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吸血女王  作者: 妄想日記
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第十三話 人質

 それから一週間後、私たちは完全に取り囲まれていた。


「随分と手厚い歓迎ね」

「黒い悪魔よ。抵抗は止めろ」

「黒の悪魔?なにそれ?もしかして私のこと?」

「そうだ。十二年前カリスト教主国において大量虐殺を行った不死の化け物は黒髪の美しい女の姿を取っていると聞き及んでいる」

「あらそう、私も有名になったものね。で、そこまで知っているならこの程度の軍勢で私をどうにかできると思っているの?」


 見渡す限りにボウガンを持った人間が私たちを包囲している。

 この前皆殺しにしたと思っていた冒険者たちの中に生き残りでもいたのかな。

 私たちのことをよく知っている布陣ね。まぁ勝つか負けるかで言えば当然勝つ。


「思わない。むしろ噂が本当であるならば我々は全滅することになるだろう。いや、そうでなくては困るのだ」

「何?死にたいの?」

「そのつもりはない。確かにお前だけならば我々を殺すことができるだろう。だがその青年はどうなる?」

「…………」

「儂が合図をすれば兵士たちは一斉に矢を放つ。そうなればあなたは生き残れたとしてもその青年は」


 当然ハリネズミになってるだろうね。

 いくら私が炎を操れるからと言ってもこの近距離からこれだけの矢を燃やし尽くすような芸当ができるわけではない。


「クイーン。戦ってくだ」

「黙りなさい」


 私は剣を差し出そうとするおチビの首を片手で締め上げ、強制的に言葉を止めた。


「で、ここまでしたあなたたちの望みは何?返答次第によっては何を犠牲にしようとも皆殺しにするわよ」


 死ぬのが分かっているなら私の殺害が目的ではないのだろう。

 となるとますます分からない。まさか私を強姦したいがために軍隊を動かしたとか?ありえるわね。男って生き物は信じられないくらい馬鹿で強欲だから。

 もしそうなら皆殺し確定。

 分の悪い賭けにはなるけど、隙を作って矢を放つ前に焼き殺してやる。

 私が戦術を張り巡らせていると男は予想外のことを口にした?


「戦っていただきたい」

「は?」


 どういうこと?暗殺依頼?


「我らロザリア帝国の戦争に加勢していただきたい」

「…………それってつまり私に人間同士争いに手を貸せってこと?」

「そのとおりだ」


 人間とは本当に救いようがない。まさか私のような化け物を使ってまで同族を殺そうとするなんて。


「もし私が断ったら?」

「我々が死に、その青年も死ぬことになるだろう」

「そう」


 おチビに目を向けると、首を締められたまま表情を変えずに私に剣を差し出してくる。

 「戦ってください」

 おチビの目がそう私に語りかけてくる。

 何もかも気に食わない。この状況が。そう、餌に気を使われているこの状況が。だから私は。


「いいわ」


 その気遣いを踏みにじる。


「ほ、本当か!」

「ただし、条件がある」

「じょ、条件?」


 私は男に向かって人差し指を立てる。


「一つ、私とこいつに手を出さないこと。害するのはもちろんのこと、例え同意があろうとも性的な干渉を行うことは許さない」


 中指を立てる。


「一つ、私の食事を邪魔しないこと。餌はこれよ」


 そう言っておチビの顔を撫でる。


 そして次に薬指を立てる。


「一つ、私に人間の価値観を押し付けないこと。私にとってはお前たちもお前たちの王も食す価値もない産廃よ」


 小指を立てる


「一つ、私の前で虚言を弄さないこと。思わず殺してしまいたくなるから」


 最後に親指を立てる。


「一つ、役目を終えたら馬鹿な考えは捨てて指を加えて私たちを見送ること。せっかく戦争が終ってもそのまま滅亡したくはないでしょう?」


 そう言って私は笑みを浮かべた。


「以上の五つが戦争に参加する最低条件よ。この場で一つでも確約できないのであれば…………」

「いいだろう」


 低く、通りの良い声が私の耳へと入ってきた。

 目の前の男からじゃない。

 どうやらその人物は兵士たちのさらに後ろにいたらしい。

 まるで海を切り開くモーゼの十戒を髣髴とさせるように兵士たちはその人物が通る道を開けた。

 そしてその間から一人の男が現れた。

 30半ばに差し掛かったくらいの渋いおじさん?いや、おじさんはさすがに失礼かな。

 男としては一番油の乗った年頃だろうね。尤も人間基準では、だけど。私にとっては汚い血をしたただの食料でしかない。

 しかし一人だけどうみても鎧が豪華過ぎる。となるとこの人物は……。


「人間の王ってわけね」

「そうだ。ロザリア帝国国王アイゼン・シュヴァルツ。此度の依頼主だと思ってくれ」


 まさか王様自らお出ましとは。


「で、そのお偉いさんがなぜ私の前に?化け物が見たかったから?それとも自分だけは死なないと勘違いしている英雄様なのかしら?」

「そうであればどれほど幸せであったことか。理由など一つしかない。既に我らに残された選択肢がないからだ」

「選択肢がない?」

「お前の…………何と呼べばよい?」

「クイーンでいいわ」

「…………クイーンの手を借りられなければこの国は近いうちに滅びることが確定している」

「へぇ。そんなに切羽詰ってるの?」

「この国は先王の時代から戦争によって国土を広げてきた。しかしそれによって敵を作り過ぎたのだ。終わることのない戦乱は民を、兵を、そして国を疲弊させた。いくら領土が広がろうとも休息がなければ兵は戦えぬ。各国の連合軍により間断なく攻められた我が国は先王を失い、領土を失い、残った物は僅かな領地とそこに生きる国民のみ。そしてその僅かなものさえ今まさに失われようとしている」

「自業自得じゃない」

「その通りだ。戦争の火種となった我が国はもはや属国となることさえ許されていない。だが、われが王である限り民を、国を諦めるわけにはいかぬのだ」

「それで私のところへ来たと」

「クイーンの噂は我々のところまで届いていた。数多の賊を壊滅し、その賊を討伐に向かった冒険者すらも全滅に追いやったと。不死にして勇猛。我が国にはもうクイーンの武勇に縋る他ない」

「なるほどねぇ。とは言っても私がお前たちに手を貸す利点はないんだけど?」


 欲しいものなんてもう持ってるし、金や地位や人間の言う贅沢なんてものにはこれっぽっちも興味がない。


「貴重な餌を失わない。それは大きな利点ではないか?」

「おチビを人質にとるってわけか。ふふっ、そうだったわね。そういえばお前たち人間は平気で同族を騙して裏切って利用する下種な生き物だったわね」


 長らくおチビ以外の人間とまともに関わったことがなかったからすっかり忘れそうになっていたわ。


「理解してくれとは言わん。我々には既に手段を選んでいる余裕がないのだ」

「いいわ。精々寝首を掻かれないように気をつけなさい。人間を見てると思わず殺したくなるから」


 こうして私は帝国の飼い犬となった。

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