ドア越しの神様。逃した魚はなんだった?
「こんちは。神様です」
平日、お昼の十二時。出前で頼んだバーガー片手に見たドアモニター。爽やかな青年が胡散臭いセリフと共に映りこむ。
「……うちは間に合ってます」
すぐさまモニターのスイッチをオフ。近頃はどこも物騒だし、治安が悪くなったという話ばかり。生存性バイアスというか。うちには関係ないな、などという甘い考えは改めねばなるまい。
ピンポン。二回目のチャイム。
絶対にさっきの奴じゃん……無視しよう。かと思ったが今日は出前以外に通販を頼んでいる。三日前に発売したばかりの好きな作家の本だ。三日前の物がどうして今日届くのか。それは予約注文したと思っていたら、したつもりになっていただけだったから。さっきの奴かもしれんが、確認せざるを得ない。
「はい、どちら様で」
「こんにちはーっす、さっきの神様です」
さっきの爽やか青年。やっぱりかよ。
「間に合ってますんで」
「いや、ちょっとま……」
問答無用。スイッチオフ。声をぷっつり途切れさせる。
なんなの? お昼時はセールスって避けるもんじゃないの? 知らないけどさぁ。
ピンポン。再びのチャイム。
無視するか。いや、やっぱ配達のことあるしな。
「どちら様で……」
「荷物のお届け物です」
どうやらさっきの自称神様ではない様子。目的は知らんがさすがに諦めたか。モニターに映っているのも緑の制服にツバメのマークのいつもの配達人だ。が、念のために開錠から開門、左右確認をする。アパート二階の共用廊下に自分たち以人の人は無し。
「どうしました?」
「あ、いや。さっきしつこいセールスに遭ったもので。まだいたら嫌だなって」
「僕が来たときは誰もいませんでしたよ」
なら良いのだが。なかなかすばしっこいやつだ。数秒もたっていないはずなのに。
「あー、ハンコが無い。サインでも良いです?」
「ええ、大丈夫です」
「いつもご苦労様」
荷物を受け取り、扉を閉める。いつもはしないチェーンもしっかり確認。たぶん安全。
「さて開封の儀でも……」
「新品の箱とか開けた時の匂いっていいですよねー。ゴムっぽい匂いはちょっと嫌だけど。本の封を開けるときも開封の儀なんすか?」
体、硬直。振り返ったら奴がいた。さっきの爽やか青年。
「ちっすー。神様です」
さっきより挨拶がフランク。ってそこじゃない!
「ウワー!? 不審者? 不審者!!」
「だから神様ですって!」
通報を! あ、スマホはあいつの後ろのテーブル! 通り抜けるか? 否! 玄関から逃げよう!
「なんで開かないのさ!」
「さっき自分でチェーンかけてたでしょう」
「もうおしまいだぁ。七分袖白ワイシャツジーンズに殺されるんだ……」
「殺さないし、妙なところで冷静」
青年はゆっくり腰を落とすと腕を開いて見せた。
「恐竜をなだめようとする映画俳優の真似!」
オレはヴェロキラプトルよか危険じゃねぇよ。むしろ襲われそうなのはこっち。だが一人暮らしの人間は警戒心なめんなよ。少なくともそこらの鳩よりは危機意識高いぞ。
だが冷静になってみれば……例えば本当に強盗だったとしてこんなマネをするだろうか。多分しない。
「とりあえず……敵意はない。ということにしておく」
「おおー。心、通じた」
なんか腹が立つな。噛みついてやろうか。野生動物じゃねぇっての。
「とりあえず、落ち着いたところで。お水をいただけます?」
青年はおもむろにダイニングのテーブルに腰を掛ける。
「出すわけないでしょ。不法侵入なのは変わらないですからね! 早く出てってくださいよ」
「いやぁさっき、扉開けてもらったし。いいかなって」
何が良いかなだ。おまえに開けたわけじゃない。
冷蔵庫を開ける。麦茶の残りがある。まぁこれで良いだろう。
「ああどうも。喉が渇いて」
「待て。何を勝手に飲んで……」
んん? 俺は何をした? 今飲み物を渡したか?
気がついたら飲み物を用意していたのは……。説明つかんが。うーん、ここのところの疲れがたまってたかな。たぶんそう。
目の前の青年は麦茶に口をつけた。
その爽やかな飲みっぷりなど、まるで久々に水を得たかのようにであり。それこそ広告に使えそうなくらいのいかにも美味そうに咽喉を鳴らしている。企業が見たら専属の広告塔にするってくらいだ。実際はただの不審者なのだが。
「水じゃないけど、まぁいいでしょう」
「なんだか偉そうだし、全部飲んで言うことか?」
「そりゃ偉いですよ。神様ですからね。それに美味しかったですし」
そう言うと彼は最後の一口を呷る。
さっきは何で無意識に飲み物を渡したのかどうかは置いておくとして。この自称神様にどうお引き取り願おうか。絶対に碌な奴なんかじゃない。神様を名乗るくらいだから、なんやかんやと宗教勧誘してくる奴の上位種かもしれない。
「その感じ。まだ、信じていないって顔ですね。わかりますよ」
小首を傾げて微笑む様よ。小悪魔的、または悪戯な表情で足を組みこちらを見るしぐさよ。装飾の凝った額にでも収まった写真であればなんと魅力的なものだったろうか。いっそ周りに花でもそえてやろうか。
「その本。好きな作家なんですよね」
青年が指差すのは、宅配から受け取ったままでずっと手に持っていたのを忘れていた本。今日、さっそく読もうと思っていたお気に入りの作家の本だ。
「そうだけど……」
「著者、安才ユウキ。タイトル名、空へ帰る処。でしょ?」
「個人情報を抜いたのか?」
「いやいや違うって。透視よ、透視。神様ならこのくらいとーぜんってこと」
そんなことじゃ信じないぞ。それに透視して個人情報を見る神様も嫌だ。
「だめかー」
「だめかー、ではない。早く帰ってくれ。玄関はそこ。はい立って。さぁさぁ! こちとら昼飯の途中! 食べ終わったら本読の! 帰った帰った!」
「ちょっと背中押さないでよ、君! この前さ。神社、行ったでしょ!」
行った。ちょっと遠くの縁結びで有名なとこだ。うん、行った。
「いや。行ってない」
青年は艶っぽく振り返りながら微笑む。
「良い出会いがありますよーに、って。好みは身長百六十センチ。可愛くて胸の大きさはD? あと自分より賢くない程度に頭が良い人ってのもあったね。このご時世でSNSに書いたら炎上しそうな感じの。絵馬に書かなかったのは良い判断でしたね。ああ、あと趣味に理解のある人でしたね」
合ってる。
「一文字も合ってないし、知らんし、そもそも行ってないし」
ああ、確かに願ったさ。流石に絵馬には書かなかったさ。SNSで晒されたら嫌だなのも合ってるさ。なんで知っているんだ? 頭から個人情報を抜いた? アルミホイルって効果あるのか?
「そもそも行ってないが、神社で願って何が悪いんだ? そういう場所だろ」
「別に」
青年はコップを手に立ち上がって、キッチンに向かった。そしておもむろに蛇口を捻る。ガラスのコップに水が注がれていく。
「その願いが俺のだったとしてだな。おまえに何の関係があるんだよ」
「神様だからね」
またそれだ。自分は神様だ神様だ。俺の貴重な有給をこれ以上奪わんでくれ。
青年はコップを顔まで持ってきて注がれた水とコップ越しにこちらを見た。歪んだ輪郭と目。何かが違う。形容しがたいが、何かが違う。
「平凡で普通で一般的。別にそこはどうだっていいんだけど。あまりに熱心だったものだから。だって三時間も立っていたから気になってね。それも何回も。だから気になって来てみた」
「あれは……」
そんなことも知っているのか。いや、何日も行ってたら目立つのは当たり前か……だがなんだろうか。そうじゃないだろと本能が囁く。目の前にいるのは人ならざる者だって。そんなことあるのか?
「会ってみたけど……。まぁ、いっか。やめとこう」
青年の顔にぱっと笑顔が咲く。空のコップがテーブルに置かれた。
「もう行きますね」
コトリとコップが置かれた瞬間。そこには誰もいなかった。
「……マジ?」
俺はとんでもない幸運を逃したのかもしれない。いや、きっと違う。これは違う。ふと手にしたままの本を見るとじっとりと汗で塗れ、新品の表紙は少しだけ歪んでしまっていた。




