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「完結済」婚約破棄された悪役令嬢の私は前世持ち。断罪の舞踏会で王太子ざまぁしたら、腹黒宰相様に溺愛求婚されました 〜ざまぁのその先は、宰相閣下と甘い政略ライフ〜  作者: 夢見叶
第4部 王都動乱ルートの書き換えと真のハッピーエンド

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第1話 平等のビラと、不穏な鐘

 白薔薇橋の下で、子どもが紙束を空に放って笑った。

 石畳に落ちた薄い紙を拾い上げた瞬間、指に黒いインクが移った。

 紙面の大見出しは、私の名前だった。


「宰相補佐レティシアは、民の敵」


 端には、薔薇の花弁を模した小さな印がある。

 心臓が、きゅっと縮んだ。


「……随分と、分かりやすいな」

「分かりやすいのは、作り手が自信家だからですわ。あるいは、急いでいるか」


 隣を歩くクロード様は、私の手元を見ただけで眉を寄せた。

 通りは朝の湿り気と、川の匂いと、焼いた麦の甘い匂いが混ざっている。

 けれど胸の奥だけ、冷えたままだった。


「捨てて良い。触れ続けるな」

「ええ。でも、文字はもう見てしまいましたの」


 紙を畳み、革手袋の掌に挟んで持つ。

 私の指先が震えているのが悔しくて、背筋だけを真っすぐにした。


 平等。

 その言葉は正しい。

 正しいからこそ、誰の手に渡るかで刃になる。


 路地の奥では、同じ紙が壁に貼られ、男たちが声を張り上げていた。

 彼らの言葉は軽い。けれど、軽さが怖い。


「すべての者は平等だ。ならば、上に座る者を引きずり下ろせ」


 私はその文句に、帝国で聞いた調子を重ねてしまい、喉の奥が乾いた。

 前世の記憶より、この世界の温度の方が生々しいのに、言葉だけが似すぎている。


「クロード様。ここは、火薬庫ですわ」

「言い方が穏やかではないな」

「穏やかな火薬庫など、存在しませんもの」


 私がそう返すと、彼は口元だけで笑いかけた。

 けれど、その笑みは優しさではなく、警戒の形をしている。


 視察は、橋を渡って南側へ入った。

 商業区を抜け、川沿いの低地へ。

 石の家は減り、木と布で継ぎ足した壁が増える。

 靴の裏に泥がつき、私のドレスの裾も少しだけ重くなる。


 角の小さな店で、見覚えのある油灯が吊られていた。

 2部の頃、私が改良案を出した簡易ランプだ。

 火は安定して揺れ、店主の手元を照らしている。


「お嬢さん、あんたの所の灯りだろ。助かってるよ」

 店主は、私に気づいていないのか、気づいていても言い方を選んだのか、ぶっきらぼうに言った。

「夜が少しだけ怖くなくなった。……少しだけな」


 少しだけ。

 その言葉が、胸に刺さった。

 私は、数字と制度の話ばかりしてきた。

 でも、夜が怖いままの人がいる。


 店の外で、幼い子が紙を握っていた。

 ビラだ。

 子は私の顔を見上げ、迷って、母親の陰に隠れた。


 母親の目には、疲れがある。

 同時に、怒りもある。

 怒りは悪ではない。飢えと寒さが積み上げた当然の形だ。


「ねえ、あの人が宰相の犬なの」

「犬にしては、毛並みが良すぎるわ」


 誰かの囁きが耳に入る。

 私は笑わなかった。

 ここで笑えば、火に油だ。

 けれど、無表情でいるのもまた、燃料になる。


 石が転がった音がして、私は反射的に肩をすくめた。

 投げたのは少年だった。狙いは私の足元。

 土埃が上がり、周囲の空気がぴりつく。


「帰れよ。上の椅子に戻れ」

「……戻る椅子があるなら、あなたも座ればよろしいのに」


 言い返したくて、舌先が熱くなる。

 でも、ここで言葉を刺せば、次は石が飛ぶ。

 私は息を吸い、口を閉じた。

 理屈で勝てる場面ではない。理屈で勝てる場所へ連れていくしかない。


 私が立ち止まると、クロード様も止まった。

 彼は私の前に半歩出て、人垣の視線を受け止める。


「通る。邪魔はするな」

 声は低い。

 ただの威圧ではない。命令でもない。

 国家の重さを、短い文に詰めただけの声だ。


 その瞬間、群衆の視線が私から彼へ移った。

 私が矢面だと思っていたのに、違った。

 この街は、私だけを憎んでいるわけではない。

 憎むべき象徴を、次々に差し替えられるだけなのだ。


 胸の奥で、何かが反転した。

 私は標的であり、同時に、餌でもある。


 広場では若い男が台に立ち、紙を振り回していた。

 拍手は疎らだ。反応はまちまち。

 けれど彼は、拍手の量ではなく、沈黙の質を測っているように見えた。


「貴族は俺たちの汗を吸って肥える。教会は祈れと言うだけだ」

「だから、俺たちが決める。椅子を奪え」


 椅子。

 また、その言葉。

 偶然ではなく、選ばれた単語だ。


 私は、背筋の内側がぞわりとした。

 宰相執務室の隣の椅子。

 被告席の椅子。

 玉座の両脇の椅子。

 座る場所が変われば、人の価値も変わったことにされる世界。


 演説が終わった瞬間、遠くで鐘が鳴った。

 光薔薇大神殿の鐘だ。

 祝福の音ではない。耳障りに、連打する。


 群衆がいっせいに顔を上げた。

 誰も祈らない。

 ただ、音に従うみたいに、足が動き出す。


「……今の鐘は、合図ですわね」

「断定はするな」

「断定しません。でも、嫌な気配は否定しません」


 クロード様の指が、私の手首を軽く掴んだ。

 引く力は強くないのに、私は逆らえない。

 彼に引かれて馬車へ戻る間も、紙は風に舞い、壁に増えていく。


 馬車の中は、革の匂いと冷えた空気で満ちていた。

 窓から見える王城の白い壁が、やけに遠い。


「レティシア」

「はい」

「顔色が悪い」

「メイクで隠せる程度ですわ」


 私がいつもの調子で返すと、彼は眼鏡の奥で目を細めた。


「隠すな。私は、そなたの補佐ではなく、そなたの味方だ」

「……そんな区別を、今さら持ち出すなんて」

「今さらだからだ」


 胸の奥が熱くなり、同時に怖さも増した。

 味方がいることは救いだ。

 でも、味方が巻き込まれる恐れも増える。


 私は畳んだビラを膝に置き、紙の端を爪でなぞった。

 花弁の印。

 印の下に、小さな追記があるのに気づく。


 字は細い。けれど、癖がある。

 右払いが妙に跳ねる。

 帝国で押収した文書の、あの筆跡に似ていた。


「クロード様。これ……」

 私が指先で示した瞬間、馬車の外でまた鐘が鳴った。

 今度は、大神殿だけではない。

 南の方角、孤児院の小礼拝堂の鐘まで、遅れて重なる。


 2つの音が重なり、王都全体が巨大な檻みたいに響いた。


 そして、御者が声を上げた。


「閣下。王城からの使いです。……急ぎの召喚状が」


 クロード様の手が、私の膝の上の紙より先に、その封を取った。

 封蝋には、花弁の印が押されている。

 彼が短く息を止めたのが分かった。

 その反応だけで、私の血の気が引く。


「……宰相閣下と、その婚約者に。王城正議院へ来い、だと」


 私の名が、王の名の隣に並ぶ。

 宰相の隣の椅子は、こんな形でも重いのだと理解してしまう。


 窓の外で、また紙が舞った。

 風がめくった紙面の裏に、誰かが走り書きをしている。


「次は、お前だ」


 私は、音もなく唾を飲み込んだ。

ここまで読んでくださりありがとうございます。ビラの裏に走り書きされた「次は、お前だ」――王城の召喚状が意味するものは何なのか。続きが気になったら、広告下の【☆☆☆☆☆】評価&ブックマークで応援いただけると執筆の励みになります。次話、召喚の席で答え合わせです。


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