1−3 キネマ通り
【あらすじ】
新学期だというのに友達のキリエは学校に姿を見せない。
クラスメイトのアカザは昨夜、キネマ通りで黒づくめの男に囲まれたキリエを見たという。
ぼく、エミルを含めたコドモたちは探索に出かける。
「本当にこのあたりで間違いないでしょうね?」
キツい眼で睨まれて、アカザは思わず言った。
「なんでリアンも来るんだよ……」
「いいじゃない。わたしもキリエのことが気になるし、なによりあんたたちだけじゃ心許ないもの」
そう言って両腕を腰に当てるリアンの見えない影で、イルミがエミルにむかって、やれやれ、のポーズをした。とはいえ、リアンのもつチカラはきっとこの捜索に役に立つに違いない。
大勢ではマズいということで、アカザとイルミ、リアン、そしてぼくエミルの四人でここ、キネマ通りにやってきた。
キネマ通りはその名の通り多くの映画館が立ち並ぶ古い通りだ。この都市に住むものにとって、映画は主な娯楽のひとつだ。夜になると趣のあるネオンと、都会の霧と排気に映し出された幻灯が、この通りを満たす。
アカザが再び口をひらいた。
「シアター<great escape>から出て通りを居住区の方へと向かってたんだ。すると、道路に高級そうな黒い車があってね、きっと悪者が乗るんだって兄貴と話してた。見ればなんと、車のそばの狭い路地でキリエが男たちと話してるってわけだ。ぼくと兄貴はただならぬ雰囲気を感じたものだから、遠くに離れてそれを見てることにしたんだ。やがて、キリエが自分から車に乗って、そして車はセントラルに向かってった」
「本当にキリエは自分から乗ったんだな?」とイルミ。
「ぼくにはそう見えたんだ。まったく暴れる様子もなかったから」
「セントラルに向かっていったってのは間違いない?」とぼく。
「ああ、間違いないよ。ぼくらの進行方向と逆だったからね」
セントラルに連れられていった。これはあまり良い情報とは言えない。とすると、やはりオトナたちの仕事にかかわることなのだろうか。つまり、オトナ公認の出来事……これは「事件ではない」のかもしれない。
このことは口に出さずとも、この場に居る皆が考えたはずだ。
この気まずい沈黙をイルミが破った。
「とにかく何か他に情報を……リアン、なにか読み取れないか」
「もうやってるわ」
リアンは眼をつむって、ビルディングの表面を手で撫でている。彼女には無機物から<記憶>を読み取るチカラがある。記憶というものは人間に(あるいは動物一般に)固有のものではないか? とふつうは考えるし、ぼくもそう彼女に訊いたことがある。リアンの返答はよく分からなかった。
「記憶っていうのはね、モノを構成する要素がユルくなった感じなの。わたしたちは常に固まったもの、カッチリしたものだけを見たり感じたりしてるけど、それだって固まるまえは流れだったの。わたしはモノを流れに戻して、また別の時間のそれへと固定することができるの」
実をいうと、これを言う彼女も自分のチカラのメカニズムについて良く分かっていないらしい。たしかに、すべて「為しうる」ということは、それを「理解している」とは別にありうるわけで、その実感をひとに説明するのもまた至難の業なのかもしれない。
「……靴の音や声の反響が妙に整ってる。本当に黒づくめは複数人いたの?」
「三人はいたと思ったんだけど、暗かったし、自信なくなってきたよ」
「……車、たしかにセントラルに向かって停まってる……あ、傷がある、意図的な感じの……」
リアンは突然眼をひらくと壁になにかを探しはじめた。
「どうした?」とイルミ。
「ふつうじゃ起こらないような変化、なにか刃物で斬りつけたような感覚があるの。たぶんキリエが残したんじゃないから」
慌てて皆であたりを探す。アカザがそれを見つけた。
「これって……」
ぼくはアカザに向かって頷く。これはキリエがナイフで残したメッセージだ。彼はよく、食事を渋って手に入れたその高価なナイフをぼくらに自慢したものだった。こいつはコンクリートにだって刃こぼれしないって。
そのメッセージを読み上げる。
「『スリーパ ファクトリィ にげろ!』……どういう意味だろう?」
わたし自身、混乱しはじめているのは否めません。
ラノベっぽくしようとして微妙になってしまっている気も。