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「完結済」婚約破棄された悪役令嬢の私は前世持ち。断罪の舞踏会で王太子ざまぁしたら、腹黒宰相様に溺愛求婚されました 〜ざまぁのその先は、宰相閣下と甘い政略ライフ〜  作者: 夢見叶
第4部 王都動乱ルートの書き換えと真のハッピーエンド

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第2話 決まらない会議と、バルコニーの宰相補佐

 扉が叩きつけられ、伝令の息が紙の端を震わせた。

「王城の南門前で、ビラ配りが揉み合いになりました。負傷者が出ています。あと……城内の物置からも同じビラが見つかりました」

 王城の内側で見つかった、平等のビラ。

 わたくしの背筋に、昨夜の鐘より冷たいものが走る。


 宰相執務室の長卓には、軍部と文官の顔が並ぶ。

 机上の地図より、目線のほうが鋭い。

「見せしめが必要だ。下町を封鎖し、煽動者を片端から検挙しろ」

 鎧の肩章が光る将官が、拳で卓を叩く。

「民の不満を力で押さえれば火種に油だ。静観し、教会に説教を頼むべきだ」

 反対側の官僚が、紙束を抱えたまま顎を引く。


 わたくしは、伝令から受け取ったビラを机に置いた。

 紙は安いのに、墨だけが妙に濃い。

「文体が、以前押収した教団文書と似ています。煽り方が同じですわ」

 言い切った瞬間、部屋の温度が落ちた。

 視線が、紙からわたくしへ移る。

「教団だと? それは憶測だろう」

「憶測ではありません。……この端をご覧になって」

 ビラの隅には、花弁を模した小さな紋が押されている。

 薔薇だと気づけるほど丁寧ではない。

 けれど、わたくしには足りる。


「ならば早く叩くべきだ」

 将官が吐き捨て、別の誰かが続けた。

「そもそも、平等だの救済だの、最近声高に言い始めたのは誰でしたかね」

 軽い笑いが混じった。

 悪意の音だ。

 わたくしの喉が、乾く。

 胸の奥で、昔の音楽が鳴り出す。

 あの広間。

 あの視線。

 あの断罪。

 ここでまた、同じ役を押しつけられるのだろうか。


 椅子の軋みが止まり、クロード様の声が落ちた。

「責任転嫁の前に、事実を数えろ」

 笑いが消えた。

「負傷者の内訳。誰が何を持っていた。どこから現れ、どこへ消えた。城内の物置に、なぜ同じ紙がある」

 冷えた刃みたいな列挙だ。

 けれど、わたくしには救いの響きだった。


「情報が足りない。今日この場で結論は出さない」

 将官が眉を吊り上げる。

「宰相、時間稼ぎか」

「誤爆を避ける。まず動線を洗え」

 クロード様の指が、わたくしの置いたビラを軽く押さえた。

「それに、彼女の報告は価値がある。文体と紋、城内に入った経路、そこからだ」


 誰かが舌打ちし、誰かが渋々うなずく。

 決まらない。

 決めない。

 苛立ちが残るはずなのに、わたくしの胸の重りが少しだけ軽くなった。

 わたくしが吊るされる前に、クロード様が糸を切ったのだと分かったから。


 会議が散ったあと、クロード様は机の端を指で叩いた。

「今夜、舞踏会がある」

「……今夜に?」

「王が沈静化の意思を示す。貴族に安心を与え、民に混乱がないと見せる」

 安心。

 見せる。

 どちらも紙の言葉みたいに薄い。

「踊れと言われたら踊りますわ」

 わたくしがそう返すと、クロード様は目を細めた。

「踊らなくていい。見る役でいろ」


 夜、王城の大広間は断罪の舞踏会と同じ装いだった。

 天井の星形の飾りも、壁の金の縁取りも、そして曲まで同じ。

 音が始まった瞬間、わたくしの足が止まる。

 身体は覚えているのに、心が拒む。


「宰相の婚約者様、今夜はお美しいこと」

 甘い声。

 けれど言葉の裏に、刃がある。

「お優しいのね。下町に粥を配ったとか」

「平等を掲げるのは結構。でも、貴族の椅子を奪うのはどうかしら」

 噂が踊る。

 音楽より軽く、毒より速い。

 わたくしは笑みを崩さず、杯の縁だけを指でなぞった。

 踊らないぶん、観察ができる。


 舞踏の輪の外側で、若手貴族が肩を寄せていた。

 聞こえる言葉は、今朝のビラに似ている。

「高い塔が影を落とす。南側の土は踏みにじられ続ける」

 詩みたいな言い回し。

 けれど、誰かの台本の匂いがする。

 輪の中心にいた男の胸元に、赤い花弁の意匠がちらりと見えた。

 わたくしの背中に、冷たい汗が浮く。


「レティシア」

 背後から呼ばれ、振り向く。

 クロード様は人混みの奥で、こちらへ真っ直ぐ歩いてきた。

 踊りの輪が、わずかに避ける。

 宰相の歩幅は、許可証だ。

「噂の速度が速い夜だな」

「速度だけは優秀ですわね。内容は粗雑ですけれど」

 口にした皮肉で、胸の中の震えが整列する。


 曲が繰り返されても、断罪は起きない。

 それが逆に恐ろしい。

 決断も裁きもないまま、空気だけが腐る。

 わたくしは踊らず、クロード様の隣で静かに立っていた。


 舞踏会が終わり、人の波が薄くなったころ、クロード様に腕を引かれた。

 扉の先は、冷えた夜気のバルコニーだった。

 王都の灯が、遠くまで散っている。

 美しいのに、どこか不安定で、揺れて見えた。


「会議では言い切れなかった顔をしている」

 クロード様の声が近い。

 外は冷たいのに、その近さだけが熱を持つ。

「顔を隠す癖は、直りませんの」

「直せ。今夜は特に」

 短い命令。

 けれど責める響きではない。

 クロード様の外套が、わたくしの肩に落ちた。

 重さが、妙に安心をくれる。


「王都動乱ルートを知っています」

 言葉が自分でも驚くほど低く出た。

 クロード様の目が、わずかに細くなる。

「誰かが平等を口実に火をつける。最初はビラ、次に演説、次に……」

 喉が詰まり、続きを飲み込む。

 炎の匂いが、まだ鼻に残っている気がした。

「次に、わたくしが吊るされます」


 クロード様が手袋を外し、わたくしの指を握った。

「今度こそ、そなたを群衆の前で1人にはしない」

 その言葉が胸に落ちた瞬間、わたくしの中で何かが崩れた。

 怖い。

 悔しい。

 腹立たしい。

 全部が混ざって、涙になる前に、息で押し戻す。

「誰かが用意した台本より、今ここにいる人たちの顔色の方が大事ですわ」

 自分の決め台詞が、今夜は刃ではなく支えになった。


 クロード様は指を離さず、王都を見下ろした。

「ならば、台本の書き手を引きずり出す」

「……その前に。駒を、駒のまま置いておきたくありませんの」

 わたくしは視線を上げた。

 言葉の先にいるのは、元王太子と、かつての聖女だ。

「落ちた王子と、祈る聖女の今を確かめに行きましょう」

「証人にするつもりか」

「ええ。物語の主役ではなく、真実を語る役として」


 クロード様の親指が、わたくしの手の甲をゆっくり撫でた。

「危険は増える」

「危険は、放っておいても増えますわ」

 わたくしは笑ってみせた。

 今夜の笑みは、舞踏会のためではない。


 ふと、遠くの街並みに、小さな灯が残っているのが見えた。

 孤児院の窓だ。

 遅い時間なのに、消えていない。

 その光の横で、赤い何かが揺れた気がした。

 ビラの隅の花弁が、脳裏で重なる。

 あの灯りは、祈りか。

 それとも、花弁か。

ここまでお読みいただきありがとうございます。城内に入り込んだ花弁の痕跡、そして孤児院の灯——次話で誰が糸を引くのかが一気に動きます。続きが気になったら、広告下の【☆☆☆☆☆】評価と【ブックマーク】で応援いただけると励みになります。


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