プロローグ 始まり
私がここを通りがかったのは全くの偶然であった。
手足が千切れ、今にも死にかけようとしている少女が血を流しながら地面に横たわっている。
この世界では見ることのない異質な服。恐らくは異世界より零れ落ちた漂流者だろう。
そしてその少女を貪り食おうとしていたモノはすでに物言わぬ肉塊と化していた。
その二つに意味はない。
少女を助けたかったわけではない。肉塊に恨みがあったわけではない。
ただ少女を喰ったモノが次にどうするか分かっていたからその結果を先に示したにすぎない。
しかしここへ来てもう一つの偶然に気が付いた。
しゃがみこみ、死に掛けの少女を見る。
それはまるで鏡を見ているかのようだった。
少女に自分の姿を重ね合わせる。
心から湧き上がってくるものは羨望と嫉妬。
なぜなら少女は私がいくら望んでも永遠に手にすることのできないものを今まさに掴み取ろうとしていたからだ。
私の中で一つの悪意が目を覚ます。
未だこんな感情が自分の中に残っていたことに驚きを感じながらも、その気持ちに身を任せる。
「生きたいか?」
久しく使っていなかった喉からするりと声が出た。
「死にたく……ない……」
少女は空を見つめながら今にも消え去りそうな声で返してきた。
予想以上の言葉に自然と唇が吊り上がる。
なんたる僥倖か。
お互いがお互いの望むものを手に入れる。
よかろう。
その言葉。
もう取り消せぬぞ。




