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「完結済」婚約破棄された悪役令嬢の私は前世持ち。断罪の舞踏会で王太子ざまぁしたら、腹黒宰相様に溺愛求婚されました 〜ざまぁのその先は、宰相閣下と甘い政略ライフ〜  作者: 夢見叶
第4部 王都動乱ルートの書き換えと真のハッピーエンド

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第8話 証言台の王子と聖女

「次の証人、元王太子アーサー殿下。ならびにマリア・ベル」

 書記官の声が落ちた瞬間、広間の空気がひっくり返った。さっきまでわたくしへ投げられていた視線が、獲物を変える獣みたいに動く。

 誰かが笑い、誰かが舌打ちし、誰かが祈る。


「呼ぶつもりだったのね」

 隣の椅子でクロード様が口元だけ動かした。

「驚きました?」

「君の手札はいつも遅れて出る」

「わたくしは慎重なのです」

「君は残酷だ。真実に対してだけは」


 法廷の奥、王の前に置かれた鐘が鳴り止み、扉が開く。

 現れたのは、豪奢さを削いだ青年だった。肩の線は細く、けれど立ち方に逃げがない。かつて「殿下」と呼ばれた人間が、今はただの「証人」として立っている。


 検察役の貴族が即座に声を張り上げた。

「証言資格はありません! 罪人の言葉など――」

 反論の拍が合うように、傍聴席からもざわめきが起こる。誰かが「操り人形」と吐き捨てた。


 クロード様がゆっくり立ち上がり、視線だけで場を切った。

「罪状は審理済みだ。今この場で問うのは、侯爵令嬢の冤罪の有無。証言の価値は内容で測る」

 王が短く顎を引き、鐘の横の衛兵が動きを止めた。


 アーサー様は、わたくしを見ない。見る資格がないとでも言うように、木目の床を見つめたまま口を開いた。

「……わたしは、利用された」

 それだけで、胸の奥がざらついた。軽い言葉は、刃になる。


「わたしは、あなたを悪役にした。自分が正しい物語の中心にいると信じたかったからだ」

 ざわめきが減る。貴族席の笑いが引く。庶民席の息が詰まる。

 この人の告白は、わたくしの名誉のためではなく、自分の首を絞め直すための言葉だ。


「あなたは……断罪の夜、わたしの前で止まった」

「止まった?」

「わたしを壊すための台詞を、あなたは壊した。帳簿と手紙を出し、王を動かした。あの瞬間、王都は血を流さずに済んだ」


 わたくしの指先が、膝の上で震えた。思い出したのは歓声ではない。音が止まった舞踏会の床。息を飲む群衆。あの静けさだ。

 胸が熱くなり、すぐ冷えた。感情は今、武器にならない。けれど、感じないふりも出来ない。


 アーサー様は続けた。

「その後もだ。闇商会を潰した。帝国の圧を受け止めた。税を変え、流通を整えた。わたしは遠くから見ていた。見て、恐れていた。自分が何を壊したのかが、遅れて見えたからだ」


 検察役が唇を噛む音が聞こえた。

「だが、孤児院の支援金は――」

「それも、わたしの名で動いた金だ」

 アーサー様が初めて顔を上げる。視線はわたくしではなく、王へ向いた。

「孤児院への基金は、わたしが署名した。処罰の後も、わたしは贖罪として続けた。だが、その帳簿は……わたしの書式ではない」


 クロード様の指が、わたくしの手首に触れた。止めるのではない。ここから始めろ、と合図する触れ方だ。


 次の証人が呼ばれる。

 マリア・ベル。かつて「聖女」と呼ばれた少女は、今は質素な衣で、髪も飾らない。けれど目だけが、よく見える人の目をしている。

 庶民席から小さな声が漏れた。

「裏切り者」

 別の声が返す。

「違う、あの子は……」


 マリアは深く頭を下げ、宣誓の言葉を噛まずに言った。

「罪は消えません。でも、だからといって、事実を歪めていい理由にはなりません」

 綺麗な台詞なのに、綺麗に聞こえない。生活の土が混じっている。


「孤児院の子たちは、支援が途切れたと聞いて泣きました。わたくしも泣きました。……疑いました」

 胸の奥がきしむ。あの夜、帳簿を握っていたマリアの指先を思い出す。子ども達の名前を数えるように書く指だ。

「でも、帳簿の数字は、子ども達の顔と噛み合いませんでした。食糧は届いていた。薬も届いていた。冬の毛布も」

 傍聴席の空気が動く。怒りが、迷いに変わる速度は遅い。けれど確かに変わる。


「配達に来た人が言いました。『君達は助けられる価値がある』と」

 わたくしは息を止めた。その言葉は、わたくしの口から出した覚えがない。教会の説教にも似ていない。

 マリアが続ける。

「その人の封筒に、小さな薔薇の印がありました。花弁の形が……黒かった」


 クロード様の視線がわずかに鋭くなる。わたくしは、唇の裏を噛んで血の味を確かめた。焦れば、相手の筋書きに乗る。


 王が杖で床を打った。

「被告、発言を許す」

 広間が静かになる。静けさの中で、わたくしの鼓動だけがうるさい。


 わたくしは立ち上がり、椅子の背を押した。被告席ではない。宰相の隣の椅子。その距離が、わたくしの背骨を支える。

 机に置かれていた紙束へ手を伸ばす。ペンを握る。紙の白は怖い。だが白は、書けば味方になる。


「皆さまが見ているのは、帳簿という名の物語です」

 声は落ち着いていた。落ち着かせた。

「本物の帳簿と、偽物の帳簿。並べれば、癖が出ます。書式、余白、線の引き方、インクの重さ」


 検察役が苛立ちを隠さずに言う。

「癖など主観だ!」

「では、主観ではないものにしましょう」

 わたくしは紙へ短い線を引き、数字の列を書き写した。筆圧の癖を再現しながら。

「監査局長バルトロメウスは、数字の番犬です。番犬は匂いで嘘を嗅ぎ分ける」


 ざわめきが戻る。けれどこれは、さっきの嘲りの音ではない。期待と恐怖が混じった音だ。


 わたくしは次の紙を開いた。王都で拾ったビラ。端に小さな薔薇紋。

「帳簿と同じ癖が、ここにもあります。煽り文句の切り方、言葉の間の置き方。わたくしは紙を見過ぎました。なので、似た手つきが分かります」


 最後に、押収された計画書の写しを広げる。火を放つ地点の列。混乱を利用する段取り。わたくしの脳裏に、燃える王都の幻がよぎる。

 喉が冷える。怖い。けれど今は、怖さを手綱に出来る。


「これらは別々に見えます。でも同じ人間の作法が滲んでいます」

 わたくしはペン先で、黒い印の形をなぞった。花弁の角度。線の癖。

「改革を遅らせる正論と、扇動を煽る毒と、慈愛で裁く祈り。それらを同じ手で配る者がいる」


 そして、口にした。

「ヴァレンシュタイン公爵ゲオルグ」

 名前が落ちた瞬間、貴族席の奥で穏やかな微笑が揺れた。


 鐘が鳴る前に、わたくしは確信した。

 次に揺れるのは、視線だけではない。


ここまでお読みくださりありがとうございます。公爵ゲオルグの名が出た今、次は証拠の核心へ進みます。続きが気になったら、広告下の【☆☆☆☆☆】で評価、【ブックマーク】で応援いただけると執筆の力になります。ひと言感想も大歓迎です。


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