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「完結済」婚約破棄された悪役令嬢の私は前世持ち。断罪の舞踏会で王太子ざまぁしたら、腹黒宰相様に溺愛求婚されました 〜ざまぁのその先は、宰相閣下と甘い政略ライフ〜  作者: 夢見叶
第4部 王都動乱ルートの書き換えと真のハッピーエンド

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第9話 革命の炎と、改革の灯り

 ヴァレンシュタイン公爵が、笑ったまま拍手した。

 裁判広間の高窓の向こうで、松明の光が揺れている。遠くから「レティを守れ」という叫びが混じり、次の瞬間には「処刑を止めろ」が、獣のうなりみたいに増幅した。

 わたくしの名が、救いと暴力の両方の合図になっている。


「侯爵令嬢、続けよ」

 陛下の声は低い。視線だけが、わたくしの手元へ落ちた。


 机の上に、紙を3枚並べる。

 平等をうたうビラ。孤児院支援金の捏造帳簿に添えられていた依頼書。帝国への送金を命じる密書。

 どれも紙質が違う。筆跡も、わずかに違う。

 けれど――句読点の癖が同じだ。言い回しが同じだ。敬語の丁寧すぎる角度が同じだ。


「この文体は、王都の民が自然に書けるものではありませんわ」

「なら誰が書いた」

「貴族です。しかも、書き慣れた貴族」


 監査局長バルトロメウスが、紙の端を指で弾いた。

「帳簿の書式も同じ傾向です。小計の位置、線の引き方、数字の丸め方。帳場を持つ家の癖だ」

 裁判広間が、静まり返る。数字は嘘をつかない。嘘がつくのは人だけだ。


 わたくしは最後の紙を差し出した。

 黒い蝋。薔薇紋。棘が強調された印。

 封を切った瞬間、あの短い文言が出てきた。


 『根に報せよ。花弁は動かすな。棘は静かに笑え。』


 セラフィヌス大司教の喉が鳴った。祈りの所作の途中で、指が止まる。

 ヴァレンシュタイン公爵の拍手も、止まった。


「大司教、その言葉をご存知ですか」

「神の言葉を、勝手に切り貼りするな」

「神の言葉ではありませんわ。合図です。教団の内輪言葉」


 わたくしは視線を公爵へ戻した。

 あの人は、いつも正しい顔をしていた。貴族の理想を語り、施しの演説をし、戦災孤児に慈愛の眼差しを向けて。

 だからこそ、もっとも見たくなかった。


「黒薔薇・ゲオルグ・フォン・ヴァレンシュタイン公爵。あなたが、薔薇の使徒の貴族部門の頭目ですね」


 ざわめきが弾けた。

 公爵は、笑みだけを保ったまま立ち上がる。


「面白い。だが君は、紙で世界を変えられると信じているのか」

「信じていますわ。紙で嘘を撒いたなら、紙で裂けますもの」


 クロード様が、席を蹴って前へ出た。形式より早い。

 その声が、珍しく荒い。


「拘束しろ。国家反逆と横領、加えて帝国への通謀だ」


 兵が踏み込む。公爵の護衛が動きかけ――ラグナード将軍の剣が鞘から半分だけ抜けた。

 鋼の音は、短いのに効く。


「王の御前だ。剣を抜くなら、俺を斬ってからにしろ」


 将軍の視線が、公爵を刺す。怒りより、悔しさが濃い。

 公爵は小さく肩をすくめ、両手を差し出した。


「民は飢えている。誰かが火を灯す。君たちがその火を消せるかな」

「燃やす火は、消します。照らす灯りは、守りますわ」


 言い返した声が震えたのは、自分でも分かった。


 そのとき、外の叫びが近づいた。

 窓の下で、松明が揺れ、石が石畳を転がる音がした。

 わたくしの胃が、冷える。

 救った相手に、殺されかける。そういう物語が、前世の画面には平然と載っていた。


 ――でも、今は違う。


 拘束された公爵と大司教が連れ出されるのを見届け、わたくしはクロード様の袖を掴んだ。


「外へ出ます」

「駄目だ」

「このままでは、誰かが死にます」

「君が死ぬ」

「それなら、ここに居ても同じですわ」


 クロード様の手が、わたくしの手首を強く掴んだ。痛いほど。

 その目が、冷たい色から外れている。怒りと恐れが混ざっている。


「そなたを、餌にするなど論外だ」

「餌ではありません。――責任です」


 言った瞬間、胸の奥が熱くなった。

 わたくしは、改革の椅子に座った。なら、責任からも立ち上がらない。


 クロード様は、息を吐いてから、低く言った。


「離れるな。半歩でも、私の前へ出るな」


 わたくしは頷き、指先を絡める。短い接触なのに、心臓がうるさい。

 外の鐘が鳴った。祝福ではない。警鐘だ。


 王城前広場は、火の海の手前だった。

 松明。赤い薔薇の旗。石を握る手。怯えた顔。興奮した顔。

 そして、わたくしの名。


「レティを守れ!」

「処刑を止めろ!」

「貴族の遊びに、もう付き合えるか!」


 耳が割れそうだった。

 前世で見た炎上CGが、瞼の裏に重なる。炎の粒が、王都を舐める。逃げ惑う人。倒れる人。

 喉が詰まり、足が止まる。


「お嬢ちゃん!」


 人混みの端から、女の声が飛んだ。

 ミーナ・バルク。南側の雑貨屋兼酒場の女主人。いつもは強い笑い方をする人だ。

 今日は笑っていない。けれど目は、泣いていない。


「ここで燃やしたら、明日も暗いだけだよ!」


 その言葉が、わたくしの足を動かした。

 石段へ上がる。松明の熱が顔を撫でる。咳が出そうになる。

 クロード様の影が、わたくしの背に重なる。


 わたくしは両手を上げた。


「皆さま。わたくしは、レティシア・ローゼンベルクですわ」

「今さら名乗るな!」

「そうですわね。名は、もう足りるほど使われました」


 わたくしは息を吸う。

 説明はしない。言い訳もしない。

 必要なのは、因果を切らないことだ。


「わたくしの改革で、損をした方がいる。苦しくなった方がいる。そこは、わたくしの落ち度です」

 声が震える。けれど止めない。

「だから、直します。税の仕組みを見直し、学びの場を増やし、病に倒れる前に手当てが届くようにします」

「口だけだ!」

「なら、紙にしますわ」


 懐から小さな紙束を出す。議会で使った草案の写しだ。

 端に、薔薇紋はない。棘もない。

 白い紙だけだ。


「この場で約束を書きます。署名も押します。明日から、役所前に掲示します」

「信じろってのか!」

「信じなくて構いません。読んでください。言葉で殴ってください」


 わたくしは、広場を見渡した。

 石を握る指が、汗で光る。

 幼い影が、石を抱えているのが見えた。孤児院の子だ。トマ。隣にリナ。

 マリアが、2人の肩に手を置いている。口は動くのに、声は届かない。

 でも、その手は震えていない。


 わたくしは両腕を広げた。


「それでも、わたくしを許せないなら。石を投げて」


 沈黙が落ちた。

 石が投げられれば、たぶん死なない。けれど物語は死ぬ。

 この国が、燃える。


 石段の横で、クロード様が動きかけた。

 わたくしは、彼の袖を掴んで止めた。

 半歩前へ出るな、と言った人の袖を。


 トマが、石を見た。

 リナが、トマの袖を引いた。

 マリアが、短く言った。


「石じゃなくて、手紙にしよう」


 誰かが笑いそうになり、やめた。

 その代わり、誰かが泣きそうになり、堪えた。


 トマは、石を落とした。

 代わりに松明の柄を両手で握り、石畳へ突き刺した。

 火が、立ったまま揺れる。


「これは壊すためじゃなくて、夜道を照らすためだ」


 その言葉が、胸に刺さった。

 火は、燃やすだけではない。

 照らす。道を示す。帰れる場所を作る。


 広場の端で、誰かが鐘の綱を引いた。

 警鐘ではない。短く、澄んだ音。

 祝福に似た音が、まだ怖い。


 クロード様の指が、わたくしの手を握り直す。

 その温度だけが、確かな未来だった。

 駆け込んだ伝令が、息を切らして跪いた。


「宰相閣下、陛下より、明日大聖堂にて婚礼を」


 松明の火が、今度は祝福の光に見えるかどうか。

 わたくしは、クロード様の手を握ったまま、答えをまだ持っていなかった。


ここまでお読みくださりありがとうございます。次話は明日の婚礼命令の真相と、クロード様の独占欲が一気に牙をむきます。面白い、続きが気になった、と思っていただけたら、広告下の【☆☆☆☆☆】評価とブックマークで応援いただけると執筆の励みになります。感想も大歓迎です。


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