1−1 カレイドスコープ
はじめての投稿になります。誤字脱字、気になる箇所などありましたら指摘を頂けたら幸いです。
新学期のはじまる朝だというのに、エミルはすこし機嫌が悪かった。卸したての制服に、あやまって朝食のコーヒーをこぼしてしまったからだ。急いで手を尽くしたが、ほとんど目立たないごく小さなシミが残ってしまった。しかし、それは彼のやる気を削ぐには十分だった。せっかくの鮮やかなスカイブルーのラインが台無しだ。
まぁ、こんな気持ちも彼らに会えばいくらか晴れるに違いない。エミルはそう考えて気を取り直した。流星のシルエットをかたどったバッジを襟元にとめ、しっかり鏡で確認すると、エミルは外に駆け出した。
カバンには新しいノートに筆記用具、数冊の教科書に加え、夏休みに叔父にもらった万華鏡が忍ばせてあった。きっとキリエは羨ましがるに違いない。リアンは馬鹿にしてくるだろうけど。
メトロの入り口までやってくると、さすがにホームは生徒たちで混雑していた。なにせ新学期初日だ、生活態度の悪い生徒だって今日くらいはみんな学校にやってくる。雑踏のただなかでエミルはまた肩を落とした。コーヒーのシミに時間を取られなければ、今頃ひとつ早い列車に乗って混雑にも巻き込まれずにいられたろうに。
エミルは階段を下りながら、無意識に二人を探していた。すると、柱に寄りかかるようにしてリアンが腕組みしているのが見えた。
肩までまっすぐに伸びた燃えるような赤茶色の髪の毛は、遠くからだって良くわかる。走って駆けつけたエミルは元気よく声をかけようとしたところで、彼女に睨まれてぐっと怯んでしまった。
「遅いわね。いつもひとつ早い時間のに乗ってたでしょ?」
「……べつに、気まぐれさ。君こそ、別にぼくのことを待たなくたっていいんだぜ」
どうしてだろう? 久々に会えて嬉しいはずなのに、なんだってこんな険悪な雰囲気になるんだ。そうだ、リアン独りでさっさと登校すればいいのだ。わざわざ待ちぼうけをくらって睨んでくるだなんて、余計なお世話じゃないか。
するとリアンは少しだけ戸惑うような素振りをして、
「そうよね。ま、いいわ。行きましょ」
素っ気なく答え、スタスタと歩きだした。リアンのすらりとした足は、ぼくの小走りくらいには速く歩くんじゃないだろうか。ともすれば背中が遠のくので、慌てて彼女を追った。
「ねぇ、キリエはどうしたのかな?」
「知らないわね。前のには乗らなかったと思うわ。見なかったから」
「おかしいな。なにか病気だろうか」
「さぁ。学校に着けばわかるわ」
なぜか彼女は面白くなさそうな顔をしている。
メトロはきわめて静かに移動する。揺れもほとんどない。磁気を使って動いているらしいが、エミルはその機構についてよく知らない。ただ、兄さんがメトロに関わる研究をしているということはなんとなく聞いて知っていた。それも、兄さん自身はほとんど話さないので、ティーチャから間接的に教えてもらっただけだ。
「夏休み、どうだった?」
なんとなく二人とも黙ってばかりだったので、ぼくの方から切り出した。
「そうね。ヘルパの故郷に遊びに行ったの。ものすごく南に方にあったのよ。植物はこんなに大きくて、海がとてもきれいだった」
「ぼくも南の島で働いている叔父が遊びにきてくれたんだ。ああ、そういえば」
ぼくは思い出して、カバンの中から万華鏡を取り出した。
「叔父さんがくれたんだ。なんでも、南でとれる鉱物を磨いて入れてるらしいんだ」
女の子はこんなオモチャに興味をもたないものだ。あいつらは分かってないね。これがぼくとキリエの共通見解だった。どうせまた馬鹿にされるに違いない、そう思っていた。ところが、彼女の反応は意外なものだった。
「あら、奇遇ね! わたしも貰ったのよ」
「え?」
するとリアンもカバンから万華鏡を取り出した。それも、見た目はそっくりだ。
「すごい、同じ格好をしてるじゃないか! それじゃあ、誰が作ったのか見てやろうよ」
二人は各々の万華鏡を回したり、裏返したりして制作者の記銘を探した。リアンの方が早かった。それは陶器のつなぎ目にそって小さく刻まれていた。それはブルー、いや、ブルーフと読めた。ぼくのにも同じ場所に同じ名があった。
「ブルーフっていう同じひと、というか同じ会社が作ったみたいね。ヘルパはこれ、貴重だって言ってたのになぁ。もしかして量産品なのかしら」
「叔父も、なんだかダイヤモンドを扱うみたいにしてたのに」
「ま、中身がきれいなんだから、それでいいじゃない」
リアンはそう言って、万華鏡の底を天井の発光体に向けながら、中を覗いた。
「うん、なかなかね。わたしのは薔薇みたいに赤いの。あんたのは?」
「ぼくのはスカイブルーさ」
そうか、色違いなんだな。ぼくの万華鏡は薄く透き通った青色を見せてくれる。差し色に緑柱石と紫水晶の細かい破片が入っている。
ぼくらは互いに万華鏡を交換した。リアンの万華鏡はほんとうに薔薇のように鮮やかな赤だ。彼女のイメージにぴったりだと思った。よくよく見ると、差し色に紫水晶、そして見慣れぬ十字の黒い破片が入っていた。