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「完結済」婚約破棄された悪役令嬢の私は前世持ち。断罪の舞踏会で王太子ざまぁしたら、腹黒宰相様に溺愛求婚されました 〜ざまぁのその先は、宰相閣下と甘い政略ライフ〜  作者: 夢見叶
第4部 王都動乱ルートの書き換えと真のハッピーエンド

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第10話 結婚式と、その先の白紙

 祝福の鐘が鳴るはずの朝に、鐘が警鐘みたいな間で鳴った。

 耳の奥が、勝手に冷たくなる。

 あの頃の王都は、鐘の音で人が走り、紙で人が燃えた。


 控え室の扉の隙間から、回廊を行き交う影が見えた。

 黒い外套。袖口に、黒薔薇の刺繍。

 呼吸が浅くなる。


 わたくしがドアノブへ指をかけた瞬間、背後から低い声が落ちた。

「動くな」

 クロード様だった。

 いつもの冷静さのままなのに、目だけが鋭い。


「鐘が……変ですわ」

「聞こえた。だが、君はここにいろ」

「わたくしの結婚式ですのに、命令口調が抜けませんのね」

「抜けると思うか」

 短い返答に、胸の奥が震えた。怖さではない。守られているという、別の種類の痛み。


 クロード様は扉を開け、廊下へ出た。

 わたくしは追いすがりたい衝動を、花束の茎で押さえ込んだ。

 棘を落とした白薔薇。そう聞いて受け取ったのに、指先に小さな引っかかりがある。

 残った棘を折り、床へ落とす。

 折れた棘は、乾いた音も立てずに転がった。


 ほどなく、クロード様が戻ってくる。

「刺繍の男は、教団ではない。鐘楼の補修職人だ」

「では、鐘は」

「試し打ちだ。割れた部分があって、音を確かめていた」

 わたくしは肺の奥の空気を、やっと押し出した。


「怯えたか」

「怯えましたわ」

「……俺は、君が怯えるのが嫌だ」

 言葉の温度に、目の裏が熱くなる。

 今日くらいは、涙腺の規律が緩んでも許されたい。


「ここまで来ても、まだ」

「まだだ。だから、俺は君の手を離さない」

 クロード様の指が、わたくしの手袋の上から絡む。

 静かな拘束。

 それが、恐怖をほどく。


 大聖堂の扉が開く。

 香の甘さと、石の冷たさが混ざった空気が流れ込んだ。

 祭壇の前、玉座の近くに椅子が並ぶ。

 王の椅子の脇に、もう2脚。

 宰相夫妻席として、背の高い椅子が正しく用意されている。

 あの被告席とは違う。

 視線の浴び方が、違う。


 鐘が鳴る。

 さっきの不穏な間ではない。

 祝福の音として、真っすぐに。


 通路を進む間、白薔薇の花弁が落ちる。

 棘がないせいか、花弁は軽く、肌を刺さない。

 それなのに、胸だけは刺さる。

 過去のわたくしが、ずっと痛かった場所を、別の形でなぞられているから。


 クロード様が祭壇の前で待っていた。

 黒衣の正装。いつもより装飾が少ない。

 けれど、視線だけが重い。


「逃げないな」

「逃げません」

「なら、俺も逃がさない」


 誓いの言葉は、儀礼の形をしている。

 けれどクロード様がわたくしの名前を呼ぶ時、世界の輪郭が変わる。

 わたくしは、誰かの筋書きの駒ではない。

 ここに立って、息をして、選んでいる。


 祝福の鐘が、また鳴る。

 不穏な鐘は、遠い記憶へ押し戻されていく。


 夜。

 王城の大広間で音楽が流れた。

 最初の旋律で、膝が勝手に止まりそうになる。

 あの断罪の舞踏会と、同じ曲。


 指先が冷える。

 背に汗が滲む。

 次の拍で、あの声が聞こえる気がした。

 婚約破棄。悪役。断罪。


 けれど。

 クロード様が、わたくしの腰へ手を添えた。

 逃げ道を塞ぐみたいに、でも優しく。


「顔色が変わった」

「この曲は……」

「知っている。だから踊れ」

「命令ですの」

「命令だ。君を過去に渡さない」


 音が続く。

 白薔薇の花弁が、天井から落ちた。

 照明に透けて、雪みたいに見える。


 足が動く。

 震えていたはずなのに、動く。

 同じステップを、別の意味で踏んでいる。

 断罪の輪ではなく、祝福の輪の中で。


 気づいた時、涙が落ちていた。

 悔し涙ではない。

 安心の涙でもない。

 ただ、奪われなかったことへの涙。


「泣くな」

「泣きますわ」

「……なら、俺だけ見ろ」

 クロード様が、音楽より低い声で言った。


 視界の端に、袖口の黒薔薇がまた映る。

 反射的に息が止まり、次の瞬間、相手の顔が見えた。

 裁判で書記官をしていた青年だ。

 喪章として、黒薔薇を付けている。

 教団に殺された家族がいる、と聞いていた。


 わたくしは初めて、その刺繍を憎まなかった。

 棘は、誰かの痛みの印だ。

 それを燃やすのではなく、縫い留めて生きる人もいる。


 音楽が終わる。

 拍手が起きる。

 窓の外では、街灯が石畳を照らしていた。

 松明の炎ではない。

 生活の灯りだ。


 クロード様が額を寄せ、囁く。

「君は俺の妻だ。国のためだけの名ではない」

 胸がきしむ。

 嬉しさが痛い。


「では……わたくしも言います」

「何を」

「あなたは、わたくしの夫です。宰相だからではなく」

 言い終える前に、手の甲へ口づけが落ちた。

 花弁より軽く、棘より深い。


 祝福の鐘が、遠くで鳴った。

 今度は、何も奪わない音だった。


 それから数年。

 宰相執務室の窓辺に、あの頃より穏やかな光が差す。

 机の上は相変わらず紙の山で、そこだけは変わらない。


 変わったのは、椅子の使われ方だ。

 背の高い宰相椅子に、子どもがよじ登っている。


「そこは座る場所ではありません」

 わたくしが言うと、子どもは椅子の背へしがみついた。


「だって、いちばん高い」

「高いから危ないの」

「じゃあ、れてぃがすわって」


 クロード様が、書類から顔を上げる。

「君の支持層は、年齢が下がったな」

「笑っている場合では」

「笑うなと言われても、君がここにいる」


 彼は立ち上がり、子どもを軽々と抱き上げた。

 腕の中で暴れるのを、冷たい宰相の顔で受け止める。

 それが妙に似合って、腹立たしい。


「折れるな」

 昔と同じ言葉が、わたくしの口から滑った。

 クロード様が目を細める。


「折れない。君が隣にいる」


 椅子が揺れ、子どもの笑い声が弾けた。

 この音は、命令でも祈りでもない。

 ただの生活だ。


 わたくしは白い紙束へ手を伸ばす。

 指先に、かつての見えない枠の感触はない。

 選択肢も、攻略条件も、画面の端の注意書きも。


「本当に、何も出ませんのね」

「出てほしいのか」

「出てほしくは……ありません。でも、怖い」


 クロード様が、ペンを差し出した。

 羽根ではなく、実用の硬いペン先。


「怖いなら書け。俺も書く」

 それは命令ではなく、共有だった。


 扉がノックされる。

 秘書官が封筒を差し出した。

 封蝋はない。

 紙の角だけが、妙にきれいに切り落とされている。


「北西の測量隊よりです。空白地帯の外縁を、やっと」


 わたくしは封筒を開いた。

 中には地図。

 かつて線が引かれていなかった場所に、細い線が走っている。

 そして余白に、濃紺のインクで書かれた短い文。


『筋書きの外で、待つ』


 指先が冷えた。

 クロード様が覗き込み、視線が僅かに鋭くなる。


 わたくしは白紙の上にペン先を置く。

 今度は誰の指先にも、用意された選択肢なんてない。

 だからこそ。

 次の1行を、ここから。


ここまでお付き合いくださり、本当にありがとうございます。断罪の舞踏会から始まった物語が、祝福の鐘と白紙の未来に辿り着くまでを見届けていただけて、作者として胸がいっぱいです。レティが「用意された筋書き」から降りて、自分の手で次の1行を書こうとする瞬間を、あなたに読んでもらえたことが何よりのご褒美でした。


そして、もし少しでも

・スカッとした/泣けた/ニヤけた

・レティとクロードの距離感が刺さった

・この先の脚本の外が気になる

と思っていただけたら、応援のひと押しをいただけると嬉しいです。ランキングはブックマークと評価で動く仕組みなので、読了直後の反応が次の更新や番外編の燃料になります。


* ブックマーク:続き待機&読み返し用にぜひ

* 評価:広告下の【☆☆☆☆☆】からポチッと

* 感想:一言でもOKです(好きな台詞や刺さった場面だけでも大歓迎です)


また、作者ページには同系統の「悪役令嬢」「溺愛」「ざまぁ」「政略恋愛」短編・連載も置いています。読み終わった勢いのまま、気になる作品をつまんでいただけたら嬉しいです。お気に入り作者登録もしていただけると、次の更新を見逃しにくくなります。


改めて、読んでくださってありがとうございました。次の1行も、一緒に覗いてください。


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