研究していた。
その不死性はどこから来るのか。なぜ血を求めるのか。そしてその過程で私の血が人間にとって猛毒となることを知った。
「私を独りにしないで!お願いよ!もう独りは嫌なの!私にはお前しかいないのに!」
おチビを強く強く抱き締める。離さない。何があってもこの命だけは絶対に離さない。
「私の心は……いつまでも……ごほっ……気高きあなたの傍に…………」
「そんなこと言わないで!許さない!おチビがいなくなるなんて絶対に許さない!お願いします!神様!どうか!どうかおチビだけは、お、おチビだけ……は…………」
「生き…て………かあ……さん」
おチビの、鼓動が止まった。
「お、おチビ…………」
おチビの体から力が抜けて私にもたれかかってきた。
「嘘…………嘘でしょう?ねぇ?おチビ。返事をしなさい。ほら、賊を殺しに行くわよ。そ、それとも狩りにでもいく?ほら、お前の好きな猪肉。好きだったでしょう?また私が食べさせてあげるから……」
返事がない。
応えてくれない。
笑ってくれない。
声が聞こえない。
甘い血を啜ることも、その温もりを感じることも、困った顔を見ることも。
もう二度と…………。
え……………………にど、と?
「あ、ああ、あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」
私はこの日、初めて『絶望』の意味を知った。
その後の記憶はない。
気が付けば私はこの国から離れ、遥か辺境の地で子供たちに囲まれて穏やかな日々を送っていた。
いつまでも疼き続ける傷をこの胸に抱えたまま。
のちに帝国では革命により皇帝が殺され、名も無き若者が王として新たな国を立てることとなる。
勇猛にして冷徹、しかし異端に対して異常なほどの寛容さを示す美貌の王は不死とも不老とも謳われ、絶対王政のもと、永きに渡り歴史上類を見ないほどの栄華を国にもたらした。
王自身異端であることは明らかであったが、帝国は元来異端によって守られてきたという歴史があったため、民にとって王が異端であることは誇りに思いこそすれ、非難する者は少なかった。
だがこの国の不可思議はそれだけには留まらない。
この国において絶対的存在である王の位の上には女王という位が存在していた。当然そのような位を作ることができるのは王しかいない。
しかし未だその位を即位した者はいないことから、様々な憶測が飛び交い、女王とは王の上の存在、つまりは王が崇拝する神のことを示しているのではないかというのが現在の通説となっている。
その通説をもとにしたのが女王神教であり、現在でこそこの国の国教として認められているが、その戒律は非常に厳しい。
こんな話がある。
とある地方の司教が女王神の名の下にお布施を徴収しようとした。
しかしまるで千里眼でも持っているかのようにそれを知った王は激怒し、自らその司教のもとへと赴き、この世のありとあらゆる苦痛を与えて殺したという。
そのことからも王がどれほど女王を神聖視しているのか分かるだろう。
司教は気づくべきだったのだ。
この国において王とは絶対不可侵の存在である。
ならばその上に存在する女王は王以上に不可侵の存在であるということに。
それ以来女王神教では厳しい戒律が定められ、司教の選定には類稀なる人格、抜きん出た知性、病的なまでの信仰心が求められることとなった。
そして選定された優秀な司教たちの働きにより、現在では国教として認められるようになり、民衆には広く親しまれ、大陸最大の宗教となってなおその規模を拡大している。
そう、一人の女の手ではもうどうにもならないほどに。
主人公
名前 クイーン
種族 吸血鬼
能力 不死 炎支配 瞬間蘇生 下僕支配
下僕 1人
殺害者数 125872人
死亡回数 2453回