ねこ
私の家には暗い部屋がある
そこはたくさんのガラクタがおいてあって
何があるか、全部知ってる人はいない
この部屋はまるで別の世界みたいだ
私はこの部屋がとても好きで、よく遊びに行っていたものだ
別の世界にいける気がした
不思議なものが置いてある気がしたんだ
それは魔法の杖だったり、妖精の羽根だったりした
なんでもない木の杖を魔法の杖に見立てて遊んだり、虫の羽根を妖精の羽根にしてお母さんに見てもらったりした
そんな私のお気に入りはネコの人形だった
『このネコはね、時々人になれるんだよ!だけどね、尻尾と耳が残ってるからすぐにわかっちゃうの』
そう言っていつもネコの人形を抱えていた
名前は・・・つけていたのだっけ?
忘れてしまった
そんな風に暗い部屋でよく遊んでいた私だったが
小学校の高学年になると部屋に遊びに行く回数もどんどん減っていった
そんな時に
私は
私の運命を変える
出会いをした
その日の事はいまもよく覚えている
朝寝癖がとても酷かったことも
きらいなピーマンが給食にでたことも
日直の子が仕事をしなくて代わりに仕事をしたことも
学校の帰り道
私はわたしに会った
わたしは私を見つめて
どこか悲しそうに
どこか嬉しそうに
一緒に遊ぼうと言った
私はそれについ、頷いてしまった
なにをしようか
わたしは私に聞いてくる
私が何かを言う前にわたしは
「そうだ隠れ鬼にしよう!!」
「隠れ鬼ってなに?」
「隠れ鬼はね、逃げる人が鬼から隠れるの!鬼に見つかったら必死で逃げるんだ!それでね、捕まっちゃったら首をとられて食べられちゃうの」
わたしはとても嬉しそうに笑う
その笑う口が
いつのまにか耳まで裂けていて
私は悲鳴をあげて必死で逃げ出した
すると後ろから
わたしの声が
ケタケタと笑いながら
「一年間だけ待ってあげる、頑張って逃げてね!きっと美味しく食べてあげるから!」
と叫んでいた
私は家に帰ってからも
わたしの
ケタケタケタケタ
笑い声が
ケタケタケタケタケタ
消えなかった
ケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタ
一年間がたった
私はあの時に会ったわたしの事を忘れていた
“それ”を見るまでは
朝、学校に行った時から変だった
私の下駄箱に掻き毟ったような跡があった
上履きとかは犬に噛み千切られたみたいにボロボロだった
もしかしてイジメ?でも、イジメられるような事をしてないし・・・
次に教室にいった
私の机のまわりにには、人が集まっていて、びっくりした
ざわざわと何かを言っていて、仲良しの由香里ちゃんが私を心配そうに見ていた
私の机と、私の机までの床には
ナニカが這いずりまわった跡と、朱い手形が
びっしりと
つけられていた
そして、手形がついてない唯一の場所
机の中心には
『ミツケテアゲル』
その文字を見て
私は気をうしなった
気が付いたら保健室だった。
あの後きっと運ばれたのだろう
私は怖かった
唐突にあの時のわたしを思いだした
あの時の声を思い出した
あの時の笑顔と笑い声だ頭の中で再生された
・・・きっと、見つかったら逃げ切れない
見つからないようにしないとだめだ
けどどこにいけばいい
どうしよう
どうしようどうしようどうしよう
どうしようどうしようどうしようドウシヨウどうしようどうしようドウシヨウドウシヨウドウシヨウ
思考が泥沼にはまっていく
わたしから私は逃げられない
私はきっと見つけられてしまう
・・・どうすればいい?
答えは出てこない
ふと、まわりから音がしないのに気がついた
ドクンドクン
心臓の鼓動がはねあがる
他の音は何も聞こえない
ドクンドクンドクンドクンドクンドクン
コワイ
コワイコワイ
逃げないと
私は窓から逃げ出した
必死に家に向かって走る走る走る
靴下は破れて足が痛い
きっとわたしは私を見つけてる
逃げないと・・・
後ろからナニかがくる気がする
私はこわくて後ろを振り向けない
そして
家に向かう坂道をかけ降りる
後ろの気配は消えた
スピードを緩めずに曲がり角を曲がる
そこにはわたしがいた
「ひっ」
とっさに逆方向に走りだす
逃げないと・・・
逃げないと逃げないと逃げないと
走り続ける何個も曲がり角を曲がって、どうにかして振り切ろうとした
だけど気配はずっと私を追いかけてくる
どこをどう走ったかなんてもう覚えてない
でも、いつのまにか、私の家にたどりついた
震える手で鍵をあけて、家に転がりこむ
すばやく扉を閉めて、鍵を閉める
ドンッ!!
扉にナニかがぶつかる音がする
いや、わかってる。
アレはわたしだ
きっとこの扉もすぐに壊れちゃう
逃げなきゃ
ドンッ
扉に罅がはいる
私は扉から離れて近くの部屋に飛び込んだ
そこは物置みたいな所で、すぐに隠れることができた
扉が破られた音が聞こえた
こわい
こわい
こわい
こわいこわいこわい
こわいこわいこわいこわいこわいこわい
足音が近づいてくる
死にたくない
いやだ
この部屋の前で足音がとまる
いやだ
いやだ
どうして?
死にたくない
だれか
こわい
しにたくない
こわい
シニタクナイ
いやだ
助けて
たすけて
たすけて
たすけて
タスケテ
タスケテ
「…たすけて」
私の声はとても掠れていて
ほとんど消えかかっている
「……たすけて…たす…けて…うっ…たすけて…たすけてたすけてたすけて」
それでも必死に助けを求める
無駄だってわかってても助けを求める
喉はカラカラで、口はぱくぱくと魚のように動きながら助けを求める
息はヒューヒューと鳴っている
近づいてくる死の気配
――――『このネコはね、時々人になれるんだよ!だけどね、尻尾と耳が残ってるからすぐにわかっちゃうの』
それは確定されている死《未来》
――――『ピンチになったら助けに来てくれるんだ』
どうあがいても助からない
――――『ホントにヒーローみたいなんだよ』
だけど、願ってもいいだろうか
隠れてる箪笥の前にわたしの気配が立っている
「たすけてよ」
「ほいきた」
なんでもないことのように、呑気に応える声が聞こえた
「えっ」
だれ?
「しっかし、“ 紫鏡”とはね~、いやいやマタさん驚きましたよ?おおかた町の都市伝説かなにかが容を持ったんだろうけど、全く迷惑な事だよ」
え?
「なに・・なんなの・・・?」
「いいかい?言葉ってのは力があるんだ、それが意識してのものであれ、無意識のものであれだ、そう考えるとあれは無意識の言葉の集合体ってところか、一つ一つはよわっちいくせに集まってカタチを保ってる。ホント~・・・汚らわしい、あんなの最悪の呪いじゃないか」
ドンッ!ドンッ!!!
箪笥が開けられようとしている
「どうすればいいの…?」
「そんなの簡単な事だよ、アレの伝承は覚えている事が問題なんだ、だったら忘れてしまえばいい」
そんな、そんな事言っても
「だって、私、忘れてたよ、でも・・・」
みしみしと扉が軋みをあげる
「ちっ『この物質は不破壊』・・・時間はそれほどない、さっさと忘れな」
軋む音が、小さくなる
「そんな・・・無理だよ・・・どうやって」
「言葉だ、言葉で忘れなきゃダメなんだ・・・言葉で生まれた者には言葉でしか通じない」
「言葉でって・・・どうやって?」
「くぅっ・・・・・・否定しな、否定しないとダメなんだ、言葉で忘れたとっぅ・・・言わないと」
「そんなので?」
「いいから早く」
「う・・・うん、私は忘れた」
ミシッ
いなくなってないじゃないかーー!?
「もっと!『アカないアカない宝の箱の扉はきっと弧の扉、鍵が無ければ入れない』力を籠めないと意味がない」
その言葉は、心に浸み込むように響いた
「私は忘れた、忘れた、忘れた、忘れた、忘れた忘れた忘れた忘れたーー!!!」
ギ、ギギギギギギィ
扉に罅が出来て、どんどん大きくなっていく
『コロコロ一気に進む、丸いボールは遊びの道具、ボールは火をつけドンドン進む』
目の前に木製のボールができたと思ったら、それに火がついて扉ごとわたしを吹き飛ばした
「時間を稼ぐからさっさと忘れな~、アレは忘れないかぎり追いかけてくる」
「ああああああああぁぁぁぁあああぁぁっぁああぁぁ」
わたしが叫び声をあげてのたうちまわる
そしてその火の明かりで、私を守ってくれている者を初めて見る事ができた
それはまるで、幻想そのものだった
背は160くらい
髪はピンク
そしてネコ耳と尻尾がついている
「また・・・さん?」
それは小さいころに夢みた幻想
それは今も消えない思い出
ほとんど毎日話かけていた私の友達
「ひさしぶり~」
にっこりと、背中越しに笑ってくれる
――――まったく、ホントにヒーローみたいだ
『ありがとう』
泣きながら、そう呟く
またさんは「礼なんかいいから、さっさとアレを否定しな」
って言いながら爪を伸ばして、わたしと向き合う
その背中をみると、不思議と心が落ち着いてくる
今ならなんでもできる気がする
きっとそれは妄想を真実に、空想を世界に、夢を現実にかえてくれる力
初めて使うにしては、情けない事を言うけれど
『私はわたしを識らない』
そう、“力”を籠めて言い切った
「あぁ・・・そっかぁ・・・わすれちゃったのかぁ・・・」
わたしは悲しそうに、そうつぶやくとだんだんとぼやけていって、溶けて行った
数日後、私はぬいぐるみのまたさんと一緒に家にいた、またさんが人になることも、私に話かけてくる事もない
でもきっと、私の『言葉』は届いていると、勝手に信じてる
今では学校にも一緒に行く仲だ
そうそう、私はちょっと、他の人とは違う事ができるようになっちゃった
自分のまわりの気温を『言葉』で少しだけ、変えることができるようになった
冬と夏は結構重宝してる
また、今回と似たような目にあったとしても、ピンチになったらまたさんが助けてくれるって信じてる
これは私の物語の、初めてまたさんに会った時の話で、きっと他にもいろいろな事があると思う
この町には秘密がある(仮)もよろしくです






