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「連載版」婚約破棄された悪役令嬢の私は前世持ち。断罪の舞踏会で王太子ざまぁしたら、腹黒宰相様に溺愛求婚されました 〜ざまぁのその先は、宰相閣下と甘い政略ライフ〜  作者: 夢見叶
第3部 隣国帝国編・皇太子妃候補とシリーズ最大の揺らぎ

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第11話 庭園の求婚と、選び直す国と男

「政治を抜きにしても、僕は君を選ぶ」


 帝都の内庭は、夜の石の冷たさを忘れたみたいに陽を吸っていた。白い薔薇の香りが淡く漂い、噴水の音が、昨夜の追跡の靴音を上書きしていく。

 けれど、胸の内のざらつきだけは消えない。地下回廊の粉塵。黒い核の震え。あの闇から届いた声の低さ。

 そして、目の前の青年の視線の熱。

 断罪されるはずだった悪役が、帝国の未来として求められる。立場が裏返って、笑い方を忘れそうになる。


 ユリウス殿下は、いつもの軽さを捨てていた。肩にかかる金の飾りも、今日は目立たない。ここは式典の舞台ではなく、告白の場所だと宣言しているみたいだった。


「……殿下。ご冗談を言う空気ではありませんわ」

「冗談なら、君の顔を見てから言う。今の君は、笑えない」


 言葉が刺さる。笑顔を作る癖が、社交界で生き延びるための鎧だと見抜かれた気がした。


 わたくしは庭の小径に視線を落とす。足元の砂利は丁寧に均され、薔薇の枝は短く整えられている。剪定。昨夜、大司教が口にした、あの嫌な比喩が蘇る。

 庭を正すための剪定。

 世界を正すための剪定。

 それを、穏やかな声で言える人間がいた。


 殿下の背後、少し離れた場所に護衛が控えている。視線は外へ向け、聞かぬふりを徹底していた。帝国のやり方は、いつも正しく、そして冷たい。


「昨夜の続きを、ここで言わせて」

「続きを……」

「僕は、君を欲しい。妃として。協力者として。政治の道具としても、そして……僕個人としても」


 喉が鳴った。答える前に、息が乱れる。乱れれば弱さを渡す。わたくしはそうやって戦ってきたのに、今は剣も帳簿もない。あるのは、告白だけだ。


 不思議だ。戦争の芽を折るための交渉より、こういう言葉の方が怖い。

 だってこれは、勝ち負けの形が、目に見えない。


「君の国を思う姿勢が、僕には眩しかった。帝国のために君を欲しい、と最初は思った」

 殿下は少し間を置き、視線を逸らさずに続けた。

「でも途中で気づいた。君は、僕の帝国を救うための駒じゃない。君は君で、誰の台本にも従わない」


 台本、という言葉が胸に落ちる。

 昨夜、闇の奥から聞こえた声が重なる。

 脚本を書き換えようとする者は、どの世界にもいる。

 わたくしは、書き換える側だ。破滅を避けるために。誰かの筋書きを踏み潰すために。


 それなのに。

 その書き換えが、誰かの恋の選択肢まで動かすなんて、想定していなかった。


「君と過ごした時間で、僕は自分の弱さも知った。平和を望むくせに、守るためなら冷酷にもなれる」

「殿下は……それを、誇っていらっしゃるのですか」

「誇ってない。だからこそ、君が必要だと思った。君の冷たさは、温度を残している」


 褒め言葉の形をした、重い鎖。

 帝国の皇太子妃候補として招かれた時から、こうなる可能性はあったのだろう。けれど、わたくしはずっと、別の危機だけを見ていた。

 教団。軍部。聖遺物。黒い核。

 恋の刃は、もっと静かに刺さる。


 クロード様の顔が浮かぶ。

 地下回廊で、わたくしの前に半歩出た背中。

 殿下の外套が肩を覆った場面と重なって、胸が痛んだ。

 守られることに慣れてはいけない。そう思っていたのに、守られた記憶が、こんなにも鮮明だ。


 わたくしの足が、庭の端に置かれた白い鉄の椅子に触れた。飾り脚が細く、座ればすぐに折れそうな椅子だ。

 それでも椅子は椅子で、誰かの場所を主張している。


 王国の宰相執務室にあった、あの空席の椅子。

 あの椅子は、重かった。責任と、信頼と、たぶん……恋の分まで背負わされていた。

 わたくしは、まだ迷いなく座れていない。けれど、触れた指先が離れなかった。


 殿下は、わたくしの沈黙を急かさない。噴水の水音だけが時間を刻む。

 そして、その優しさが、逆に残酷だ。

 選べ、と言われている。


 もし前世の筋書き通りなら。

 わたくしは悪役で、ヒロインが殿下を救い、帝国の物語に迎えられる。

 でも今、殿下の視線はわたくしだけを捉えている。

 世界はもう、原作の形ではない。

 だからこそ、選び直しは、逃げ道がない。


「殿下」

 声が、思ったより柔らかく出た。腹の奥が熱くなるのを、必死で抑える。


「わたくしは、ありがたく思っています。帝国が、王国を鏡のように見てくれたことも。殿下が、戦争を止めるために手を汚せる人だということも」

「なら」

「ですが……わたくしは、自分の国と、そこにいる宰相を選びました」


 言い切った瞬間、肩の内側の筋がほどけた。恐怖が消えたわけではない。けれど、足元が固くなる。

 選択肢が閉じる音がした。


 ユリウス殿下は、目を細めた。怒りでも屈辱でもない。苦笑に近い表情だった。

「君は、残酷だね」

「残酷なのは、わたくしではなく……立場ですわ」

「そうだ。立場はいつも人を利用する。だから僕は、君に利用されたいと思ったのかもしれない」


 そこで殿下は、短く息を吐いた。

「負けを認めるのは嫌いだ。でも、君とその男の選択は尊重しよう」

「……ありがとうございます」


 礼を言うのは簡単だ。礼が、免罪符にはならないと知っていても。


「ただ、覚えていて。僕は帝国の皇太子で、君の国の敵にも味方にもなれる」

「脅しですか」

「宣言だよ。君が選んだ国を、君が守れるようにするための」


 その言い方が、怖いほど真っ直ぐだった。

 殿下は恋を、政略の包装紙で隠さない。隠さないから、痛い。


 わたくしは深く頭を下げ、踵を返した。背中に視線が刺さる。振り向けば、揺らぐだろう。

 揺らいだら、わたくしは王国にもクロード様にも嘘をつくことになる。


 歩きながら、気づく。

 クロード様の不在が、こんなにも大きい。

 今この場で、彼の声が聞けたら、わたくしはもっと簡単に笑えただろう。あるいは、もっと乱れただろう。

 どちらにせよ、隣にいてほしかった。


 庭の出口で、黒い外套が待っていた。

 リディア殿下だ。今日の殿下は飾り気の少ない衣で、目だけがやけに冴えている。


「顔を見れば分かる。言われたのね」

「……ええ」

「答えも」

「ええ」


 リディア殿下は、わたくしの肩越しに庭を見た。噴水のきらめきが、刃のように光る。

「兄は、本気になると面倒よ。けれど、あの人は嘘をつかない」

「嘘をつかない方が、優しいとは限りませんわ」

「そう。だから」


 殿下は、わたくしの手元に視線を落とした。指先が、まだ椅子の冷たさを覚えている。

 そして、短く言った。


「国も、自分も、ちゃんと自分で選びなさい」


 その言葉が、胸の奥の芯に触れた。

 選んだ。選び直した。けれど、選び続ける覚悟は、まだ問われていない。

 教団の最古参は逃げた。

 皇帝ですら掴めない闇がある。

 筋書きは、まだ終わっていない。


 回廊を進むと、使いの兵が小走りで近づいてきた。形式ばった礼の角度が深い。

「侯爵令嬢レティシア。王国特使代表より、書状を預かっております」


 封は黒。蝋の上に、見慣れた紋章。

 指が震えそうになり、呼吸を整えてから受け取った。


 紙は短い。けれど、言葉の温度だけで分かる。

 執務室の声ではない。男の声だ。


『今夜、出航前に話がある。逃げるな』


 逃げるつもりなどない。

 ただ、あの人が何を言うのかを想像した瞬間、心臓が跳ねた。


 揺れているのは、噴水でも花弁でもない。

 わたくしの選んだ椅子が、今夜、わたくしを呼んでいる。


ここまでお読みくださりありがとうございます。殿下の求婚を退けたレティの選択が、今夜どんな答えを呼ぶのか――次話は「出航前の密談」。続きが気になったら、広告下の【☆☆☆☆☆】評価とブックマークで応援いただけると、執筆の燃料になります。


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